第97話 町人Aは決着をつける(中編)

「イヤぁぁぁぁ、マルクス! どうして! マルクス!」


泣き叫ぶエイミーを見ても、知っている人間を撃ち殺したというのに、俺には同情する感情すらも湧いてこない。


一体どうやって、という疑問だけが頭の中を渦巻いている。


ああ、どうやら俺は随分と冷酷な人間だったらしい。


いや、あれだけやっておいて今更か。


俺は次弾をエイミーに向けて撃つため再びサイガを構える。


「させるかぁ!」


次の瞬間、王太子がそう叫ぶと一気に俺との距離を詰めてきた。


しかし、そんな王太子の剣をアナが空騎士の剣を抜いてそれを防いでくれる。剣と剣がぶつかり合い、金属音が部屋に響き渡った。


「アナスタシアァ! 邪魔をするな! この男が! この男さえいなければ!」


王太子がアナを排除しようと次の一撃を繰り出してくる。その動きは授業で見た時よりもはるかに洗練されている。


これはきっと自分自身に【英雄】のバフを乗せているのだろう。俺がこれを受けたら恐らく一撃で殺されていたはずだ。


しかしそんな王太子の剣をアナはいとも簡単にいなす。その動きについていけない王太子は簡単にバランスを崩してよろめいた。


「殿下、もう夢から覚める時ですよ」

「何を!?」


そう諭すように言ったアナは軽々と王太子の剣を弾き飛ばし、そして王太子の腹に鋭いミドルキックを叩き込む。


「がっ、はっ」


体がくの字に折れ、苦しそうに呻いた王太子はそのまま地面に膝を突いた。


あまりのレベル差にもはや勝負にすらなっていない。


【空騎士】の加護を得て、【氷の聖女】の加護を得て、そして風の山の迷宮の高速周回で鍛えられた今のアナのステータスは体力も魔力も共に S だ。


たとえ【英雄】のバフが乗っていたとしても今の王太子では足元にも及ばないようだ。


「聖氷覚醒」


王太子の頭が氷に包まれ、そしてすぐに割れた。


「な? お、俺は? エ、エイミー? え? え?」


エイミーによる洗脳が解けて混乱している王太子にアナが追い打ちをかける。


「氷縛聖界」


アナの魔法で王太子の体が氷に包まれていく。


「な、なんだこれは!? アナスタシア! くそっ! ええい。マナよ。万物の根源たるマナよ。炎の鎧となりて我が身を守れ。炎鎧!」


王太子が体に炎の鎧を纏う。相性を考えればこれで氷は溶けるはずなのだが、アナの作り出した氷が溶ける気配は微塵もない。


「な、何故だ! 氷は炎で溶けるはずだ!」

「殿下、その氷は聖なる氷です。普通の方法では溶けません。このまま捕虜となっていただきます」

「ええい、くそっ! アナスタシアァァァ!」


王太子は憎々し気な目でアナを睨み、大声で叫ぶ。


しかし、そう叫んだところで王太子の口は氷で塞がれ、それ以上の言葉を発することはできなくなったのだった。


それを確認したアナは一切の興味を王太子から無くしたようで、まだもごもごと何かを言おうとしている王太子に背を向けるとエイミーに向き直る。


俺は今度こそ確実に仕留めるべくサイガを構える。しかし、エイミーは芝居がかった甘ったるい口調でアナに語りかける。


「アナスタシア様ぁ! 目を覚ましてくださいっ! アナスタシア様が望んでいたのはこんなことじゃないはずですっ」


これはゲームでヒロインが闇落ちした悪役令嬢に最終決戦の時に投げかけたセリフだ。


今なら分かる。ゲームではここで慈愛の聖女の力が発動し、魔剣の絶望の一部を浄化したことでその力を弱めたのだろう。


だが、ここにいるアナは魔剣になど囚われてなどいない。


それにもし仮にそうだったとしてもエイミーを守り弱体化した闇落ち悪役令嬢を倒す王太子もマルクスも戦闘不能だ。


「聖女様っ!」


突然の事に唖然としていた兵士たちが我に返り俺たちに襲い掛かってくる。迎撃しようとサイガを構えた俺をアナが小さく身振りで制し、そして魔法を発動した。


「聖氷覚醒」


次の瞬間、兵士たちの頭は聖なる氷で冷やされて洗脳が解除される。


「え? なっ? あれ?」


正気に戻った兵士たちは立ち止まると辺りをきょろきょろと見回している。なぜ自分がこんなことをしているのかも飲み込めていない様子だ。


それを見たエイミーはあからさまに取り乱した。


「ひっ、ひぃぃ。なんでよ。なんで悪役令嬢のあんたがここにいるのよ! どうなってるのよ。誰か! 誰か!」

「聖氷結界」


アナがまた知らない魔法を使うと玉座の間に氷のドームが出来上がり、俺たちを包み込んだ。おそらく、王太子を拘束している魔法と同じ氷の聖女の魔法なのだろう。


俺がサイガをエイミーに向けるが、アナが俺を見て小さく首を横に振った。


俺としては言葉を交わすことすら危険なので今すぐにでもエイミーを射殺しておきたいのだが、どうやらアナには何か考えがあるようだ。


俺が銃を下ろして小さく頷くとアナは頷き返し、そしてエイミーに声をかけた。


「おい」

「ひぃぃ。誰かぁ! 助けて! 誰かぁ!」


エイミーはそんな叫び声を上げながら逃げ出し、氷を割ろうと必死にドームの壁を叩く。だが当然、氷が割れることはない。


おいおい。いくらお前が洗脳したとはいえ、マルクスも王太子も命がけでお前を守ろうとしたのに、最後はそれか。


「氷縛」


アナが魔法を使うと氷がエイミーを拘束した。そして無理矢理エイミーを自分のほうへと向けさせると、アナはエイミーに感情を感じさせない声で宣言した。


「私はな。反省して罪を償うならば人は赦されるべきだとは思っている」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る