side. アナスタシア(4)

文化祭での一件以来、私と殿下の関係は完全に破綻した。殿下が私に声をかけることもなければ私も声を掛けることもない。すれ違ったならば礼をするだけだ。


殿下が私を嫌っているように、私ももはや殿下には全く興味がないし、あの女にとやかく言うつもりもない。友人たちにも強く言い含めてあるので勝手な暴走をすることもないだろう。


そんな日々が続いたある日、私は突然殿下に教室から連れ出された。どうやら今朝起きたあの女のペンが燃やされたという件だろう。


どういう理屈なのかは知らないが犯人は私という事になっているらしい。私の部屋には使用人がいて在室を確認しているはずなのだが、殿下はそんなことにも思い至らないらしい。


将来の国王陛下となるべき殿下がこんなとはな……。


「アナスタシア! いい加減にしろ。心優しいエイミーのペンを燃やして嫌がらせをするなど何を考えているんだ」

「殿下、私はそのようなことをしておりませんし、友人にもそのようなことをしないようにきつく言っております」

「だが状況から考えてお前以外にあり得ん」

「そうだぜ? アナスタシア嬢。いくらエイミーがかわいいからって嫉妬は醜いぞ?」


殿下だけでなくクロード王子までもが愚か者になってしまったようだ。一体あの女はどこまで男性を堕落させれば気が済むのだろうか?


私は大きくため息をついた。するとあの女は殿下たちの後ろから私を見つめてきて、そして挑発するようにニヤリと笑った。


ああ、そういう事か。実に下らない。


「証拠もないのにそのようなことを言われても困ります。それでは授業もありますので失礼します」


そうして一礼した私はそのまま教室へと向かおうとするが、そんな私をレオナルドが私の手首を掴んで力ずくでその歩みを止める。


「待て。話は終わっていない」

「レオナルド・フォン・ジュークス、私はお前が触れることを許可していない。子爵家のお前が公爵家の私に許可なく触れるな」

「黙れ! お前が罪を認めたなら離してやる」

「それは脅しか?」

「お前が罪を認めないのが悪い。エイミーをいじめる者などお前以外にいるはずがない」


どうやら私がやったという結論が先にあり、その結論に都合の悪いものは見えなくなっているようだ。こんな男が将来騎士団に入り、しかも騎士団長の有力候補というのはあまりに問題が大きい。


この男一人であればどうにでもなるが、これだけ囲まれた状態で体格でも筋力でも勝る相手にこのような仕打ちをされるというのはやはり恐ろしいものだ。


さすがにこれは、お父さまに手を回して頂くほうが良いだろう。


そんな時、どたどたと大きな音を立ててアレンが近づいてきた。


「お話し中失礼します! あと少しで授業開始のお時間でございます!」


そう言ってアレンは跪いた。


「チッ。まあいい。行くぞ」


アレンの一言に興がそがれたのか殿下たちはぞろぞろと教室に戻っていった。


これは、助けられた、のか? ということはやはりあの時も?


「アレン、お前は――」

「アナスタシア様、授業の時間です」


しかしアレンは私の言葉を遮ると足早に教室へと戻っていった。


私の心臓は先ほどの恐怖のせいか早鐘のようにうるさく鳴っており、少しの間私は呆然とその場に立ち尽くしていたのだった。

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