第37話 町人Aは悪役令嬢を助ける

木枯らしが吹く季節となった。木々の葉もすっかり落ちて道行く人の装いもすっかり冬支度を済ませている。相も変わらずに俺は置き物ライフを満喫しているが、徐々に勝負の舞台が近づいてきている。


さて、このまま期末試験を終えてアナスタシアの断罪イベントと思いきや、その前にもう一つ止めなければならないイベントがあるのだ。


それは、乙女ゲーによくある「悪役令嬢とその取り巻きに主人公が物を隠されたり壊されたりの嫌がらせを受け、そして最後は階段から突き落とされる」というテンプレイベントだ。


ただ、ゲームとは違ってアナスタシアはそういった行為をせずに我慢しているし、マーガレットをはじめとする取り巻き令嬢たちもよく抑えられている様子だ。


アナスタシアたちがなぜゲームと違う行動をとっているのかは不明だが、アナスタシアやその取り巻きが俺やエイミーのようにゲームの知識がある転生者には見えない。もしそうならばもっと上手く行動しようとしているはずだ。


ただ、理由はともかくとしてこのテンプレイベントさえ止めてしまえばアナスタシアは悪事という悪事は何もしていないことになる。


あと、もう一つゲームと違うところがある。それはアナスタシアと王太子の関係だ。文化祭での一件以来アナスタシアと王太子の関係は完全に破綻しており、顔を合わせても口を利かない程にまで悪化している。


本来、この関係はテンプレイベントをこなした後に悪役令嬢が王太子に叱責された結果として陥る関係なのだ。


夏休みの時から思っていたが、アナスタシアはもう王太子に執着するとかそういった段階を通り越しているように見える。


このまま形だけの王妃となって国が安定すればいい。ただそれだけしかアナスタシアの頭の中には無いのではないだろうか?


あんな男、さっさと捨てて自分の幸せを探せばいいのに。


そう思うのは俺が随分とアナスタシアに絆されてきている証拠なのかもしれない。


あ、一応言っておくがアナスタシアと王太子の婚約が円満に解消されたとしても俺にお鉢が回ってくることは絶対にあり得ないと思う。


そもそも、俺から声を掛けることすら許されないのだし、婚約解消となれば公爵令嬢であるアナスタシアにはラムズレット家と縁を結びたいという貴族家や他国の王族から続々と縁談が舞い込むのではないだろうか?


そこに俺が入り込む余地など残念ながらないのだ。俺だってもう現実は理解しているつもりだ。


それに、俺のそもそもの目的は母さんとお世話になった人たちを守る事だ。それだけは絶対に曲げられない。


さて、イベントの発生は冷たい雨の降る日だったはずなので、それまではそれとなく監視しておくことにしよう。


****


それから三日後、教室に行くと珍しく女子生徒たちが早くに登校しており、ひそひそと噂話をしている。


聞き耳を立ててみると、なんでも女子寮でエイミーが大事にしていたペンが燃やされる嫌がらせを受けたらしい。そしてそれをエイミーはアナスタシアのやったことに違いないと王太子に訴えたのだそうだ。


それを鵜呑みにした王太子がアナスタシアを呼びつけ、そのまま廊下に連れ出したらしい。


俺はもちろん置き物兼ストーカーなのでさっそく教室を出て【隠密】で隠れるとアナスタシア達を探す。すると、王太子とエイミー、そして攻略対象者たちがアナスタシア一人を囲んで詰め寄っているちょうどその場面に出くわした。


「アナスタシア! いい加減にしろ。心優しいエイミーのペンを燃やして嫌がらせをするなど何を考えているんだ」

「殿下、私はそのようなことをしておりませんし、友人にもそのようなことをしないようにきつく言っております」

「だが状況から考えてお前以外にあり得ん」

「そうだぜ? アナスタシア嬢。いくらエイミーがかわいいからって嫉妬は醜いぞ?」


王太子を援護するかのようにクロード王子がアナスタシアを馬鹿にしたような口調で茶化してくる。


アナスタシアは凍り付いた表情で六人を見て大きくため息をつく。一方のエイミーは攻略対象者たちの後ろに隠れ、アナスタシアを見ると挑発するようにニヤリと笑った。


ああ、なるほど。自作自演ってやつか。


しかしアナスタシアは表情をピクリとも動かさずに冷たい声で言い放つ。


「証拠もないのにそのようなことを言われても困ります。授業もありますのでこれで失礼します」


そうして一礼するとアナスタシアはすたすたと歩いて立ち去ろうとする。するとレオナルドがその腕を掴みその歩みを力ずくで止める。


「待て。話は終わっていない」

「レオナルド・フォン・ジュークス、私はお前が触れることを許可していない。子爵家のお前が公爵家の私に許可なく触れるな」

「黙れ! お前が罪を認めたなら離してやる」

「それは脅しか?」

「お前が罪を認めないのが悪い。エイミーをいじめる者などお前以外にいるはずがない」

「……」


それでも表情を一切変えないアナスタシアは冷たい表情のままレオナルドを見据えている。いや、瞳の奥にあるのは侮蔑かもしれない。


だが、このままではまずいだろう。


俺は隠蔽を解くと大きな足音をわざと立ててアナスタシアたちへと近づく。


「お話し中失礼します! あと少しで授業開始のお時間でございます!」


そう言って俺は跪いて臣下の礼を取る。


「チッ。まあいい。行くぞ」


王太子のその一言でぞろぞろとエイミーの逆ハー軍団は教室へと戻っていった。


「アレン、お前は――」

「アナスタシア様、授業のお時間です」


アナスタシアの言葉を遮ってそう言うと、俺は急いで教室へと戻るのだった。

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