第45話 町人Aは食事会に招かれる

公爵様に全面的なバックアップを約束されてから数日後、再びセバスチャンさんが俺の実家を訪ねてきた。


「アレン様、ご無沙汰しております。当家の当主より招待状をお渡しに参りました。明日の夕食にお招きしたく存じますので、お母様と連れだってお越しください。なお、馬車は当家が用意し、お迎えに上がります。また、事情は理解しておりますので正装などなさらず、普段町を歩く格好でおいでください。それと、手土産などは一切不要でございます」

「かしこまりました」


それだけ言うと、セバスチャンさんは招待状を置いて帰っていった。


「アレン、どなたが来ていたの?」

「ラムズレット公爵家の執事さん。明日の夕方に母さんと一緒に夕食を食べに来てって、招待されちゃったよ」

「まあ、どうしましょう。ドレスなんてもっていないし、あ、アレンは制服で良いわね。ええと」

「母さん、セバスチャンさんが正装しなくて良いってさ。普段町を歩く格好で来てくれって念を押されたよ。多分、そういう服を持っていないだろうって気遣ってくれたんだよ」

「そ、そう。でも、公爵様に招待されるなんて、何だかふわふわして現実感がないわ。あ! そうだわ。明日のお昼以降のお仕事を断ってこなくちゃ。アレンも予定はちゃんと空けるのよ?」


それだけ言うと母さんは慌てて家を飛び出していったのだった。


****


「本日は、お招きいただきありがとうございます」


言われた通り、ちょっと余所よそ行きの普段着に手ぶらでやってきたのだがやはり何となく落ち着かない。巨大な公爵邸をセバスチャンさんに案内されて食堂へと足を踏み入れる。


そこには既に公爵様とアナスタシア、それにアナスタシアのお母さんとお兄さんと思われる人が着席して待っていた。


「やあ、アレン君、良く来たな。それにアレン君のお母さまですな。はじめまして。私はラムズレット公爵家の当主、ゲルハルト・クライネル・フォン・ラムズレットと申します。娘が普段から息子さんには大変お世話になっておりまして、大変感謝しております」


公爵様はそう言うとナチュラルに母さんの手を取りその甲に口付けを落とした。さすが貴族だ。


「こちらが私の妻のエリザヴェータ、そしてこちらが息子のフリードリヒだ」


公爵夫人に次期公爵様のようだ。そしてアナスタシアの母と兄でもある。


「お目にかかれて光栄です。エリザヴェータ様、フリードリヒ様、アレンと申します」


俺はそう言って失礼のないように跪いた。


「アレンの母のカテリナと申します。本日はお招き頂き感謝いたします」


母さんもそう言うとスカートの裾を広げてちょこんと屈んで礼を取る。


「今日は娘の恩人とそのお母さまをお呼びしたのです。そのような堅苦しいことは無しにしましょう」


そう公爵様が言うので俺たちは礼を解いた。


「ほら、アナ。アレン君が来てくれましたよ?」


エリザヴェータさんがそう言ってアナスタシアを俺の前に連れてくる。


「……アレン」

「アナスタシア様、ご無――」

「お前っ! あのような別れ方があるか!」


アナスタシアは今までに見たことがないほど感情的になって俺にそう言ってきた。この前ここに来た時も会えなかったし、嫌われたんだと思っていたがそうではなかったようだ。


よかった。


嫌われていたんじゃないと分かってホッとして、そうしたらこの感情的になっているアナスタシアが妙にかわいく思えてきて、俺はつい笑みをこぼした。


「なっ! 何を笑っているんだ! 私は!」

「失礼しました。またお会いできて嬉しいです」

「あ、ああ。ああ。わ、私もだ。それと、その、なんだ、ええと、その、感謝、している。その、代理人の事も……」

「いえ。それにあのままにはしておけませんでしたから」

「あ、ああ」


学校では見られないようなアナスタシアの姿に少しドキッとしてしまう。


「アレン君? アナったらずっとあなたの事を心配していたんですのよ? あの騒ぎのあった日なんか、真夜中に主人の部屋に泣きながら走っていって」

「お母さま! それはっ! それに私は泣いてなど!」


エリザヴェータさんがおどけたようにそう言っては、アナスタシアが顔を真っ赤にして否定する。


「あらあら、アナったら。そうですわ、アレン君。良かったらアナの事を『アナ』って呼んであげてはくれないかしら? きっとアナもその方が喜びますわ」

「えっ? なっ? お、お母さま?」


やっぱり、あんな凍り付いた表情をしているよりもこうして年相応に笑っているアナスタシアの方が断然魅力的だ。


「ええと、ではアナ様、と?」

「うっ、ぐっ。ええい、他の者がいない時だけだからな?」

「はい、アナ様」


そうして真っ赤になっているアナに母さんを紹介して食事会が始まる。そして公爵様が本題を切り出す。


「さて、こうしてお二人をお呼びした理由だが、今回の騒動の顛末を報告させてもらおうと思ったからだ」


俺は公爵様の目をしっかり見る。


「まず、決闘の条件として決められていたラムズレット家への謝罪だが、これは来期の学園の始業式の時に王太子殿下とエイミー嬢がラムズレット家を代表するアナスタシアへ謝罪するということで決着した。侮辱した場面を見た者が多くいる場所で行うのが筋だろうからな」

「はい」

「そして、王太子殿下と娘の婚約は正式に解消となった。さすがにあんなことをされては婚約を続けられないからな」


そう言って公爵様は一呼吸置いた。


「まあ、娘は随分とアレン君を気に入っているようだからな。アレン君も是非、娘の『友人』として仲良くしてやってほしい」

「はい。俺でできることでしたら」


友人、という言葉だけ敢えて強く言ったのはそういう事だろう。当然だ。


「そして最後に君の処遇についてだが、アレン君とカテリナさんが当家の庇護下に入ることを王家に認めさせた。よって、アレン君は退学する必要もないし罰を受けることもない」

「本当ですか!」

「ああ、本当だ。君が望むなら卒業後はうちで働くもよいし、働き先を紹介してやってもよい。だがまずは学園生活をしっかりと有意義なものにしなさい」

「ありがとうございます!」

「ああ、公爵様。ありがとうございます。ありがとうございます」


俺と母さんは公爵様に感謝してお礼を言う。どうやら俺は退学する必要もなく、このまま学園に通い続けても良いらしい。


「アレン、来年もよろしく頼むぞ」


喜ぶ俺にアナスタシアはそう言って大輪の笑顔の花を咲かせた。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


何とかそう返事をした俺だが、初めて見るその笑顔はとても魅力的で。


この笑顔が見られただけでも頑張ってよかった。


俺は素直にそう思ったのだった。

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