後日談 元町人Aは操縦を教える

「アレン、これは今までのグライダーとは随分と違いますね。これはどうすれば飛ぶのですか?」

「うん。練習用に作った奴だからね。まずは飛ぶ前にこの新型グライダーの操縦方法について教えるね」


俺たちは今、近くの大きな川の河川敷へとやってきている。


今日はアナにグライダーの操縦を教える約束の日で、この河川敷には練習用の滑走路が作られているのだ。


そしてこの練習用のグライダーも俺がこのためにエイミーとの決戦が終わった直後辺りから開発を本格化させていたもので、最近ようやく合格点を与えられるレベルに仕上がってきたのでこうしてアナを連れてきたのだ。


前世の経験やブイトールでの知見を活かしつつ開発したこのグライダーは座席がついている二人乗りのタイプだ。もちろん指導をしやすいように座席は横に並べてある。


色々と考えたがやはり教えるならこの形の方が良いだろう。アナは魔力もかなり高いので多少機体が大きくて風魔法エンジンの出力が多少必要になったとしても問題ないはずだ。


それと今回は機体のコントロールをするための方向舵や昇降舵は機械式だ。アナログだがアナは【錬金】のスキルを持っていないので仕方がない。


もちろん、俺が隣で操縦を【錬金】スキルでコントロールを取り上げることもできるようになっているし、最悪の場合はパラシュートで脱出できるようにもなっている。


ただ、色々考えるとやっぱり機械式は整備に不安が残る。きちんとした整備士が居るわけでもないし、交換部品だって今は俺が作る必要がある。


義父上は俺に風魔法グライダーの数を揃えて戦力にすることを期待しているようだが、色々な側面から考えてまだ当分の間は難しいだろう。


「この操縦桿で、なるほど。こうするとこちらの翼のこの部分が下がるのですね。それで空気の流れが変わって機体が上に向くから昇降舵。そしてこれを足で踏むとここが動くのですね。これでグライダーの向きを変えるから方向舵。これはすごい仕組みですね」


アナは一つ一つの操作方法をしっかりと確かめている。それにさすが頭が良いだけあって何故そうなるのかという座学で教えたことをしっかりと理解している様子だ。


「アレン、覚えました。それでは試しに飛んでみても良いですか?」

「ちょっと待って。まずは俺が操縦して離陸と着陸はやるよ。グライダーの操縦はこの離着陸が一番危険だからね。それで、上空に上がって安定したら少しずつ機体を操縦してみよう」

「はい」


普段はいつも冷静に見えるアナだがやはり随分と楽しみにしていたらしい。何だか早くおもちゃで遊びたくてうずうずしている子供のようですごく可愛い。


そんなことを思っているとはおくびも出さずに俺は乗り込むとシートベルトを締める。そしてアナもしっかりとシートベルトを締めたのを確認すると俺は風魔法エンジンを起動する。


練習機はガタガタと音を立てながら加速し、そしてふわりと浮き上がる。


「アレン。いつも私を乗せてくれていたブイトールのような離陸の仕方はできないのですか?」

「実はブイトールの方が特殊で、本来はこの離陸の仕方の方が効率が良いんだ。ブイトールは重さを全て下に風を送ることで持ち上げているけど、こうすれば翼の揚力で浮き上がってくれるからね」

「私もアレンと変わらないくらいの魔力がありますよ?」

「そうだけど、ブイトールは合計で五つの風魔法エンジンを同時に制御して操らないといけないから、【多重詠唱】がないと制御ができないんだよね」

「では、お城の庭からの離陸は無理なのですね」

「そうだね。開発にもっと時間が取れれば方法はあるかもしれないけれど」

「そう、ですね。アレンも忙しいですから仕方ありません」


そう言ったアナは少ししょんぼりして見えたので、俺は話題を変えてみる。


「ほら、もう滑空できる高度に来たよ。操縦してみる?」

「はい!」


アナの顔がぱあっと輝く。


「じゃあ、今からコントロールをアナの方に渡すよ。風魔法エンジンは俺が同じ出力でキープするから、少しずつだよ」

「はい。任せてください」


ものすごい笑顔のアナがそっと操縦桿を操作した。上昇してみるつもりのようだ。


「あっ!」


機体が少しずつ上を向き、徐々に高度をあげていく。


「アレン! すごい! すごいぞ! 私がグライダーを操縦しているぞ!」

「うん、そうだね」


口調があっさりと元に戻ってしまった。でも、本当に嬉しそうにキラキラと目を輝かせている。


それからアナは機体を左右に大きく旋回させたり高度を変えたりしながらはじめての操縦を楽しんだ。


グライダーを操縦している時のアナはまるで子供に戻ったかのように生き生きとしていて、はしゃいでいて、彼女の辛かったであろう過去を思うとこうして大輪の笑顔を咲かせてくれていることが堪らなく愛おしい。


そんな彼女の美しい顔を照らす陽の光が徐々に色づき始めてきた。


どうやら時間を忘れて随分と長く楽しんでしまったようだ。


「アナ。そろそろ」

「え? ああ。そうか。もう時間か。楽しい時間はあっという間だな」

「そうだね。もういい?」

「ではあと一回だけ」


そうしてアナは機体を大きく一回だけ旋回させると操縦桿から手を離した。その顔はとても名残惜しそうで、それでいてどこか満足そうでもあった。


うん。やっぱりまたこうして飛ばせてあげよう。


そんなことを考えながら俺は着陸すべく滑走路へと機首を向けたのだった。

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