第12話 町人Aは恋のキューピッドになる(後編)

「ふむ、アレン君。まるでダメじゃあないか」

「神様、俺に言わないでくださいよ。まさかここまでとは」


ジェローム君は向こうで丸まっていじけているが、そんなことをしている暇があったらもっと頑張れと言いたい。


「さて、アレン君。他に作戦はないのかい?」

「うーん、正攻法だと、ちゃんとした格好で声をかける、とかなんですけどね」

「あ、あの。ちゃ、ちゃ、ちゃんとした、か、格好、て……?」

「知るか。人間ならわかるけどワイバーンはわかんねぇよ。まあ、人間だととりあえずネクタイを締めろって言われるけどな」

「ネクタイ?」

「うーん、とりあえずやってみるか」


俺はジェロームの体に触れると、【錬金】スキルを使って大きな白いネクタイを作ってやることにした。


がりがりと地面に魔法陣をかいて何がどうなるということを細かく指定する。やりたいことのイメージがきちんと決まっていれば、細かいことはスキルが教えてくれるのだ。


そして、ホーンラビットの魔石を魔法陣の中央に置く。


「錬成!」


俺は魔石を通じて魔力を流し込むと一気に魔力を持っていかれたのがわかる。魔法陣が光を放ち、ジェローム君の首に白くて大きなネクタイが巻かれた。


俺はあまりの疲労に肩で息をする状態となり、そしてそのまま座り込んでしまった。


「ま、まぁ、こんなもんかな?」

「あ、あ、あ、ありがとう!」


ジェローム君が感激して握手をしようとしてくるが俺は慌てて避けた。


「馬鹿野郎! お前にそんなことされたら俺は潰れるわ!」

「う、ご、ごめん」

「いいよ。ほら、随分かっこよくなったから――」

「キャアァァァ!」


遠くの方からメリッサちゃんの悲鳴が聞こえてくる。


その声に反応してジェローム君が飛び出していく。


俺は神様に運んでもらいながらゆっくりとジェローム君を追いかける。


ジェローム君の向かう先の上空には、 30 匹程のワイバーンに取り囲まれたメリッサちゃんの姿がある。


「な、なんなのよ! アンタたち!」

「グルルルル」


周りのワイバーン達は唸るだけで答えない。


「周りのワイバーンたちはまだ若いから言葉が喋れないようだね。若いオスのリビドーを発散したいみたいだよ?」


神様が俺の疑問を先回りして答えてくれる。


まるで獣だな。女の子を集団で襲うなんて!


「メリッサさんから離れろー!」


ジェローム君がメリッサちゃんにたかっているワイバーンたちに体当たりをし、そして次々に叩き落としていく。


1 対 30 という絶望的な人数差、いや匹数差の中ジェローム君は獅子奮迅の活躍をしている。


「メリッサさんを傷つけるやつは許さない!」


ジェローム君が他のワイバーンに噛みつかれて血を流しながらもメリッサちゃんを庇って戦い続けている。


メリッサちゃんはその様子を目をそらさずにじっと見つめていた。


やがて全てのワイバーンたちが倒され、そして戦ったジェローム君は力尽きて地面に落下していく。


そしてドスン、という大きな音と共に土埃がもうもうと舞い上がった。


「神様!」

「そうだね。私たちも行こう」


神様に連れて行ってもらい、落下地点の側に降り立つ。


「ジェローム君っ!」


徐々に土煙が晴れていく。するとそこにはジェローム君の体の下に潜り込んで支えているメリッサちゃんの姿があった。


「う、あれ? ボクは?」


ジェローム君の声が聞こえる。


「ジェローム君!」

「ア、アレンさん。そそそそれとメメメメメリッサさん?」


メリッサちゃんの上にいるという事に気付いたジェローム君が顔を真っ赤にして飛び退ろうとした。


だが、それをメリッサちゃんが尻尾で器用に捕まえてそれを許さない。


「ジェロームって言うのね。助けてくれてありがとう。かっこよかったわよ?」


メリッサちゃんはそう言うと首を曲げ、ジェローム君の頬に優しくキスをする。


どうやら俺は神様の依頼を完遂することができたようだ。


俺は何もしていないけどな!


****


「よし、それじゃあ約束通りアレン君に私の加護を与えよう」


そう言うと神様は俺の頭に手を当てる。何かが体の中に入ってきたような感じがした。


「はい、終わりだよ。ジェローム君とメリッサちゃんには、結婚したら時期を見計らって加護をあげよう。それじゃあね」


そう言って神様は光の中に消えていった。風神の書は残っていなかった。


「あ、ああ、あの。ア、アレンさん。ありがとうございました!」

「いや、俺は何もしていないから。全部ジェローム君が頑張ったからだよ」

「で、でも、アレンさんが、手伝ってくれたからっ! お、お礼を……」

「いいよ。別に。あ、そうだ。じゃあさ、4 年後の夏だけでいいから、ここから離れててほしいんだ。もしかしたら、押し込み強盗がくるかもしれないから」

「え? そ、それじゃあお礼には……」

「フフッ。アンタ、アレンさんっていうのね。アタシからもお礼をいうわ。ありがとう。それに、ジェリーのこの布飾りも似合っていてカッコイイもの」

「そりゃどうも」


どうやらジェローム君はメリッサちゃんにもう愛称で呼ばれているらしい。


「だから、アンタがどうしてもアタシたちの助けが必要になった時、一度だけ必ず駆けつけて協力してあげる。どんなことでもね。それでどう?」

「うーん、まあそれでいいや。そういうことで」

「もう、かなり破格の条件だと思うけどね。ま、いいわ。それじゃ、ありがとうね!」

「おう。ジェローム君、メリッサちゃんと上手くやれよ!」

「あ、あ、あの……」

「ほら、しゃんとしなさいよ!」


メリッサちゃんがジェローム君の頭を尻尾で叩いた。本人は軽く叩いているつもりなのだろうが、ドスン、という重い音に身震いをする。


「わ、わかってるよ。ア、アレン君。ありがとう! ま、またね!」

「ああ、またな!」


こうして妙な体験をした俺はフリッセンの村へ向けて歩き出したのだった。


ちなみに、ジェローム君の倒したワイバーンの死体から回収した魔石と素材は俺が貰い受けた。役得というやつである。

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