第94話 町人Aは悪役令嬢と決戦の地へと向かう

年が明け、寒さの最も厳しい頃となった。


どうやらルールデンを包囲していたエスト帝国軍は敗走したらしい。


らしい、というのもすでにルールデンに潜入させていた密偵は全員撤退させているため詳しい事は分からず、その隣町にいる密偵たちの上げた情報からの判断だからだ。


そしてこの撤退の判断の決め手は教会までもがエイミーに篭絡されたことだ。


あまり信心深くない人も多いが基本的にはこの辺りの国々の民は皆教会の信徒だ。その教会の信任を得ればエイミーが実際は魔女でも聖女だと信じる者が多く出るだろう。


教会経由でうちの密偵が篭絡されればそのネットワークは大きく破壊されることになる。だからそうなる前に撤退を決断したのだ。


その事態を受け、俺たちはシュレースタイン公爵と連絡を取ると王都奪還作戦を決め、実行に移した。


まずシュレースタイン公爵軍を中心とする第二王子派は、第二王子を総大将としてルールデンへと軍を進めた。それに対し俺たちのラムズレット王国は食糧援助を行い、そしてセントラーレン南部や南西部の国境で大規模な軍事演習を行って王太子派の軍を牽制することで間接的な支援を行った。


その結果、第二王子派の軍は容易くルールデンを包囲することに成功した。


エスト帝国との戦いで疲弊したルールデンに残された兵力は少なくとも万全とは言えない状態だろう。だが、今や狂信者と化した王都の兵士たちがどれだけの抵抗を行うかは完全に未知数だ。


俺たちは準備を終え、手筈通りに第二王子とシュレースタイン公爵のところへと向かった。


今回はブイトール改ではなくジェローム君の背中に乗ってシュレースタイン公爵と第二王子のいる陣のど真ん中に着陸した。


ちなみに、ジェローム君にはお願いしたわけではない。あれからそれなりの頻度で肉をプレゼントしていたらジェローム君に行くようにとメリッサちゃんから命令が下ったのだ。


もちろん、お礼にオーク肉を 5 匹分プレゼントしておいたのでメリッサちゃんの食糧事情も問題ないはずだ。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」

「ええい、狼狽うろたえるな。事前の連絡の通りだ」


ジェローム君の姿を見てパニックになる第二王子派の兵士たちをシュレースタイン公爵が静める。


「お久しぶりです。公爵閣下」


俺はアナを横抱きにしてジェローム君から降り、そしてアナを下ろすとそう挨拶した。


今日のアナは白を基調にした動きやすい格好をしているが、それでいてどこか神聖な雰囲気を漂わせている。


例えるなら、聖女様が剣を手に冒険者になったような感じだ。


これはもちろんこちらに正義があり相手は魔女だ、というメッセージを込めている。


「ご無沙汰しております。シュレースタイン公爵、ルートヴィッヒ殿下」

「ま、まさか? 義姉上?」

「殿下! 失礼ですぞ! まさかアナスタシア王女殿下自らお越しいただけるとは思いませんでした」


そう言って膝を突いたシュレースタイン公爵とは対照的に唖然とした表情で第二王子はアナスタシアを見つめているが、アナはそれに不快感を露わにする。


「ルートヴィッヒ殿下、私はあなたの義理の姉などではなく、そうなる予定もありません。婚約者のいる女性にそのようなことを言うとは恥を知りなさい。それとも私を侮辱しているのですか?」

「え? ですが?」

「殿下! 直ちに謝罪を! この方はラムズレット王国の第一王女殿下で、こちらの英雄アレン殿とご婚約なさっています。王都を取り戻す機会を無になさるおつもりですか!」


アナの明らかに不快そうな口調に驚いている第二王子だが、厳しい口調でシュレースタイン公爵に詰問されて慌てて謝罪する。


「アナスタシア殿下、申し訳ありません。昔の癖が出てしまったこと、謝罪致します。そして、英雄アレン殿とのご婚約をお祝い申し上げます」

「いえ、構いません。その謝罪を受け入れます。ただ、私はこのアレンの婚約者です。その事はお忘れなきよう」

「も、もちろんです。申し訳ございません」


アナの最後の台詞は第二王子ではなくシュレースタイン公爵を見て言っている。余計なことを考えるなと釘を指しているのだろうが、そこに気付けない第二王子は素直に謝罪してしまう。


どうやら後継者がこの第二王子に変わったとしてもこの国は前途多難であると言わざるを得ないだろう。


「して、あの魔女エイミーの洗脳を解除する方法というのは?」

「もう既にこのルールデン全体を対象にした魔法を発動する準備は終わっています。ただ、この魔法が効果を及ぼすことができるのは屋外にいる相手だけです。建物の中にいる相手には効果はありません」

「では、我々はできる限り多くの兵を引きずりだせばよろしいのですな?」

「そういうことです。適切なタイミングで狼煙を上げて頂ければこちらで魔法を発動します。ただ、ご注意いただきたいのは、この魔法が使えるのは一度だけです。そちらがタイミングを誤れば無駄撃ちとなり、我々に残された手立ては少なくなります。総大将の判断にかかっておりますので、よろしくお願いしますよ?」


俺はそう言って第二王子を見る。


「わ、分かっておる。英雄アレン殿。しっかりと戦況を見極め、適切なタイミングで合図を送ろう」

「よろしくお願いします。我々がそれ以上の事を行い、血を流すことを我が陛下も我が王女殿下も望んではおりません。くれぐれも、よろしく頼みますよ」

「あ、ああ。お任せを」


何故ここまで念を押すのかを理解していない第二王子に代わりシュレースタイン公爵が返事をする。


もちろんこれは、そこで失敗した場合は俺たちが介入するという宣言だ。


そもそも魔法だって一回しか使えないわけではない。それに、エイミーを止めるのに必要とあらば城を襲撃する覚悟だってあるし、最悪の場合は俺たちが強行突入してエイミーの首を取るつもりだ。


ただ、俺たちは国を代表してここにきているのだから売れる恩はできる限り高く売りつける必要があるのだ。


「結構です。それでは我々は準備に移りましょう」


その返事を聞き届けた俺たちは再びジェローム君の背に乗ると、戦場の一望できる小高い丘の上へと移動したのだった。

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