第95話 町人Aは悪役令嬢と戦いを見守る

俺たちが小高い丘の上から観戦していると、ルールデンの北側の城壁に向かって投石機による攻撃を始めた。


どんなやり方をするかは聞いていなかったがまさかいきなりこんな力押しをするとは。


ただはっきり分かったことは、どうやら第二王子派、というよりもシュレースタイン公爵にはルールデンを無傷で取り戻すという意志はなく、落とせさえすればいいくらいに思っているようだ。


さて、その投石攻撃に対してルールデンの守備隊は兵士たちを突撃させてきた。


おそらくエイミーの洗脳によりおかしくなってしまった兵士たちなのだろう。常識的に考えてこういう時は同じく投石機や火矢、バリスタなどを使って投石機を破壊するべく応戦するか、もしくは森などに兵を隠してこっそりと近づいて攻撃するのが定石だ。


「ひどいな」


そんな様子を覗いているアナは顔をしかめる。


「もはや、エイミーの命令を聞くことが第一になっているんだろうね」

「信じられん。兵とて民の一人だ。それをあのように使い捨てるなど……」


こういうことを平然と命じられるからこそ、あの女は魔女になったのだろう。


ただ、そう呟いたアナの表情は複雑だ。あそこで無駄死にさせられている兵士たちも含めて民の事を考えていたのだから、そう簡単に割り切れるものではないのかもしれない。


戦場に目を戻すと、数百人の兵士たちが盾を構えて陣形を組んで突撃をしている。弓矢で第二王子派も迎撃しているが、その犠牲を一切顧みずに突撃してくる様子ははっきり言って恐怖だろう。


仲間の死体すらも盾に使う鬼気迫るセントラーレンの兵士たちに対して徐々に第二王子派の軍が気圧けおされていくのが見て取れる。


そして遂には投石機の一基に取りつき、その破壊に成功する。投石機の破壊に成功した男は拳を天高く突き上げ、大きな声で叫んだ。


「聖女様万歳!」


その声はかなり離れているはずのここにまで届いた。その声に第二王子派の軍は更に気圧され、動揺が広がっているのが見て取れる。


そして迎撃の手が緩んだ第二王子派の軍は更に別の投石機にも取りつかれて破壊されてしまう。そうして全ての投石機が沈黙すると、今度は門が開き、大量の騎兵が突撃してきた。怯んだ隙を狙っての攻撃だろう。


第二王子派の弓兵や魔術師たちが迎撃を試みるが、その勢いを削ぐことはできない。


すぐに歩兵部隊が前へ出ると騎兵を迎撃するように密集陣形を組んで応戦する。しかし重装歩兵ではない彼らにこれを食い止めることはできなかった。歩兵隊は敵の騎兵隊にやすやすと陣を食い破られ、そのまま前線を切り裂かれてしまった。


「あれは、まずいな」


そしてそれを見たセントラーレン側は更に兵士を出してくる。歩兵が中心の部隊のようだ。


すると、本陣から狼煙が上がった。どうやらもう撃つらしい。


「ええと、思ったより早いね」

「総大将の判断だ。仕方あるまい。アレン、やるぞ」


そう言うとアナは詠唱を始めた。俺は特にやることがないのでアナの背にそっと手を当てて応援していることを伝える。


「極大聖雪覚醒」


アナが魔法を唱えて地面に埋め込まれた氷精石に魔力を込める。すると、王都を中心として円上に配置された氷精石が一斉に魔力を帯びて輝きだす。


次の瞬間、王都周辺は猛吹雪に包まれた。


すぐにその吹雪は止み、頭がまるで雪だるまのように雪に覆われた兵士たちの姿がそこにはあった。


兵士たちの頭を覆っていた雪は次の瞬間に崩れ落ち、そして兵士たちは皆正気に戻る。


周りをきょろきょろと見回しており、何故自分がここにいるのかも分かっていない様子だ。


そうして彼らはすぐに降伏し、第二王子派の捕虜となったのだった。


それを見た第二王子派の軍が城門へと突撃していく。城門を守る兵士たちも外に出ていた者は皆正気に戻ったことだろう。


だが建物の中で番をしていた兵士達は当然影響を受けていないため、城門は相変わらずエイミーの狂信者達によって固く閉ざされている。


そこに第二王子派の軍は破城槌を持ち出して城門の破壊を試みている。だが、守る側は使い物にならなくなった兵士を下げて別の狂信者が城壁の上に立ち、第二王子派の軍に攻撃を加え始める。


「これ、もしかして第二王子派って弱いのか?」

「いや、違うな。兵自体の練度は悪くない。だが、指示を出している者が酷すぎるのだ。こんな状況だから長期戦を狙うことが難しいことは分かるが、大物を釣り出すには餌が小さすぎたということだろう」


そうこうしているうちに城門に取りついた部隊が撃退されてしまう。それを見て第二王子派の兵士たちは本陣へと撤退を始めてしまったのだった。


「ああ、もう、仕方ない。俺たちが出るしかないね」

「そうだな。アレン、ジェローム、行くぞ」

「ま、まかせてよ」


そうして俺たちはジェローム君に乗ると王城を目指して飛び立ったのだった。

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