第80話 町人Aは王都を脱出する

俺は風魔法を使って行く手を塞ぐ兵士たちを吹っ飛ばす。


ギルドカードに表示されている俺の魔力はすでに S だ。気が付いたらゲームで徹底的にマルクスを強化した時と同じ水準にまで到達していたのだ。


ただ、鍛え方が足りないせいか体力は C のままだがな。


「凄まじいな。アレンの風魔法は」


公爵様が感心したようにそう言うが、これは【風神】の加護のおかげなのだろう。


あの時ちゃんとジェローム君の婚活の手伝いをしておいて本当に良かったと思う。


ただ、今はそんな感傷に浸っている余裕はない。


「公爵様、こっちです」

「ああ」


控室で待機していた公爵様の護衛たちと合流した俺たちは立ちはだかる兵士たちを力ずくで突破すると町へと飛び出した。


それからメインストリートをひた走り、少し行ったところで路地へと入る。そして入り組んだ路地を駆け抜けると俺たちは下水道の入口へと辿りついた。


「じゃあ、手筈通り俺が王都内を攪乱します。その間に公爵様達は下水道を抜けて下さい。俺は一人で脱出したら空から帰りますんで」

「ああ、気をつけてな」

「公爵様こそ。こんなところで死んでアナを悲しませないで下さいね」

「……ああ。そうだな。孫の顔を見るまでは死ねぬな」


そう言ってニカッと笑った公爵様はそのまま振り返らず暗い下水道の奥へと足早に消えていった。


公爵様のお付きの人のうち一人とは一緒に下水道の事前調査を済ませてあるし、下水道の出口には公爵様を護送するための部隊も隠してある。


後は下水道に入ったと気付かれない様に攪乱するだけだ。


危険な任務だが、【隠密】と【錬金】のスキルを持つ俺にはうってつけの仕事だ。


俺はこの下水道の入り口を閉めると錬成で鍵をかける。物の形を変形させられるのだからこのぐらいは簡単だ。こんなチートスキルをあれほどの破格値で売ってくれたルールーストアには感謝しかない。


さて、俺は【隠密】で隠れると早速陽動作戦を開始する。


まずは町の中央付近で異臭騒ぎを起こす。腐った卵のような強烈な匂いを放つガスを薄い氷で密封し、衛兵の詰め所を中心に次々と仕掛けていく。


これが溶けると悪臭が漂い始めるという算段だ。


一般の道行く人たちには悪いが、ガスの量は屋外であれば健康を害することは無い程度なので問題はないだろう。


また、警備をしている兵士の太ももに強いアンモニア臭のする人肌程度の温かい液体をかけてやったりもした。


アンモニアはただの思い付きではあるのだが、その刺激臭のおかげですぐ気づくだろう、という目論見があったりする。


これはなんと言うか、すぐに仲間割れが始まったのでものすごく悪いことをした気分になったが、まあ有効だった。


こうして中央付近で悪臭と偽汚物で騒ぎを起こした俺は続いて北門付近へと移動した。


そして今度は殺傷能力のほぼ無い爆弾、つまり気圧を下げて爆発力を弱め、かつ破片が飛び散らない様にしたものを爆発させては騒ぎを起こしていく。


途中で思いついて小麦粉を買って爆弾の中に入れてみたが、これも騒ぎを起こすには役に立った。


もうもうと立ち上る小麦粉はまるで火事でも起きているかのように見えてインパクトは抜群だった。そのおかげで大量の兵士が釣れたのでこの思いつきは成功だった。


一応、火の気がないことは確認しているので粉塵爆発にはならなかった。だが、もしどこかに火種があって引火したら大惨事になるので一度でやめておいたが……。


うん。ちょっと調子に乗りすぎたな。反省。


ちなみに、俺がこうして中央から北門付近にかけて陽動をしているのには一応理由がある。


ラムズレット公爵領はこのルールデンの南側にある。なので、普通に考えれば公爵様は南門を突破すると考えるだろう。


なので、北で騒ぎを起こすことで南から兵を引き離そうとしていると思わせるのが狙いだ。


もちろん、本当の狙いは下水道から目をそらすことなので、北に兵が集まってもいいし、逆に南を重点的に固められても良い。更に言えば中央付近を徹底的に探されても構わない。


少しでも混乱して意味のない行動を取ってくれればそれで俺の作戦は成功なのだ。


そうしてある程度騒ぎになったことに満足した俺は北側での作戦を終えて今度は東門へと向かった。


****


予想通りではあるが、東門はぴったりと固く閉ざされている。どうやら公爵様を逃がすなという命令は一応、きっちりと伝わっているらしい。


ちなみに盗み聞きしたところによると、公爵様が乱心して国王を害そうとしたことになっているようで、それを理由に公爵家全員の捕縛が命じられたそうだ。


この命令が出たということは、ラムズレット公爵家に対して討伐軍が編成される可能性が高いだろう。


予想通り、最悪のパターンになってしまったようだ。


ゲームとは状況が違うが、どうやら力を持ちすぎたラムズレット公爵家があの愚かな王から疎まれ、排斥されるという運命は結局変わっていないようだ。


だが、俺という異物の存在が大きくその運命を捻じ曲げていることは間違いない。


アナはあんなことになってしまったが俺は当然希望を捨ててなどいない。


公爵様だって、フリードリヒさんだってエリザヴェータさんだってまだ生きている。


目標に向かって努力すれば、そんな運命はいくらでも捻じ曲げられるはずなんだ。


ならば、俺はできることをやるだけだ。


俺は【隠密】で隠れたまま一般人用の門に近づいた。そして例の良く燃える液体をその場で錬成すると持ってきた藁に含ませ、そこに火をつけた。


火のついた藁は一瞬で燃え盛り、そしてその炎は木製の門扉へと燃え移る。


突然上がった火の手に東門はパニック状態に陥る。消火しようと兵士たちが右往左往しているのを横目に俺はその場をそっと離れたのだった。


****


「明日の夜には雌鶏がカーカーと鳴くらしい。昨日は畑を耕した」


ガチャ。


ドアの鍵が開けられたのでそのままルールーストアの店内へと潜り込む。


「いらっしゃい。無事に帰ってきたんだね。今日は何をお求めで?」

「スカウトに来た。いずれ王都は混乱に陥る。その前にラムズレット公爵領に来ないか?」

「おや。でもエスト帝国はあんたが退けたんだろう? 救国の英雄様がそんなことを言うってことは、内乱かい?」

「どう捉えてもらってもいい。だが俺は取引を続けたいと思っている。そういうことだ。邪魔したな」


俺はこれだけ言って店を出た。


それから俺はすっかり暗くなった裏路地を抜けて冒険者ギルドへと向かった。そこで俺は師匠、モニカさん、そしてすっかり出来上がっている先輩冒険者の皆さんにこっそりと手紙を渡しておいた。


俺は下手をするとお尋ね者になっているかもしれないので、敢えて顔を見せずにこっそりと机の上に置いたりポケットに手紙を忍ばせる形で渡した。


内容はもちろん、王都を離れて欲しい、ラムズレット公爵家とは敵対しないで欲しい、というお願いだ。


特に戦争ともなれば冒険者は傭兵として雇われてしまう可能性が高い。


そうなると、結果的に俺が先輩たちを殺さなければならなくなってしまうかもしれないのだ。


自分勝手かもしれないが、俺はここでお世話になった人たちの誰にも死んでほしくない。


きっと俺の言う事を聞いてくれる。そう信じることしかできないのが悔しいが、あまり長居をすることも良くない。


こうして王都でやるべきことを全て終えた俺は、昼間の放火で焼け落ちた東門から堂々と外に出たのだった。

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