第16話 町人Aは迷いの森で迷子になる

「進路クリアー、発進 OK、テイクオフ!」


俺はお手製のゴーグルをかけると風魔法エンジンを起動し、垂直離着陸型風魔法グライダー、ブイトールを発進させる。名前の由来はもちろん、VTOL をそのまま読んでブイトールだ。


俺を乗せたブイトールは滑走路を滑る様に加速していき、スピードに乗ったところで一気に離陸する。


え? 垂直離着陸はどうしたって?


魔力の消費が大きすぎて疲れるので必要ない時はやらないのだ。


もちろんブイトールはちゃんと垂直離着陸する能力はある。それはこの二か月間の研究開発で実証してきた。


まず、このブイトールは以前の風魔法グライダーと似てはいるが格段の進歩を遂げている。


推進用のエンジンは今までのものと同様にお腹の下にあり、俺はその上にうつぶせになって操縦するというスタイルは今までの風魔法グライダーと同じだ。


だが機体が実は二重構造となっていて、推進用の風魔法エンジンの下に二基の風魔法エンジンが備え付けられている。


それらのエンジンで前方から吸気し、機体の機首付近と尾翼付近から真下に排出することで垂直に離着陸するための浮力を得るのだ。


更に左右の主翼の先端にウィングレットを作り、離着陸の時はそのウィングレットが姿勢制御を補助する風魔法エンジンに変形する機構も組み込んだ。


あ、ウィングレットというのは飛行機の主翼の先っぽが上に折れ曲がって立っているあれのことだ。前世だと大手自動車メーカーが作っていたホ〇ダジェットの翼にもウィングレットはついている。


ともあれ、ブイトールは物理で飛んでいる以上は物理的な制約には逆らえない。翼で揚力を得て離陸する方が風の力だけで重力に逆らって離陸するよりも遥かに少ないエネルギーで離陸できる。


垂直離着陸する戦闘機が普段は垂直離着陸しないのと同じ理由だ。


さて、今回の目的地は迷いの森だ。そして目的のアイテム『無詠唱のスクロール』はその迷いの森の無限回廊に入る前の場所に眠っている。


ゲームの設定だとこんな感じだ。


昔、呪文の詠唱をせずに多くの魔法を操り人々を助けて回る優しい賢者様がいた。あるときその賢者様は迷いの森の中にあるエルフの里に薬の材料を分けて貰いに行ったが迷子になり命を落としてしまう。


しかし志半ばにして死んでしまったことで成仏できず、『無詠唱のスクロール』となって人々を助けるという自分の思いを継いでくれる人を待っていた、という話になっていた。


このスクロールについてはそれらしいボス戦もなく、残された亡骸を丁重に埋葬して終わりだった。


そして亡骸が無限回廊の手前にあったということで、きっと賢者様は一度無限回廊に捕らえられたもののその力で何とか脱出したが、そこで力尽きてしまったのだろうとゲーム中では語られていた。


また、迷いの森を抜けるとこれまたテンプレ通りにエルフの里があるのだが、俺は用がないのでそこに行く予定はない。


そもそもエルフに連れて行ってもらわないと入れないわけだし、よしんばエルフの里に入れたところで特に目ぼしいものは何も無い。


ゲームでは、二年生の夏に強制イベントが発生し、住み着いた魔物が里を襲うので助けてほしい、と町で偶然出会ったエルフにお願いされて行くことになる。


そして魔物を倒してエルフの里を救い、エルフの女王から妖精の髪飾りというエルフの里への通行証のような装飾品を貰うのだが、今行ったところで魔物はいないだろうし何も起きないはずだ。ちなみにスクロールはその途中で偶然手に入れることができるという設定だ。


迷いの森へはルールデンから馬車を乗り継ぎ二週間ほど。北の山を越えた更に向こう側だ。


着くのは夕方ぐらいだろうから空の旅を楽しむこととしよう。


****


山を越えたあたりでずいぶんと日が傾いてきた。ギルドで買ったアバウトな地図によるとそろそろリンゼアの村に着くはずなのだが、それらしい場所は見当たらない。


リンゼアの村というのは目的地である迷いの森に一番近い村で、ゲームでも迷いの森に行くにはこの村からとなる。


しかし、今の状況はあまり芳しくない。深い森のせいで街道も見失ってしまい、現在地がわからなくなってしまっている。要するに迷子だ


早くしなければ日が落ちてしまう。


このまま村を見つけられずに夜になってから野営場所を探すなんて事態だけは避けたい。


この辺りは強い魔物も出現する。もちろん多少の武器を持ってきてはいるが、こんなところで余計なリスクを背負うべきではないだろう。俺が魔物を倒せるのは【隠密】からの不意打ちがあるからであって、断じて俺自身が強いわけではないのだ。


とりあえず適当に森の上空を飛び回っていると、日が山の向こうに沈み始める。


まずい!


焦ってあたりを見回していると、森の一部にぽっかりと開けている場所がある。


「あれはもしや村では?」


そう独り言を呟いた俺は機首をそちらに向ける。もしかしたら日没に間に合うかもしれないし、自然に平地になった場所でも着陸できれば野営場所を探すこともできるだろう。


徐々に開けた場所が近づいてきた。


あれは村だ。木でできた家のような物が見えるし、人影も見える。


さらに都合の良いことに、この村から数十メートルほど離れたところにもぽっかりと木の生えていない場所があることに気づいた。


いきなり村の中に着陸すると大騒ぎになるだろうし、そちらへ着陸することにしよう。


俺は上空を旋回しつつ徐々に高度を落としていく。


「垂直エンジン、起動」


速度と高度が大分落ちてきたので垂直離着陸用のエンジンを起動する。吸気口と排気口が開かれ、空気の噴射を開始する。


ここからは細かい制御が大事だ。


速度を殺しつつ機体の姿勢を制御しなければいけない。


「姿勢制御エンジン、起動」


両翼に取り付けられた補助エンジンも起動する。


四つのエンジンに同時に魔力を送り込み、更にメインエンジンを上手く使って速度を殺していく。


流石に魔力がゴリゴリと削られていくが、俺は練習したことを思い出して冷静に機体をコントロールしていく。





そして、俺のブイトールは無事着陸に成功した。


安全のためのシートベルトを開放して機体から降りた俺は両足で地面を踏みしめる。


「あー、疲れた~」


俺は思わずそう呟き、大きく伸びをする。


そしてブイトールを隠して村に向かおうとしたときだった。


「動くな!」


男の声がして森の中から数人の男が現れた。彼らは全員弓矢を構えて俺を狙っている。


そして驚いたことに、なんとその耳は長かった!


……どうしてこうなった?

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