第82話 町人Aは悪役令嬢の誕生日を祝う
俺はメイドさんに身支度を手伝ってもらい、正装に身を包んだ。髪型もばっちりセットして、プレゼントもちゃんと持った。
よし、準備万端だ。
そうして俺は母さんの部屋へと迎えにいった。
ちなみに俺がアナとの結婚を公爵様に認められて以来、母さんも公爵様のお屋敷で厄介になっているのだ。
理由は、公爵令嬢の婚約者の母親は狙われる対象なので保護する必要があるからだそうだ。
なるほど。確かにそういう事もあるのだろう。
貴族社会というのはやはり面倒なものだが、覚悟して踏み込んだ道だ。仕方がない事なのだろう。
そして待つこと 10 分ほどでドレス姿の母さんも部屋から出てきた。慣れないヒールにドレスにと四苦八苦している様子だが、普段の優しい母さんとは違う感じで、なんというか、すごくきれいな母さんだと思った。
俺は母さんの手を取りエスコートをするとアナの部屋へとやってきた。
メイドさんが扉を開けてくれたので中に入ると、そこには既に公爵様、エリザヴェータさん、フリードリヒさんが揃っており、ベッドで眠り続けるアナの横で楽し気に談笑している。
「遅くなりました」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
俺がいつもの適当な感じで、母さんは丁寧に挨拶をする。
「ははは。まだ時間前なのに全員そろってしまったな」
言われて俺がちらりと時計を見ると、公爵様の言う通り確かにまだ 10 分前だ。やはりみんなアナの誕生日が楽しみだったということなのだろう。
「あ、本当ですね」
「では少し早いが始めてしまおう」
公爵様がそう言うと、コホン、と一度咳払いをしてからアナに優しく語り掛けた。
「アナ、 17 歳のお誕生日おめでとう」
その公爵様の言葉を合図に俺たちは静かに、口々にお祝いの言葉を伝えていく。
「さて、アナ。今日はお前にちゃんと報告しようと思っていてな」
アナの手を取り、そう言った公爵様の顔には祈るような表情が浮かんでいる。
「アナ、お前のアレンが婚約者になってくれたよ」
しかしまるで彫像のように眠り続けるアナの姿にがっくりとうな垂れた。
「それに、今日はアナの好きなものが沢山用意してあるからな。好きなだけ食べてくれよ?」
そう言ってテーブルに並べられた豪華な料理を指さすが、やはりアナは何の反応もなく眠り続けている。
「アナ、お誕生日おめでとう。あなたが子供のころから大好きだった手作りのケーキを用意したわ」
「アナ、誕生日おめでとう。私はお前がずっと欲しがっていた白馬を用意したぞ。外にいるが、どうだい? 乗ってみたくはないかい?」
「アナスタシア様、お誕生日おめでとうございます。そして、まだまだ足りないところの多い息子を選んでいただき、本当にありがとうございます。こちらは、お好きだとお聞きしました」
エリザヴェータさんは思い出のケーキ、フリードリヒさんは初耳だがアナの欲しがっていた馬、そして母さんは菓子折りを渡したがやはりアナは眠り続けている。
次は俺の番だ。
「アナ、お誕生日おめでとう。俺が不甲斐ないせいでこんな目に遭わせてしまってごめん。ほら、これが約束してた空騎士の剣だよ」
俺はそう言って剣を抜き、アナの前にその空色に輝く美しい細身の刀身を見せてあげる。その刀身にはアナの美しい顔が映りこんでいた。
俺はアナの手に空騎士の剣をそっと握らせてあげる。
その時だった。
空騎士の剣から眩いばかりの光が放たれる。
「え? アナッ!」
俺は慌てて手を伸ばしてアナの手を握るが、眩しくて目を瞑り顔を背けてしまう。
そして光が消えた瞬間、か細い声が聞こえてきた。
「ア、レ……ン?」
それはずっと聞きたいと思っていた声で、
それはずっとそうなって欲しいと願っていたことで、
俺は感情を抑えきれず、寝ているアナを思い切り抱きしめた。
「アナ! アナ!」
涙がとめどなく流れてくる。
ああ、くそ。笑顔でって思ってたのに!
そんな俺にアナは弱弱しい声で、優しく答えてくれた。
「……レン。なく、な」
そういって剣を持っていない左手を俺の背中に回してきたが、それはひどく弱弱しくて。
嬉しさと安心感を覚えて、それと同時に切なさに胸が締めつけられる。
「アナ、俺はもう、絶対に離さないからな。誰に何と言われても、一人で行かせたりしないから」
「ア……レン」
そうして抱き合う俺たちだったが、しばらくすると後ろからコホンと咳払いが聞こえてきた。
「あ」
俺は額にキスを落とすと、名残惜しいがアナからゆっくりと離れた。
「お、とう、さま……おか……さま、おにい……さま……こ、こ……は?」
やはり声が出しづらいのか、弱弱しい声で三人を呼ぶ。
「おおおお、アナ。良く戻ってきてくれた。ここは領都邸だ。アナ! アナ!」
そうして公爵様が大号泣しながらアナに抱き付き、そしてエリザヴェータさん、フリードリヒさんも同じように号泣しながらアナに抱きついた。
それからは皆で号泣して、そして落ち着くまでにかなりの時間がかかったのだった。
****
「改めて、誕生日おめでとう。アナ」
「ありがとうございます」
公爵様のお祝いの言葉に、ベッドの上で上半身だけを起こしているアナはしっかりとした口調で答える。
あの後水を少し飲んで喉を潤したおかげで多少は喋れるようになってくれたのだ。
そんなアナに公爵様は言葉を続ける。
「アナ。アレンが一人で攫われたお前を帝国の宮殿から助け出し、ここまで連れ帰ってくれたんだ」
「え? アレン。お前……」
「俺がどうしても、そうしたかったんだ」
「アレン……」
アナは嬉しそうな、そして少し悲しそうな表情をしている。
きっと、俺が一人でやったと聞いて心配してくれているんだろうな。
「アナ、お前が選んだ男は凄い男だ」
「お父さま……それって……?」
アナが目を丸くして驚いている。そんな驚いた顔のアナが見られるだけでこの上なく幸せだ。
「アナ、約束通り公爵様に認めてもらいました。俺と、結婚してくれますか?」
俺はベッドサイドに跪くとアナの手を取り、もう一度プロポーズする。
「……はい」
そう言って頷いてくれたアナの頬を伝う涙をそっと拭うと、俺は優しく抱き寄せてキスしたのだった。
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