第52話 町人Aは悪役令嬢と空を飛ぶ

「あの、シェリルラルラさん。エルフの里の存在はバレて良かったんでしょうか?」


俺は恐る恐るシェリルラルラさんに尋ねる。


「何を言っているの? ダメに決まってるじゃない」

「ええとですね? シェリルラルラさん。冒険者ギルドで依頼をすると身元を確認されます。シェリルラルラさんが依頼をしていたら多分大騒ぎになって捕まっていたと思われます」

「大丈夫よ。精霊を呼べば人間の一人や二人、何とかなるわ」


シェリルラルラさんがドヤ顔で言うが違う。そうじゃない。


これは一体どうしたらいいのだろうか? 完全に常識が通じていない。


「一人や二人じゃなくて十人や百人やってきます」

「あら。話には聞いていたけど、人間はそんなにエルフを捕まえたいのね?」

「ええと、まあ、そういう人もいますがそうじゃありません。ここではシェリルラルラさんが不審者だからです。大体どうやって町に入ってきたんですか」

「ん? 門から普通に入ったわよ? 特に止められなかったけど?」


おい! 門番! ナイスだけど仕事しろ!


「ま、まあいいです。で、とりあえず夏祭りには行きます。依頼料も普段お世話になっているし俺も見てみたいんでいらないです」

「なら早速! 二人で行きましょ!」

「そうではなく、アナ様も連れて行ってください。というか、アナ様がいないとシェリルラルラさんが町から出られません。門で止められます」

「でもこの小娘は奥さんじゃないのよね?」

「かと言って、門を出るところまで一緒に行ってもらってそれで終わり、ってわけにはいかないんです」

「ふーん? そう。アレンはそう思っているのね」


シェリルラルラさんは俺とアナの間で視線をゆっくりと動かし、それから少し落胆したような表情で小さくため息をつくと、とんでもないことを言い出した。


「じゃあ、婚約者ってことで通せばいいかしら?」

「こ、こんやく、しゃ……」


アナが固まっている。


ええと、いや、うん。考えるのは止めよう。首が物理的に飛ぶのは困る。


「では、それでお願いします。あの、アナ様? よろしければエルフの里に一緒にいきませんか? 冒険者の事はまた後日調べるということで」

「え? あ、ああ。ああ!」


こうして何とかこの場を切り抜けた俺は、一度アナを公爵邸に戻した。そしてどうやったのかは分からないが、アナはあっという間に外泊許可をもぎ取って戻ってきた。


そしてアナの顔パスで貴族用の門から抜け出すと北東の森にあるルールデン空港へと向かった。


****


「おい、アレン。何だこの場所は? なんで森の中にこんな一直線に開けた場所があるのだ?」


空港に着くなり、アナが驚いたような表情でそう言った。


「ここは俺の秘密基地です。ここに来た人間はアナ様以外にいませんので、どうか内密にお願いします」

「あ、ああ。私だけなのだな」


そう言ったアナは何故かどことなく嬉しそうな表情をしている。


「はい。では準備をしてくるのでここでお待ちください」


俺はそう言って地中の格納庫からブイトールを運び出す。


「な? 地面の中から?」

「俺の持っているスキルです。公表したらどうなるか分からないので秘密にしていました」

「そ、そうか……。秘密、だな。よし!」

「はい。それと先に言っておきますが、絶対に暴れないでください。それから、元々一人乗りですので、お二人は縄で縛って固定します。よろしいですね?」

「もちろん。それで飛べるなら楽しみだわ」

「飛ぶ? 一体何を……いや、アレンだからそれぐらいはあるのか。よしわかった。覚悟を決めよう」


二人の了承が取れたところで、俺はブイトールに二人を縛りつけていく。


「あ、あの、アレン? なんであたしはこの縛られ方なの? これってもしかして?」

「いろいろと考えましたが、これ以外ですとバランスが取れそうにないので」

「お、おい、アレン。その、重くないか? それと、その、こんなに密着するのは」

「すみません。ですがそれ以外では安定しそうにありませんので、申し訳ありませんが我慢してください。それでは発進します」


俺は風魔法エンジンを始動させ、フルパワーでブイトールを垂直に浮上させる。


俺が操縦のためにうつ伏せに寝そべり、アナには俺の腰辺りに顔が来るように寝そべってもらった。アナの豊満なバストがちょうど俺の尻と太腿のあたりに当たって役得ではあるのだが……。


「ひいいぃぃぃ。やっぱりぃぃぃぃ」


そして悲鳴を上げているシェリルラルラさんは宙づりだ。前にオークを運んだ時と同じように荷物を吊り下げるためのフックにロープを通して簀巻き状態のシェリルラルラさんをぶら下げて運んでいく。


「ア、アレン! すごい! すごいぞ! それに速い! これは一体どうなってるんだ?」


ブイトールはぐんぐんと加速して高度を上げ、そしてアナの興奮したような声が俺の背中のあたりから聞こえてきた。


「紙が風で飛ばされるのと同じようなものです。これも風魔法の応用です」


本当は違うのだが、いくらなんでも揚力の事は話したって理解されないだろう。


「おい、もう王都が、王城があんなに小さいぞ!」

「はい。エルフの里まではおよそ 4 時間ほどのフライトです。日の沈むころにちょうど着くと思います」


ちなみにぶら下がっているはずのシェリルラルラさんは静かだ。ちゃんと荷重はかかっているので落ちたというわけではないだろう。


「そうか、やっぱりすごいな、アレンは」


そう穏やかな声で呟いたアナが俺の背中に頭を預けてきたのを感じた。


信頼している、まるでそう言ってくれているかのようだ。そんなアナの重みと温もりを感じ、ドキドキするのと同時に心の中が何だかぽかぽかとしてとても暖かいもので満たされていく。


ああ、そうか。


俺は……。


アナのことが本当に好きなんだ。


最初のきっかけはゲームのキャラが可哀想だったというだけだ。


そして前世の記憶が戻った時、母さんを助けるついでに「悪役令嬢」とワンチャンあれば、なんて軽い気持ちだった。


恥ずかしい!


そんな事を考えてたあの時の自分を思い切りぶん殴ってやりたい。これでは、あのエイミーと一緒じゃないか!


アナはアナだ。


俺や母さんがゲームのキャラじゃないのと同じで、アナだって当然一人の人間なんだ。


すごく頑張り屋で、責任感が強くて、その為なら自分を殺してまで必死に努力してしまう。


でも本当は恥ずかしがり屋で、感情を表現するのが苦手で不器用で、でも楽しい時は素敵な笑顔で笑って。


そんなアナのことが、俺はいつの間にか好きになっていたんだ。


決して好きになってはいけないというのに。


そんな俺たちを乗せて、ブイトールは夏の高い空を悠々と滑空していくのだった。

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