side. ラムズレット公爵

娘と王太子殿下の婚約は王家からの打診で決まったことだ。これは西のウェスタデール王国以外は全てが敵国、または仮想敵国という状況の中、王家と最も肥沃な大地を有する我がラムズレット公爵家との結びつきを強めるためのものだ。


特に東のエスト帝国と南のザウス王国は常に国境付近でちょっかいを出してきており、王家と南部貴族の結束を内外に示すには最適な手段だった。


そう思ったからこそ私は娘を王家に差し出したのだ。


そんな娘と王太子殿下はお互いに愛情があるようには見えなかったが、どちらも将来の国母、そして国王としての自覚をもって適度な関係を築いているように見えた。


だが、その関係性が急速に壊れ始めたのは高等学園に入学してからだ。


どうやら、ブレイエス男爵家のエイミーという名の庶子が、王太子殿下を始めとした将来を嘱望される貴族の嫡男、それに留学に来ているウェスタデール王国の第三王子までをも次々と篭絡したのだそうだ。


その話を最初に部下から報告された時は理解が追いつかずに三度確認した。


当然国王陛下とも相談したが、王家としてはこの婚約を破談にするつもりはなく、私としてもそれは同意見だった。それに娘も政略結婚の意味を理解して大人の対応を取っていたため、しばらくは様子を見ることとなった。


そして他の篭絡された嫡男の家やその婚約者の家の当主達も、卒業すればそういった火遊びは落ち着くだろうという見方が大勢だった。


ここまでのレベルではないにしろ多少は身に覚えのある当主たちも多いだろうし、学園の中の事は学園の中で解決するというのが大原則だ。


大人となる直前の子供たちを過保護にしすぎるのは良くない。


そんなわけで彼らも我々と同様に様子を見ることで足並みを揃えた。


しかし今になって考えれば生真面目な性格の娘にはこの対応は少々酷だったのかもしれない。


その事が影響していたのかは分からないが、入学して最初の期末試験でなんと娘が 2 位となってしまったのだ。それも、王太子殿下に負けたのではなく平民の特待生に負けたのだそうだ。


この時頭ごなしに将来の王妃としての自覚を持てとつい叱ってしまったのだが、娘の反応は意外なものであった。やるべきことを理解したと言って前向きに目を輝かせていたのは印象的だった。もっと落ち込むと思っていたが芯の強い娘に成長してくれているようで、親としては嬉しい限りだ。


そして夏休みの自由研究も殿下と共同で行い、さらに試験で敗れたその平民の特待生をも巻き込んだのだそうだ。そうして出来上がったレポートは専門家も唸る出来だったそうで、王太子殿下の評判も随分と上がったと聞く。


だが、この一件で娘は心配ないと目を離してしまったのが良くなかったのかもしれない。文化祭で娘は王太子殿下のグループから追放され、それ以来口も利かない関係となってしまった。


その結果、婚約解消という噂までもが流れるようになってしまった。


そしてその事を娘に問いただしても「これはただの政略結婚であり、自分は結婚して子供さえ産めばそれで良い」などと、とても年頃の娘とは思えないようなことを凍り付いた表情で私に言ってきたのだ。


私も忙しく、娘も寮生活ということで中々時間が取れず、きちんとした話し合いもできぬままに過ごしてしまっていた。そんな折、娘から例のブレイエス家の庶子との関係でジュークス子爵の息子に狼藉を働かれそうになったとの訴えを受けた。


さすがにそれが真実ならばいくら学園の中のこととはいえ大問題だ。


学園に部下を派遣して事実関係を確認し、証拠もないままに犯人と断定したとして、王家、ブレイエス男爵家、そして実際に手を出したジュークス子爵家に正式に抗議をしようとした丁度矢先の出来事だった。


なんと、進級記念パーティーに参加して明日戻ってくるはずの娘が夜中に突然戻ってきて、いきなり私の私室の扉を乱暴に叩いてきたのだ。


パーティーに送り込んでおいた部下からの報告が何故まだ上がって来ていないのかは分からないが、明らかに尋常ではないその様子に私は娘を部屋に招き入れた。


だが、言っていることがどうにも要領を得ない。


何とか促しながら話を聞きだしてみると、どうやら王太子殿下が婚約破棄を宣言した挙句、娘に決闘を挑むように強要してきたらしい。


事の真偽はすぐに判明するだろうが、娘の性格を考えると事実なのだろう。少なくとも、娘は我を忘れて決闘を申し込んだりするような性格ではないが、規範や上下関係には従う傾向が強い。


「なるほど。前から随分と愚か者になったとは聞いていたが、もうそこまでになったか。こうなると婚約の継続は難しいな」


私は娘を安心させるためにそう言ってやるが、それでも娘は取り乱した様子で捲し立ててきた。


娘はずいぶんと混乱しているようで、言っている内容が酷く分かりづらかったがそれをゆっくりと咀嚼する。


どうやら 1 対 1 で行うべき神聖な決闘に、その年代を代表する強者 5 人がまとめて代理人として立つという暴挙に出たらしい。そして、その 5 人を相手にして娘の代理人の男がたった 1 人で勝ってしまったということのようだ。


なるほど。そういうことか。


「なんだとっ!」


そして理解が追いついた瞬間に私は大声を上げてしまった。


「その 5 人を同時に相手にしてたった 1 人で勝っただと!?」

「はい。彼は我が国が失ってはならない天才です。どうか! どうか! 私にできることならなんでもします! ですからどうか!」


驚きはしたがそんな程度なら大した話ではない。いくらでもやりようはある。


私は娘に落ち着くように言うとセバスに茶を淹れさせる。


「アナ、落ち着きなさい」

「あ……」


そしてゆっくりと聞き出すが、どうやらその代理人を引き受けた男というのは例の特待生の平民らしい。


なるほど。話を聞けば聞くほどまるで物語の中から出てきたかのような現実離れした男だ。


それにどうやら娘は今回の一件だけでなく随分と世話になっているようだ。


それに、もし娘の話が本当であればかなりの利用価値がありそうだ。今のうちに取り込んでおいて損はないだろう。


そう考えた私はセバスに命じてそのアレンとやらを連れてくるように命じたのだった。


****


そして翌日、実家に戻っていたというアレンとやらをセバスが連れて帰ってきた。見たところはまだあどけなさの残るがどこにでもいそうな普通の青年だ。


本当にこの青年が、と思うような容姿ではある。だが、部下たちの報告によれば確かにこの青年が不思議な術を使い、公衆の面前であの 5 人を完膚なきまでに打ちのめしたそうだ。


立会人もうちの敵対派閥の者だったと聞いているし、部下たちも当日は彼らの妨害に遭って外へと出るのが遅れたと口を揃えて証言している。ということは、これは最初から準備されていた茶番で、王太子殿下かマルクスあたりが手を回していたと考えたほうが自然だろう。


こんな下らないことのために政略結婚相手である我が公爵家に喧嘩を売るとは、な。


こうなってしまえば最早どうしようもないだろう。


さて、それから少しずつ探りを入れていったが、実に面白い男だった。私の見た目や立場に臆することなく、かと言って礼を失することもなく、それでいてこちらが聞いた以上の余計なことを言わない。


まるで出来のいい貴族の子弟を相手にしているような感覚だ。一体どのような教育をすればこのような子供が貧民街で育つというのだろうか。


そして更に話を聞いていくと、学園内での痴話喧嘩から端を発したこの騒動から、最終的に戦争で王都が陥落する可能性までをも指摘して見せたのだ。しかもそのための解決策が平民である自分自身の首という為政者としては百点満点の解答に辿りつき、実践したのだと躊躇なく言ってのけたのだ。


なんということだ!


これは娘の言う通りまさしく天才だ。色々と足りない視点は沢山あるが、こんなすさまじい人材、決して失うわけにはいかん。


そう確信した私はアレン君の後ろ盾となることを宣言し、その母親の庇護も約束した。


アレン君を帰した後、監視室で見ていたはずの娘は目を真っ赤に腫らして妻に抱きしめられていた。どうやら自身の不明を恥じたらしい。


私は家族に公爵家としてのアレン君への全面的なバックアップを宣言すると、早速王宮へと向かったのだった。

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