第78話 町人Aは王都で交渉を見守る(前編)

「陛下、お招きに与り参上いたしました」

「ラムズレット公、よくぞ参ったな」


公爵様がそう口上を述べると、国王は尊大な態度でそう答えた。


「娘のこと、捜索にご尽力いただき感謝いたします」

「なに。我が王都で貴族令嬢が攫われるなど、あってはならぬからな。今全力で行方を探させておるよ」

「ありがたき幸せにございます」


何があってはならぬ、だ。お前の息子が手配しやがったくせに。


俺は今、公爵様と国王の会談を【隠密】で隠れて見ているのだが、最初のやり取りからストレスが半端ない。


この厚顔無恥な王の顔面を思い切り殴ってやりたくなったがぐっと我慢した。


ちなみにこの二人、どっちも本心じゃないのにニコニコと笑いながら牽制しあっている。公爵様の見た目はゴリラだが、やっていることは狸だ。


「さて、陛下。我がラムズレット公爵家の冒険者アレンについて、本人より適切な褒賞を頂きたいと庇護者である我がラムズレット公爵家を頼られましてな」

「ん? 何のことだ? 彼はワシの命令で派遣した王家の庇護する冒険者だ。そのようなものはおらぬはずだが?」


いやいや。聞いてはいたけど本当にそんなこと言っているのか。もしかしてこの年でもうボケたのか?


いくらなんでも理屈が通らないことくらい分かるだろうに。


「……ですが、彼を我がラムズレット公爵家で庇護することに同意したのは陛下ですぞ? その書面も残っております」

「ん? 何のことだ? ワシが約束を違えたと申すか?」

「おやおや、陛下。お言葉ですが、彼は例の決闘騒ぎの折に我が娘アナスタシアの代理人を務めた男ですぞ? それをお忘れとはまさか仰いますまい?」

「決闘? はて? なんの話だったかのう? 子供同士の些細な喧嘩ならあった気がするがのう?」


些細な喧嘩、ねぇ? 本当にそんな認識でいいのか?


「左様ですか。では褒賞の話に進ませていただきましょう」


ここまでの話を二人とも眉ぴくりとも動かさず、目だけニコニコと笑いながら会話をしている。


さすがのこいつも公爵様相手にはすぐにキレたりはしないようだ。


「まず、我がラムズレット公爵家の冒険者アレンはブルゼーニ地方の敵軍壊滅の第一功にして、全戦功の 5 割をあげ、更に多大なる戦功もあげました。これらに報いるため、伯爵位を賜ることをお願い申し上げます」


公爵様が要求をストレートに伝えた瞬間、会見場がざわついた。


さすがに全戦功の 5 割というのはアレだが、俺が爆撃して蹂躙していなければブルゼーニを失っていたのはセントラーレン王国の方だったことは間違いないだろう。


「な、何を言っておるのだ? ラムズレット公は気でも狂ったか? そのような褒賞などあり得るはずもない。たかが平民の冒険者ごときをいきなり伯爵など! 精々騎士爵が相当だ」


突拍子のない要求をぶつけて相手を動揺させ、そのうえで落としどころを探る。


交渉の基本戦術の一つではあるし、周りの人達もそう受け取っただろう。


だが、今回の公爵様はここから譲るつもりがない。


ちなみに、この国の爵位は上から順に公侯伯子男の順だ。そのうち公爵は王家の分家にのみ与えられる爵位なので俺はどうやっても公爵にはなれない。


伯爵だとそれなりに大きな土地を所有し、場合によっては寄子と呼ばれる他の下位貴族の面倒を見たりと一定の政治的な力を持つことになる。


一方で騎士爵というのは世襲のできない一代貴族だ。準貴族とも呼ばれ、領地が与えられるわけでもないし、場合によっては金でこの爵位を買えたりもする。


そのため王家としてはいくらばら撒いても痛くも痒くもないものだ。


ちなみに前世のドイツ系の国で使われていた辺境伯爵という爵位は存在しない。強いて言うなら公爵家がその役割を担っている。


「いえいえ。この度の活躍を考えればこの程度は妥当かと存じます。何しろあのブルゼーニですからな。並大抵の事ではありません。帝国の再侵略も考えられますし、むしろ安すぎるくらいではないかと私は考えていますよ?」


公爵様は笑顔で交渉を進めているが、国王の眉間には皺が寄っている。国王も平常心を保とうと努力してはいるようだが、怒っているのが手に取るようにわかる。


ちなみに、公爵様が言外に要求しているのはこうだ。


落としたブルゼーニ地方を治める伯爵として一番の功労者のアレンを封じろ。そしてそのアレンはラムズレット公爵家の庇護下にあるのだから、当然ラムズレット公爵家の寄子にするのでそれも認めろ、と。


もちろん、肥沃な土地であるブルゼーニ地方を王家としては喉から手が出るほど欲しいはずだ。


その地が、ただでさえ目の上のたんこぶであるラムズレット公爵家の影響下に入ることは避けたいと考えているはずだ。


だが、現実的に考えるなら帝国による侵攻が行われるであろうことが予想されるため、その守りとして俺を置いておくという事は国としては間違った判断ではないはずだ。


だが、その要求を突きつけられた国王は、事前の話し合いで公爵様が想定していた通りに激怒し、声を荒らげたのだった。

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