side. アナスタシア(8)
アレンが冒険者でもあるのでその印象を良くしたいと思って自由研究のテーマを考えたのだが、冒険者ギルドに行って見学するだけのはずがこんな大事になるとは思っていなかった。
冒険者ギルドへの道中で殿下たちとあの女が人を取り囲んで何やら脅していたかと思えば、まさかアレンの知り合いで、しかもそれがエルフの里のお姫様だなんて一体誰が想像できるだろうか?
いきなりシェリルラルラ様がアレンに抱きついた時は無性に腹が立ってつい攻撃的になってしまったし、アレンが彼女を私から庇った時は何故かひどく悲しい気分になった。
もちろん彼女がエルフだとあそこでバレたらとんでもない大騒ぎになっていたし、ついカッとなっていきなりフードを取ろうとした私の行動は失礼だったのは間違いない。だからアレンのその行動は正しかった。
だが、だが! 分かっているのにそれでもモヤモヤしてしまうこの感情は一体何なのだろうか?
それにしてもアレンがエルフと知り合いだったなんて。この国はおろか世界でも唯一の人間じゃないだろうか? そしてもしこの事が知られたら、アレンは一体どうなってしまうんだろうか?
そう考えると、私は何も見なかったことにするのが最も賢い選択だ。そうすればアレンも彼女も今まで通りに過ごせるのだから。
そうなのに、そうと分かっているというのに、私はなぜ一緒に行くと言ってしまったのだろうか?
私がそう言えばアレンは断れないと分かっているはずなのに。
いや、そうだ。答えは単純だ。
彼女が私の知らないアレンの秘密を知っていたことを知って何故か羨ましくなってしまったのだ。
そんな彼女がまた私の知らないアレンとの思い出を作るんだと思うと、何故か居ても立っても居られなくなって、つい連れて行ってほしいと願ってしまったのだ。
そんなことを言えばアレンの迷惑になるのはわかっているのに。
私は最低な女だ。権力で無理矢理従えている、まさにその通りだ。
だが、アレンはそんな驕った私のわがままを叶えてくれた。
もっともらしい理由をつけて私を連れ出してくれて。
それに、私のことをこ、婚約者だなんて。
方便だと分かっているが、それでもなんだかとても恥ずかしい。
婚約は辛かった思い出しかないのでなるべく思い出したくない。だが、アレンとだったらと考えると温かい気持ちになるのはどうしてなのだろうか?
だがそうしてアレンに無理矢理ついていった私はさらに秘密を暴いてしまうことになる。
アレンは王都北東の森の奥に妙な場所を作っていた。そしてそこで不思議なスキルを使い、荷車のような、鳥のような、なんとも言えない不思議な形をした乗り物を地中から取り出した。
そしてアレンに密着するように私の体はその乗り物に縛りつけられた。
私の胸がアレンのお尻に当たっていて、私の顔の目の前にアレンの腰があって、何だかものすごく恥ずかしい。
しかし、この乗り物が動き出してからはそんな気持ちは一瞬で吹っ飛んでしまった。
アレンが何かの魔法を使うとなんと凄まじい風と共にその乗り物が浮き上がったのだ!
その乗り物はぐんぐんと高度を上げ、そして加速して空高く舞い上がっていく。
すごい!
王都が、お城があんなに小さく見える。
「ア、アレン! すごい! すごいぞ! それに速い! これは一体どうなってるんだ?」
私はまるで子供のようにはしゃいでしまったが、それは致し方ない事なのではないだろうか?
人が空を飛ぶなんて聞いたことがない。大体、こんなに重いものが空を飛ぶなんてどう考えても物理的におかしい。
重たいものは下に落ちる、それが常識だ。
だというのに、私は今、実際に空を飛んでいるのだ!
そう思っていると、あっという間にお城が遠ざかっていった。どうやら 4 時間ほどでエルフの里に着くらしい。
この速さで移動して 4 時間ということは、もしかすると北の山を越えて国境近くまで行けてしまうのではないだろうか?
「そうか、やっぱりすごいな。アレンは」
私はそう言ってアレンの体に身を預け、そしてゆっくりと深く息を吸い込む。すると、アレンの匂いがいっぱいに広がって、そして何故かとても穏やかな気分になる。
それと同時に、私の中に不思議な感情が浮かんできた。
私はこの場所を絶対に他の女に渡したくない。
ロープでぶら下げられている彼女には悪いとは思うが、もしこの場所に他の女がいたら、そんなことを考えただけで胸が張り裂けそうになる。
ああ、そうか。私は、ずっと前から……。
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