第98話 町人Aは決着をつける(後編)

淡々と紡がれたアナのその言葉を聞いたエイミーは希望に満ちた表情を浮かべた。


もしかしてエイミーは自分が助けてもらえると思っているのだろうか?


「だがな。私はお前だけはどうしても赦せん。お前は王太子殿下と将来のセントラーレン王国の柱石となるべき男たちを誘惑し、堕落させた。その結果この国はここまで乱れ、多くの無辜の民の血が流れたのだ」


久しぶりに見る冷たい表情でアナはエイミーにそう言った。


それから声のトーンを変え、怒りのこもった様子で次の言葉を発する。


「それだけではない! よくもわけのわからない理由で私をエスト帝国に売り払ってくれたな!」

「な、なによ! 女として魅力がなかったのが悪いんじゃないの!」


そんなアナの怒りに対してエイミーはヒステリックに反論した。


いや、反論にすらなっていない。


そもそも、命乞いをしようとしていた相手にすぐにこんな風に反論するなんて、一体どういう神経をしているんだろうか?


「私とあの男は所詮政治的な目的で契約していたにすぎない。義務はあれど愛などでは無かった。だがな。よくもこの私の貞操を汚そうとしてくれたな! しかも、あろうことかアレンにもあのような傷を負わせるなど!」


アナは強い怒りをエイミーにぶつける。しかし、何故かエイミーは強気に上からマウントを取ろうとしている。


「ふ、ふぅん? でも残念ね。あんたは何十人もの男に汚されたわけだ。ざまあないわね」


いや、もう、何がどうなってるんだ? こいつは今の状況が分かっているのか?


「ふふ。残念だったな。私の貞操は無事だ。光の精霊様が守って下さったからな」


しかしアナは勝ち誇ったような表情を浮かべてそう言うと、妖精の髪飾りを右手で優しく触った。


「あ゛?」


変な声を上げたエイミーが凄まじい表情でアナを睨みつけている。


「最初はな。私もアレンと同じでさっさと殺してしまえば良いと思っていた。だが、マルクスの様子を見て、殿下の洗脳を解いて、そしてここに来るまでにアレンの剣の師の、それと大勢の兵士たちの洗脳を解いて、それで気が変わった」

「じゃあ!」


そしてまたすぐに希望に満ちた表情を浮かべる。


いや、マジで意味が分からん。こいつの脳内はどうなっているんだ?


この後に来る台詞はどう考えてもポジティブな内容なわけがないだろう。


「ああ。命は取らない。だがその声は奪わせてもらおう」

「え?」


エイミーはそれを聞いて目を見開いた。


「氷が支配するは静寂なり。白銀の世界に音はなし。我が聖なる氷よ。アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットの名において命ずる。我が前に立ちふさがりし蠱惑こわくの魔女エイミー・フォン・ブレイエスの声を封じよ。聖氷封声」


するとエイミーの喉に氷が絡みつき、そしてすぐに砕けて消えた。


エイミーはパクパクと口を動かし、そして言葉を発せないことに気付いて真っ青になっている。


「これでこの女はもう二度と声を発することはできない。さあ、アレン」


俺は小さく頷くと王太子とエイミーを錬成したロープを使って氷ごとぐるぐる巻きにした。


「アナ、準備ができたよ」

「ああ。この二人を連れて脱出するぞ。いや、その前に……」


アナはそう言うと血の海に沈むマルクスの元へと向かった。


「もう手遅れかもしれないが、何とかなるかもしれん」


そう言ってアナは立て続けに聖氷覚醒と聖氷治癒を使う。するとマルクスは聖なる氷に包まれた。


まだ一応息があったのだろうか?


散弾銃を体で受けたマルクスが助かるとはとても思えない。


それにマルクスだってエイミーに傾倒していたとはいえアナにずっと嫌がらせを続けてきた男の一人だ。


そんなマルクスがこうして敵として相対したというのに、それでも手を差し伸べるのだからやはりアナは選ばれるべくして聖女となったということなのだろう。


それにきっと本当は外での戦いで倒れた兵士たちの治療もしたいんだろうな。ただそれはゲルハルトさんに禁止されているから無理だけどさ。


「さあ、今度こそ脱出するぞ」

「そうだね。行こう」


こうして俺たちはエイミーと王太子を氷漬けにしたまま引きずり、そしてすれ違う兵士たちの洗脳を解除しながら王城を脱出した。そして、ジェローム君の背中に乗ると第二王子とシュレースタイン公爵のいる本陣へと向かったのだった。


****


「なっ! あ、兄上?」

「王太子殿下!?」


第二王子とシュレースタイン公爵が驚きの声を上げている。


「俺たちで王城から攫ってきました。事前のお約束の通り、王太子殿下の身柄は引き渡します。どうぞご自由になさってください」


王太子がもごもごと抗議をしているが何を言っているのか分からない。


「そ、その魔女は?」

「はい。我がラムズレット王国が相応しい罰を与えた上で処分いたします。もう声は封じてありますのでこれ以上の悪さはできないでしょう」

「そうですか……」

「しかし、大事なところはほとんど全てを我々でやってしまいましたからな。公爵閣下、よろしくお願いいたしますよ?」

「う、うむ……」


そうして歯切れの悪い返事をした公爵と氷から解放された王太子を残して俺たちはジェローム君と共に飛び立ったのだった。


「ところでアナ。この女はどうするつもりなの?」

「ああ。この女は私がならず者どもにぐちゃぐちゃにレイプされれば良いとずっと公言していたそうだ。同じ女としてはどうしてそのような考えになるのかは全く理解できないが、自分が同じ目に遭ってみれば少しは反省するのではないかと思ってな」

「……それは、まあ」

「鉱山のほうではかなりの高給で娼婦を雇っているそうだがやはり厳しい仕事らしい。そのためすぐに辞められてしまう上に志願してくれる者も少なく、残っているのはこの女のように処刑する代わりに送られた者くらいだと聞いている」


氷漬けのエイミーは顔面蒼白になりながらも何かを言おうと口をパクパクさせているが、その声が発せられることはついぞなかった。


こうして俺たちのエイミーとの戦いは幕を閉じたのだった。

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