第3話 町人Aはこっそりと町から抜け出す
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スキル:【隠密】
説明:気配、魔力、持ち物など様々なことを隠蔽できるようになる。習熟すればするほど気付かれにくくなり、隠蔽できる内容も高度になる。
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これが俺の新しいスキルだ。このスキルは中々有用で、二つの使い方を想定している。
まず一つは、誰にも気付かれずに色々な場所に出入りすることだ。
何しろ、ゲームではエイミーと攻略対象達が帝国軍の追手から逃れるために用意された優秀なチートスキルだ。
それなら、この町にこっそり出入りしたり、危険な場所で気付かれずに行動したりすることなどわけないはずだ。
そしてもう一つは、このギルドカードの内容の隠蔽だ。この【隠密】スキルを持っているということ自体が火種となる可能性がある。
バレて暗殺者として育てるために拉致されるなんてもってのほかだからな。
さて、実験の結果【隠密】を使って俺自身の存在を隠蔽するとどうやらそのあたりに落ちている石のようにしか感じなくなるらしい。
というのも昨晩、家に帰ってから試しに母さんを相手に実験してみたのだ。
実験内容は簡単で、家で【隠密】を使い、部屋に置かれた椅子に堂々と座って母さんの帰宅を待つだけだ。
そして母さんが帰ってくる。
「ただいまー。アレン、夕飯の時間よ」
うちは違法増築されたボロアパートの 5 階にある、ワンルームに共同のトイレとキッチンがあるだけの小さな部屋だ。帰宅すればすぐにわかるはずなのだが、
「アレン? どこ? まったく、ダメじゃない。ランプをつけっぱなししてどこかに出掛けるなんて」
とブツブツ言いながらテーブルに買ってきたクズ野菜のスープ、それに固いパンと干し肉を並べる。
そして、俺の座っている椅子を引こうとしてきた。
「あら? どうしてこんなに重いのかしら?」
そう言うと母さんは反対側の椅子を引いて腰掛ける。
「母さん?」
俺が声をかけると母さんはあたりをキョロキョロと見回すが俺を見つけることができない。
真正面に座っているというのに俺の存在を認識できていないのだ。
俺は立ち上がって母さんの隣にいくと、肩をトントンと叩いてもう一度母さん、と呼びかける。
「あ、あら? あらら? アレン? いつからこの部屋にいたのかしら?」
と、こんな感じだ。
「最初からここにいたよ。はい、今日の稼ぎ」
俺はどぶさらいで稼いだお金の一部を母さんに渡す。
見ての通り貧しい生活なので少しでも良くしたいのだ。たった一人の家族だもの。
「ありがとう。でも無理しないのよ? 学校のお勉強もちゃんとね?」
「うん、わかってるよ。授業は簡単だから大丈夫」
俺は母さんにそう答える。
ちなみに学校というのは週に三回、無料で読み書き算数、それに歴史なんかを学べるこの世界の小学校だ。毎週月、水、金の午前中に二時間だけ授業を受けられる。
前世の記憶があるので歴史のようなこの世界特有の話以外は受ける必要がないのだが、将来高等学園に入ることを想定して勉強は手を抜かずにしっかりやっているのだ。
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さて、次の一手の目的地は町の外にある。その場所は古代迷宮の跡、とも言われている遺跡がここルールデンの町の近くにある。次はその遺跡に行って『鑑定のスクロール』を手に入れるのだ。
もちろん 8 歳の子供は町の外に出ることはできないし、町の外なので魔物もたまに出る。王都の近くなので滅多にはないが、盗賊やそれまがいのごろつきが出ることだってありえるだろう。
そこで【隠密】スキルの出番だ。誰にも気付かれずに町を抜け出し、こっそり遺跡へと侵入して目的のアイテムを手に入れるのだ。
ちなみに、この『鑑定のスクロール』は本来はゲームのヒロインであるエイミーが手に入れるアイテムである。
一年生の夏休みに攻略対象の誰かと一緒に夏休みの自由研究としてこの遺跡を訪れ、偶然に手に入れるのだ。なので、これを同じ遺跡の同じ場所で手に入れられたならここは乙女ゲームの世界と同じだと確定して良いだろう。
そしてこの【鑑定】のスキルを取るのは検証だけが目的ではない。このスキル、はっきり言って超絶チートスキルだ。
その名の通り、このスキルはアイテムの鑑定ができるスキルだ。それだけでもチート級のスキルだが、課金して魔石を消費することでその本領を発揮する。
まず自分よりレベルが下の相手に対しての名前から所持しているスキルまで丸裸にする人物鑑定、迷宮内の宝箱の探知、罠の感知、敵の弱点の調査、戦闘時の敵の行動の先読み、更には攻略対象との会話イベントの時の選択肢の正解、果ては期末テストの正解なんかまでわかる。
魔石は魔物を倒すとドロップするのだが、ゲーム内で入手できる数ではまるで足りない。なのでそのチートぶりを発揮するには当然、課金して魔石を買う必要がある。要するにゲームの集金装置なわけだが、俺の
ちなみに、前世ではこいつのせいで俺は諭吉さん一人とお別れした。くすん。
さて、気を取り直していこう。俺は【隠密】スキルで隠れたまま町の出入口へとやってきた。
やはり俺がいることには誰も気付いていないようだ。町を出ていく人たちに混ざってそのまま出てみたが何も言われなかった。
衛兵たちも俺の存在に気付いていないようだ。
今度は町に入る方を試してみよう。一般人は今来た門を使うのだが、他に貴族用の門と商人たちが使う門があるので、商人たちが使う門からの入場を試みる。
貴族用の門だともしバレたら首が飛びそうだし。
俺は少し歩いて商人たちが列を作っている門に辿りついた。衛兵たちに商人が何やら書類を手渡して、積み荷の検査を受けている。
俺はそれを横目に堂々と門をくぐった。やはり何も言われなかったし、誰かに気付かれた様子もない。
さすがは主人公のためのチートスキルだ。素晴らしい。
ちなみに、相手が俺を認識している状態で【隠密】スキルを発動しても認識が外れることはないが、たとえ俺が視界に映っていたとしても俺を認識していない状態で【隠密】スキルを使うとそのまま認識できなくなるということもわかっている。
検証が上手くいって気分を良くした俺は、町を後に目的の遺跡の方へと歩き出した。
ここからは魔物が出る。気を引き締めていこう。
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