後日談 元町人Aは風魔法を教える
「アレン、おはよう」
「ああ、アナ。おはよう」
朝目覚めると大切な人の温もりが隣にあって、そして挨拶をして。俺が本当に幸せだと実感できる瞬間だ。
「あ、違いました。アレン、おはようございます」
「おはよう。アナ」
そして軽くおはようのキスを交わすとベッドから起き出して朝の準備を始める。アナはドレッシングルームに行って着替えをするのでしばしのお別れだ。
ちなみにアナが自分で直したいと言い出したその口調だが、やはり長年親しんだ口調を変えるというのは大変なようで、こうして油断した時にはすぐに元の口調に戻ってしまう。
俺としてはどちらのアナも素敵だと思っているので彼女のやりたいようにやってもらっているのだが、やはりアナとしてはお淑やかな口調に戻したいのだそうだ。
さて、俺たちが結婚してから早いものでもう二週間が経った。結婚式のパレードでのメリッサちゃんとジェローム君のパフォーマンスは各国首脳だけでなく国民にも大きな衝撃を与えたようだ。
国民たちは竜の守護を得たと大喜びで語り、それとは対照的に各国首脳は青い顔をして帰っていった。
俺のせいで完全にパワーバランスが崩れているところに、更に象徴的な戦力が加わったのだから彼らとしては大いに頭を悩ませていることだろう。
今までであれば俺を暗殺するという手段が使えたわけだが、スカイドラゴンを暗殺することはさすがに無理だろう。
そして、スカイドラゴンの守護を得ていると思われている俺を暗殺すれば確実に報復が行われると考えるのが自然だろうから、おいそれとは手出しができなくなったのだ。
特に、一度襲撃されている帝国はもう二度と手を出そうなどとは考えないのではないだろうか?
さて、美しいドレス姿になったアナをエスコートして俺たちは食堂へと向かう。本来は朝食でそこまでする必要はないのだが、貴族社会のマナーに慣れていない俺の訓練を兼ねて付き合ってもらっているのだ。
「おはよう。二人とも仲が良いな」
「おはようございます。義父上、義母上、義兄上、母上」
ちなみにこの呼び方も言葉遣いの矯正だ。母さんは公式の場には一切出ないとはいえ、公式の場では母上と呼ばなければならないのでこうして俺もまたアナと同様に矯正中というわけだ。
「それだけ仲が良ければ孫も期待できそうだな」
「ちょっと、あなた。まだ二週間ですのよ? 急かすものではありませんわ」
「む、それもそうだな」
「お父さま……」
まあ、こんな感じの他愛のない会話をしながら朝食を平らげるとそれぞれの仕事をするために散っていく。
俺は相変わらず義父上や義兄上の政務の手伝いをしているが、国全体の数字も見せてもらえるようになってきた。
将来的にはアナを当主とした公爵家で領地経営をする予定なのでその練習を兼ねているわけだが、結婚式での演出があまりにも衝撃を与えすぎてしまったようで義父上としてもバランスを取るのに苦慮しているようだ。
軍事面でも、民の人気という面でも俺達の存在は大きすぎて、下手な場所に
行政は俺の前世の知識がほとんど通用しない分野なのであまり難しくない場所だと嬉しいんだがな。
****
午前の執務が終わると午後はフリータイムだ。今日はアナと魔法の練習をする約束になっている。
俺が訓練場に足を運ぶと、そこには既に動きやすい格好に着替えたアナが俺を待っていた。
「ごめん。お待たせ」
「いや……コホン。いいえ。私も今来たところです」
「そっか」
他愛もないことだけど何だかアナが無性に可愛く思えた俺は思わず口元を緩めた。
「ど、どうしたのですか?」
「いや。何だか初々しいカップルのやりとりみたいだなって思ったら何だかいつも以上にアナが可愛く思えてね」
「なっ! そ、そんな。ふ、不意打ちなんて卑怯だぞ!」
アナが真っ赤になりながら俺に抗議してくるが、こうして気が動転して口調が元に戻っているそんな様子もやっぱり可愛い。
「うん、やっぱり可愛いよ」
俺がそう言ってアナをそっと抱きしめるとアナは抱きしめ返してくれ、そして「バカ」と小さくつぶやいたのだった。
****
「マナよ。万物の根源たるマナよ。我が手に集いて風となれ」
俺が久しぶりに詠唱をして風魔法を使う。すると俺の手からは心地の良い風が吹きアナの長い髪を揺らす。
「なるほど。やはり基本的な詠唱の構造は変わらないのですね」
「うん。あとは練習あるのみかな」
「では、やってみますね。マナよ。万物の根源たるマナよ。我が手に集いて風となれ」
アナの歌うような詠唱と共に手に魔力が集まり、そして次の瞬間強烈な風が辺りに吹き荒れる。
「うわっ」
「あっ。アレン! 大丈夫か!」
「う、うん。ただの風が吹いたけだから大丈夫だよ」
「ああ、良かった。すまない」
「やっぱり最初だからね。制御が難しいんだよ。もっと少ない魔力でやってみようか」
「ああ、わかった」
そう言ってアナはもう一度風魔法を発動しようとするがやはりものすごい暴風が吹き荒れる。
いやいや、魔力を少なくしたはずなのにどうして強くなるんだ?
ああ、でももしかしたら既に魔力のステータスが S というあり得ないレベルで初歩の風魔法を使うというのは感覚を合わせるのが難しいのかもしれない。
アナが普段使っている聖氷魔法はチートじみたものばかりなので、きっと凄まじい量の魔力を使っているに違いない。その感覚で魔力を使ってしまうと恐らくああいった状態になるのかもしれない。
アナの吹かせた暴風を体に感じつつも俺はそんなことを思ったのだった。
****
それからたっぷりと夕方まで風魔法の練習をし、アナはついにそよ風を吹かせられるようになった。
「どうだ? これなら良いんじゃないか?」
「うん。いい感じだと思うよ。やっぱり聖氷魔法と比べると難しいの?」
「そうだな。やはり聖氷魔法の方はスキルに頼っている部分が大きいんだと思う。私は【風魔法】のスキルは持っていないからその辺りの差が出たのだと思う。後は必要な魔力の量が少なすぎて適切な量を見つけるのに時間がかかってしまった感じだな」
「そっか。でもこれで大体分かったんじゃない?」
「ああ。これで私もアレンのグライダーを飛ばせるのか?」
「うーん。もうちょっとかな。次は風の強さを変えられるようにしないと。こんな感じに」
俺はそよ風を吹かせながら徐々に強くし、そしてまたすぐにそよ風に戻す。
「む。これは……。中々難しそうだ」
「うん。でも今日はもう暗くなってきたし冷えるとまずいから戻ろうか」
「……それもそうだな。アレン。今日はありがとう」
「いいって。俺もアナと一緒に飛ぶのは楽しみだしね」
「ああ、そうだな」
こうして俺はアナと腕を組むと自室へと戻ったのだった。
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