第17話 町人Aは悪霊と対峙する

人間の村に着陸したと思ったらそこは迷いの森の中にあるはずのエルフの里だった。


どうしてこうなったのだろうか?


そして完全な不審者である俺は素直にエルフたちの指示に従い、大きな家へと連れて行かれた。


「あのー、エルフ、なんですよね?」

「ああ、そうだ。見ればわかるだろう」


俺は弓を向けられた男の一人に尋ねるが、その態度はそっけない。


その家の中はゲームで見たエルフの女王の家とそっくりだ。そして、玉座にはゲームでみた美人の女王様が座っている。


「あなたは人間ですね?」

「はい。アレンといいます」

「それでは、アレンさん。あなたはこの里に何をしに来たのですか?」


女王様の尋問が始まる。


「すみません。迷い込んでしまいました。本当は別の人間の村に行こうとしていたんです」

「嘘をつくな!」

「お静かに。ですが、私たちの里は精霊の力によって守られています。あなた達人間や魔物はあの森を抜けることができないはずです。一体どうやって?」

「空から来ました」

「空、ですか? ということはあなたはあの森の上空を超えてなお飛び続ける事ができる魔力を持っているというのですか?」

「ええと、はい。そう言うことになりますね」

「なんと……」


何か女王様がショックを受けている様子だ。


「女王陛下、そんなはずはありません。この者からはそのような魔力は感じられません」


側近らしき男がやたらと女王様に俺を否定するような進言をしているけど、こんなキャラはゲームに出てきていなかった気がする。


「確かに強い魔力は感じませんが……そうだ、アレンさん。あなたは何か加護をお持ちではないですか?」


言っていいんだろうか? まあ、相手は人間じゃないし、ゲームでも人間嫌いということになっていたエルフなら問題ないか。


「一応、【風神】の加護を頂きました」


女王様が驚いた様子で立ち上がった。


「そ、それは本当ですか!?」

「一応、本当です」


俺は【隠密】で隠蔽していたステータス上の【風神】を解除して、ギルドカードのステータスを見せる。


「ああああ、神様は私たちをお見捨てにはならなかった」


何か大げさに感動しているが、一体どういうことだ?


「あのー、女王様。話が全く見えないんですけど……」

「ああ、そうでしたね。失礼しました。アレンさん、いえ、アレン様。どうか私たちの里をお救い下さい」

「はい?」


どうしてイベントが始まった? まだ生贄を要求する魔物は現れていないはずでは?


「実は、迷いの森に悪霊が出るようになってしまったのです。最初は迷いの森の中でしか活動していなかったのですが、だんだんこの里の近くにもやってくるようになってしまったのです」


全くもって知らないイベントだ。魔物が出る前に悪霊も出ていたのか。なんとも災難続きなものだ。


そんな他人事な感想を覚えつつも、一応話を合わせてみる。


「あの、何かされたんですか?」

「あの悪霊は私たちや精霊を追いかけまわしてくるのです。ただ、悪霊の動きがとても鈍いおかげでまだ被害にあった者はまだおりません。ですが、このままだと被害が出てそのうち森と里を守ることが出来なくなるかもしれません」

「つまり、悪霊が襲って来るから、それを撃退しろ、と?」

「はい。風の神様のご加護を受けたあなたでしたらきっとそれができると思うのです」

「そういうのは聖職者の領分なのでは?」

「この里に招き入れる人間はなるべく少なくしたいのです。人間とエルフの間には不幸な歴史がありますから」


なるほど。ゲームでは描かれていなかったけど、そういうのもあるのか。


「お母さま! そんな人間の男になど頼る必要はありません! あたしが退治してやります!」


見た目 15 才くらいのかわいい女の子が割り込んできた。この子は知っている。ゲームで魔物退治を依頼してきた女の子だ。確かこの里のお姫様で、見た目と反してもう 20 代半ばくらいだったような記憶がある。


「シェリルラルラ! 今はお客様とお話をしています。下がりなさい」

「でも!」

「悪霊が出たぞー!」


そんな会話をしていると、ちょうど悪霊が出たらしい。


「あたしが退治してきます!」

「シェリー! 待ちなさい! シェリー!」


シェリルラルラさんが駆けだしていく。そして、それを何人かのエルフ達が追いかけていく。


「アレン様……?」

「ええと……いかなきゃダメですか? はあ、ですよね……行ってみるだけですからね? 期待しないでくださいね?」


なんだかものすごく期待された表情で見つめられて居心地がすこぶる悪いので、とりあえず見に行ってみることにした。


****


そして俺達は広場へとやってきたのだが、なんだかおかしなことになっている。


いかにも魔法使いといった感じの男が両手を斜め上前の方に掲げ、動きの遅い何か、そう、例えば蝶とか、そういった類の何かがそこにいてそれを追いかけている、といった感じの動きをしている。


ただ、動きはやたらと緩慢だ。


それに、その男もやたらとげっそりしている、というか土気色といってもいいかもしれない。魔法使いのローブもボロボロだ。


ああ、これは間違いない。こいつは完全な不審者だ。


「くう、来たわね、悪霊。くらえ!」


シェリルラルラさんが矢を放つ。しかし、しっかりと不審者を捕らえたはずの矢は直前でその軌道を変えて逸れていってしまった。


「女王様、あれが、悪霊ですか?」

「そうです。あの黒い禍々しい霧のようなものが精霊を追いかけまわしているではありませんか」

「精霊? それに黒い霧ですか? 俺にはラリった不審者が一人で見えない何かを追いかけているようにしか見えないんですけど」

「アレン様、あの霧の正体が見えるのですか?」

「ええと、見えないんでしょうか?」

「……」


俺と女王様の間に沈黙が流れる。


一方、シェリルラルラさんと里のエルフの皆さんはパニック状態に陥っている。


不審者が近づくとエルフたちは恐怖におののき、そして泣き出しては逃げまどい、そしてある者は半狂乱で矢を放ち、更には何かの魔法まで打ち込み始めた。


しかし矢も魔法も不審者には届かない。


「アレン様、一時的に精霊が見えるようにお力をお貸ししますね」


女王様が俺の頭に手を当てると、何かが体の中に入ってきたような感じがした。


「いかがですか?」


俺は再び不審者を見遣ると、その先には確かに小さな光のようなものが見える。よく見ると幼女のように見える。


「ああ、本当だ。ただでさえ不審者でしたが、より問題のある不審者に見えるようになりました」

「それでしたら……」


そんな祈るような目で見ないでくれ。


「と、とりあえず、説得してみますね?」


俺はそう言うと不審者の前に歩いていく。


「おーい、そこの魔法使いのおっさん? 流石にその格好で幼女を追い回すのは犯罪だと思うぜ?」


俺がそう声をかけるとその不審者はピクリと固まったのだった。

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