第40話 町人Aは代理人となる

2021/03/30 誤字を修正しました

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ざわつくダンスホールの中、来賓たちは好奇の目で見ている人、眉をひそめている人もいればひそひそと何かを話している人もいて、反応はそれぞれだ。


それに対して、生徒たちと先生たちは唖然とした様子で突然の婚約破棄と決闘の申し込みを見守っている。


「ア、アレン?」

「お前は……いつぞやの平民か?」


そんな中、アナスタシアと王太子がそれぞれ反応する。アナスタシアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で驚いているが、王太子の怪訝そうな顔とその台詞はあんまりではないだろうか?


「やれやれ、これでも一応殿下と同じクラスなんですけどね。そんなことより、アナスタシア様。早く代理人として認めてください」

「え? あ、ああ。認める」


アナスタシアが驚いている隙にさらっと認めさせた俺はさっさと話を進める。


「で? それぞれの決闘ではお互い何を要求するんですか? アナスタシア様は?」

「き、決まっている。ラムズレット家への侮辱を取り消し、謝罪しろ」

「はい。それでエイミー様は?」

「え? ええとぉ。もうあたしたちに近づかないでください」


ああ、これはゲームの台詞そのままだな。まったく。


「はい。じゃあ、アナスタシア様が勝ったらエイミー様たちはラムズレット家に対する先ほどの発言を侮辱と認め、正式に謝罪する。エイミー様が勝ったらアナスタシア様はエイミー様に近づかない、で良いですね?」

「違うな。エイミーと俺たち 5 人に近づかない、だ」

「分かりました。ではそのようにしましょう」


とりあえず、条件確認は事務的に終わらせてしまおう。


「決闘の方式はどうしますか?」

「そちらは 1 人だ。あと 4 人代理人を立てろ。できないなら毎日 1 対 1 をやってお前が 5 連勝したらでも構わんぞ?」


王太子が俺を、いや俺たちを見下したような態度でそう言う。どうやらさすがに 5 対 1 でリンチする気は無いようだ。


いや、単に格下だと思ってなめているだけかもしれない。


「あー、そういうのは面倒ですから、 5 人まとめてかかってきてもらってもいいですよ? 1 対 5 で、殺す以外は何でもありでどうですか?」


その言葉にクロードが反応する。


「オイオイ、オレらと戦って勝てると思ってるのか? 剣術も魔法も平凡なお前がか?」


なるほど。そう来るか。それなら丁度いい。どうせ最後になるんだから、思いっきり煽ってやるとしよう。


相手が怒っていればそれだけこっちはやりやすいからな。


「あれ? クロード殿下。もしかして俺にビビってるんですか?」

「なんだと?」


明らかにクロードが語気を強める。多分、漫画やアニメだったら怒りマークが額に浮かんでいる事だろう。


「まあ、落ち着いてください。ですが、クロード王子の言う事は正しいですよ?」


クロードを宥めるとマルクスが俺に向かって諭し始めた。


「魔法では私や殿下に及ばない、剣術でもレオ、殿下、そしてクロード王子にも及ばない。更にこちらには弓の名手のオスカーもいる。そんな君に勝ち目はありません。決闘に名乗り出たその勇気は認めますが、もう十分でしょう。悪いことは言いませんから引きなさい」


まあ、こちらの事をちゃんと知らなければそういう結論になるだろうし、一見正論のように見えるが、これはこれで中々に酷い言い草だ。


とはいえ、俺が怒るのは良くない。今は相手に冷静さを無くしてもらう必要がある。


余計な介入が入って滅茶苦茶になるのを避けたい。その前にさっさと決闘を終わらせてやるのだ。


そんなわけで俺はマルクスに恨みがあるわけではないが、挑発をしてやる。


「あれ? 平民の俺にお勉強で負け続けている人にそんな事言われても説得力ゼロなんですがねぇ? マルクス様?」

「なっ! こちらがせっかくそちらの身を案じてやったというのに!」


煽ってやると面白いように乗ってきた。


元々煽り耐性が低いのか、それとも下に見ている存在に煽られることが耐えられないのか。


どちらにしてもこの沸点の低さでは未来の宰相様失格だろう。


「あんまり美しくないよね、そういうの。やっぱり平民だとどうしても野蛮になるのかな?」

「なるほど。貴族だと顔だけになるんですかね? あ、でもそうではない貴族の方も多いですからオスカー様たちだけなんですかね? それに一人の女性を取り囲んで婚約者をないがしろにする方がよっぽど野蛮だと思いますよ? あと、一人の女性を男性が取り囲むっていうと、確かミツバチなんかもそんな感じじゃなかったでしたっけ?」

「なっ」


オスカーがその端正な顔を歪める。するとレオナルドが俺に食って掛かってきた。


「そのような愚劣な口ぶりは聞くに堪えない。訂正しろ」

「そうは言われましても。言いがかりをつけてきたのはそっちですよ? それに前なんて女性を取り囲んで力ずくで冤罪を認めさせようとしてたじゃないですか。騎士団長の息子のくせにどっちが愚劣なんですかね? レオナルド様?」

「なんだと!?」


なんだかポンポンと面白いように怒りのスイッチが押せる。


これはこれで面白いのかもしれないが、これに楽しみを覚えるととんでもなく性格が悪くなりそうな気がするし、後で自己嫌悪に陥りそうな気がするので変な扉を開いてしまう前に話を終わらせよう。


「さて、カールハインツ王太子殿下。まさか 1 対 5 なんていうそっちに大幅に有利な条件なのに、逃げ出すなんて言いませんよね?」

「なんだと!? このっ、ぐ、わかった。良いだろう。間違って死んでも後悔するなよ?」

「あれ? 殺しを禁じたルールを今から破るって宣言ですか?」

「……お前こそ逃げるなよ? 今から訓練場に来い。おい、誰か決闘の立ち合いを!」

「では私めが」


王太子がそう言うと来賓席から一人の中年の男が立ち上がった。先ほど王太子に合わせてアナスタシアを笑っていた男の一人だ。


審判不正でもする気か?


まあいい。その場合はこいつらが再起不能になるだけだからな。


「では、俺たちは先に訓練場で待っている。逃げるなよ!」


そう言うとエイミーと王太子たち、それに中年の男は足早に立ち去ったのだった。


「それでは、アナスタシア様。俺は一度寮に戻って武器を持ってきますので、先に訓練場へ行っていて下さい」


俺は呆然としているアナスタシアにそう伝える。


あ、ちなみに、今俺が武器を持っていないのは、王城内はそもそも帯剣禁止なのと、ここから学園までは目と鼻の先だからだ。


アナスタシアは俺のその声に我に返るとものすごい剣幕で詰め寄ってきた。


「な、何を馬鹿なことを言っているのだ。今からでも遅くない。代理人を辞退するんだ。この状況なら誰も責めない。それに決闘でお前の身にもしものことがあってもただの事故として処理されるだろう。お前ほどの才能を持った男をこんなところで死なせるわけにはいかない!」

「あれ? もしかして心配してくれているんですか? 大丈夫ですよ。俺は死にません。というか、あの程度の相手なら何人来たって余裕で勝ちますよ」

「な!? アレン……?」

「聞いたことありませんか? この王都に最年少 C ランクの記録を持つ冒険者がいるって」

「え? あ、ああ。聞いたことはあるが……」

「それ、俺の事ですから。最年少 C ランク冒険者にしてゴブリン迷宮の踏破者、そしてゴブリンスレイヤーにしてオークスレイヤーというのが俺の実績です。さらにブリザードフェニックスの単独討伐にだって成功していますよ」

「え?」


今日二度目のアナスタシアのポカンと呆けた表情を見ることができた。


きっとこれももう見納めなのだと思うと寂しさがこみ上げてくる。だが、このために準備してきたのだ。全てを出し切り、この戦いに勝ってみせよう。


「というわけで、勝ち確なんで大船に乗ったつもりでいてください」

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