第79話 町人Aは王都で交渉を見守る(後編)
「ならぬ! いくら我が王家の冒険者が功績を上げたとしてもそのようなことは認められぬ。騎士爵とする。これは決定だ。よいな?」
しかし国王のこの決定には国王の隣で助言をする役目と思われる男からも「えっ」と驚きの声が上がる。
「なるほど。陛下は 50 年間誰も成し遂げられなかったブルゼーニ地方をエスト帝国から奪還するという我がラムズレット公爵家の冒険者アレンの功績は騎士爵程度で十分と、そう仰るのですな?」
そう。歴史を振り返れば、戦争で大きな活躍をした者は男爵か子爵に任じられている。
その基準として一地方や重要な都市を取り返した場合は子爵とされるのが通例なのだそうだ。
今回のブルゼーニ奪還というのはそれよりも遥かに大きな戦果であることは間違いないだろう。
国王の補佐役の男が国王に何か耳打ちをする。
「む、では男爵としよう。領地については追って沙汰を出す。これで良いな?」
「いえいえ。話になりません。何しろブルゼーニ奪還ですからな。だからこそ伯爵位をお願いしておるのです。そもそも、陛下は我がラムズレット公爵家の冒険者アレンに、帝国兵を蹴散らし我がセントラーレンに勝利をもたらしたなら褒美は望みのまま、金、宝物、爵位、女なんでもやる、そうお約束なさったのでは?」
「我が国はまだエスト帝国に勝利したわけではない! 戦争は続いておる!」
「ですが、陛下はご自身でブルゼーニの奪還をもって勝利とすると仰い、命令書も出されましたよね?」
「え、ええい! だとしても伯爵位など認められるわけがない! そんな――」
何かを叫びそうになったところで国王の隣に控えていた男が何かを耳打ちした。
「そ、そうだ。優秀な我が軍の助けがあってのことだ。それに、いくら戦功を立てたとしても伯爵位などやれるものか!」
「では、何があれば伯爵位を頂けるので? やはりエスト帝国の要人の首でしょうか?」
「む? そうだな。エスト帝国の皇帝なり皇太子なりの首を一人で取ってきたなら考えても良いな」
うわぁ。凄いピンポイントで踏んだ。
それを聞いた公爵様は再びニッコリと黒い笑みを浮かべた。
「そうでしたか。ところで、その我がラムズレット公爵家の冒険者アレンの戦功はブルゼーニ奪還だけではないと最初に申し上げましたが、覚えてらっしゃいますな?」
「む? そうであったか? だがそのような報告は受けておらんぞ?」
「ええ、あまりにも大きすぎる戦功ゆえ、その扱いも含め陛下に最初にお伝えするのが臣下の義務かと思いまして」
「む?」
そう言うと公爵様は俺が取ってきたエスト帝国皇太子イゴールと魔術師長ギュンターの首を保存機能付きの高級な魔法のバッグから取り出すと国王の前に並べた。
「なっ? ま、まさか?」
「この二人の顔はご存じですよね?」
「イ、イゴール……皇太子と……魔術師長のギュンターか?」
「はい。こちらの二人の首を我がラムズレット公爵家の冒険者アレンが単独で潜入し、持ち帰りました。ラムズレット公爵家は冒険者アレンと密に連絡を取り合っております。昨今の戦況からエスト帝国とザウス王国は連動していると考えた我々はアレンにエスト帝国中枢の者の首を取ることを命じました。ブルゼーニの奪還を完了した
「……」
公爵様に完全論破された国王はそのまま唇を噛んで押し黙ってしまった。
その沈黙をしばらく見守った公爵様が変わらぬ表情のまま国王に呼び掛ける。
「陛下?」
「公爵よ、お前はワシに虚偽の報告をしおったな?」
国王は突然怒りの表情を浮かべると話をずらしてきた。
「虚偽の報告? 一体何の話でございましょう?」
「お前は 10 万で攻められていると言っていたのにあっさりと撃退したではないか! お前の軍がいかに精強だろうとも 10 万の軍など退けられるわけがない。ワシに虚偽の報告をしておきながら王家の冒険者を自分の冒険者だなどと偽るなど言語道断!」
すると公爵様の顔から黒い笑顔が消えた。
「陛下、それは虚偽の報告ではなく事実です。私以外からも報告が上がっているのではありませんか? そしてそれを我が軍は多大なる犠牲を払って退けたのです。それをそのように仰るとはどのような了見か? 忠義を尽くして国を守ったことに対して労いも頂けず、あまつさえ嘘吐き呼ばわりとは。このゲルハルト、ショックのあまり気が触れてしまうかも知れませんなぁ」
そして再び黒い笑顔を浮かべる。
「いやはや、聡明な陛下でしたらそのような事は仰らないと確信しておりますがね」
そうして煽られた国王がキレて遂に言ってはいけない台詞を口にする。
「ぐっ! ええい! この無礼な男をひっとらえよ!」
「なっ、陛下! それは! なりません!」
隣に控えていた男が止めるがヒートアップした国王は止まらない。
「止めるな宰相! お前も牢にぶち込まれたいか!」
「……出過ぎたマネを、失礼いたしました」
なるほど。こいつが宰相だったのか。
だがその宰相は席を立つとそのまま壁際に下がってしまった。
え? いいのか? 国王のサポートを放棄するのか?
いや、もしかすると本当に牢屋に入れられるからいつもああしているのか?
「そうですか。では交渉決裂という事ですな。残念です。ああ、そうそう。そういえば王太子殿下はお元気ですかな? たまには王族らしく、勇敢に戦うお姿を拝見したいところですなぁ。それでは、私はこれにてお暇させていただきましょう」
公爵様はそう言って席を立つと出口へと向かって歩き出した。
ちなみに最後の皮肉は志願しなかった王太子へのものだが、それは回り回って国王への皮肉でもある。
なぜなら、こいつはこれだけ周囲を敵に囲まれているのに一度も戦場に出たことが無いのだ。
この親にしてこの子あり、ということなのだろう。
だからこそこいつは【英雄】などという加護を持って生まれた王太子を早々に跡継ぎに決め、徹底的に甘やかしてしまったのだろう。
与えられた加護が人を作るのではなく、その加護に負けない努力をして初めて英雄になれるというのに。
ゲームで王太子がそのことに気付くのは王都が壊滅し、全てを失った後だった。
だがこの世界ではゲームとは違い王都は闇堕ちした悪役令嬢の手によって壊滅することは無いし、王太子を支えるはずのエイミーも中身がアレだ。
まあ、なんと言うか、俺が引っ掻き回したせいでもあるが、もはや更生は難しいだろう。
「何をしているか! そいつをひっとらえろ!」
公爵様のその言葉を聞いた国王は更に激怒し、周りにいる近衛騎士たちに怒鳴り散らしながら命令するとようやく近衛騎士が動く。
10 人いる近衛騎士のうち 6 人が王様の周りを固めているのは流石だ。
ラムズレット公爵家には、帝都に単身で忍び込んで皇太子と魔術師長を暗殺してきた「ラムズレット公爵家の冒険者アレン」がいるのだ。
ラムズレット公爵に手を出せば、その刃が今度はセントラーレン王家に向く可能性が高いと考えているのだろう。
だが、そんなことも分からないこの国王に率いられたこの国はもうダメだろう。
「ラムズレット公爵、反逆の疑いで拘束させてもらう」
「どかぬか! さもなくば怪我をするぞ!」
公爵様が恫喝するが、近衛騎士たちに引き下がる様子はない。
「仕方がないな」
公爵様を近衛兵が 4 人がかりで拘束しようと近づいたところに俺は非殺傷弾を撃ち込む。
「がっ」
「ぐはっ」
「なっ」
「うっ」
うめき声を上げて公爵様を拘束しようとしていた近衛兵たちが蹲る。
「公爵様、こっちです」
「うむ」
俺は煙幕を作り出すと公爵様を連れて王宮内を走り出したのだった。
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