最終話 町人Aは悪役令嬢と結ばれる

ルールデンでの戦いからあっという間に月日が流れ秋がやってきた。これまでエイミーに洗脳された人たちの解放やセントラーレン王国との終戦交渉などをして忙しく過ごしていたのだが、とにかくトラブル続きで大変だった。


まずこの洗脳解除の過程でアナを教会に寄越せと言われてトラブルになった。教会側としては魔女を担いでしまった事による不信感を払しょくするために必要だったのかもしれないが、俺たちとしてはたまったものではない。


そこで、元々ラムズレット王国内の教会は親ラムズレット派だったこともありこれを機に国内の教会をセントラーレンの教会から独立させることで解決した。


ただ、そもそも一国一教区というのが基本なのでこれは当然といえば当然なのかもしれないが。


それとセントラーレン王国との終戦交渉でもいろいろとごねられてしまい、ゲルハルトさんが怒って一度席を立ったということもあり小競り合いが起こってしまった。


あちらとしては少しでも有利な条件をという事だったのだろうが、最終的に南西部の穀倉地帯の一部と東部南寄りの山岳地帯の一部を割譲してもらうことで決着となった。


この山岳地帯を割譲してもらえたおかげでメリッサちゃんやジェローム君のいる飛竜の谷一帯が俺たちの領土となったのはラッキーだった。


一方のセントラーレン王国はというと実に 4 割と少しの領土を失った上に小麦の生産高をさらに失うこととなった。


元々俺たちとしては事前の取り決め通りに国境線は動かさないで済ませようと思っていたからこそあれほどシュレースタイン公爵には何度も釘を刺しておいたのだがな。


まあ、それでもなおごねてきたのだから自業自得だろう。


それにこうしなければ今度はこちらが各国から足元を見られてしまうし、仕方のないことだろう。


ちなみにあれだけ盛大にやらかしまくった王太子、いや元王太子だが、新国王となったあの第二王子の甘ちゃんが処刑せずに継承権を剥奪するだけという大甘処分で済ませた。


聞くところによると元王太子は随分と精神的ショックを受けているそうで自室から出てこなくなったそうで、今のところ特に影響はないらしい。まあ、出てこないのか、出て来られないのかは知らないがな。


さらに言うと前国王も幽閉処分で終わりとしたせいであの国には今もなお特大の火種がくすぶり続けているのだが、俺たちにはもう関係のない話だ。


俺もアナも、元王太子や前国王がどうなろうともはや何の興味もない。


今更過去の事を蒸し返して復讐をするなんて時間の無駄だ。


せっかく俺たちはこんなに幸せなのだからその幸せをアナと二人で、家族と分かち合いたい。それに同じ時間を使うなら俺たちが守らなければならない人達のために使う方がよっぽど有意義だと思う。


あ、ちなみに興味は無いかもしれないがエイミー逆ハーメンバーの一人だったクロードは病気で療養しているという噂だけが流れてきた。


要するに、まあそういう事だろう。俺としては特に何も思うところはない。


さて、今日は待ちに待った俺とアナの結婚式の日だ。俺はビシッとしたタキシードに身を包み神聖な式へと臨む。ラムズレット王国の第一王女であるアナの結婚式とあって内外から多くの招待客が参列してくれている。


ザウス王国からは国王陛下に王妃陛下と第二王女殿下、エスト帝国からは第三皇子殿下、ノルサーヌ連合王国からは第一王子殿下、ウェスタデール王国からは第一王女殿下、そしてセントラーレン王国からは若くして王位に着いたルートヴィッヒ国王陛下とその婚約者であるシュレースタイン公爵令嬢、更にオスカーとすっかり元気になったマルクスが参列している。


あれから一命を取り留めたマルクスがアナに謝罪をしてきたため、アナはそれを受け入れ赦した。ただ、一連の騒動の結果マルクスの実家での立場はかなり微妙な状況で廃嫡寸前だそうで、汚名返上すべく人が変わったかのように努力しているらしい。


そんなそうそうたる参加者が集うヴィーヒェン大聖堂のバージンロードを一人で歩いて祭壇の前へと足を運び、そして振り返って入り口を見る。席の最前列にはエリザヴェータさんやフリードリヒさんと並んで母さんが座っており、もうボロボロと泣いている。


いや、早いよ。ほんとに。でも、本当に、ありがとう。


そして少し待っていると教会の扉が開き、ゲルハルトさんにエスコートされたウェディングドレス姿のアナが姿を現した。ヴェールに隠されたアナの表情は窺えないが、何となく嬉しさや寂しさなどがい交ぜなったような、そんな表情をしているような気がする。


二人はこちらに向かってゆっくりとバージンロードを歩いてくる。アナの豪華なドレスの裾やヴェールを持ちあげるため小さな子供たちがお手伝いしながらとてとてと歩いている様がとても微笑ましい。


そうして二人が俺の前にやってきた。俺はゲルハルトさんと視線を交わすとエスコートを引き継ぎ、そして祭壇前へと二人で上がる。


参列者が起立し、パイプオルガンの演奏と共に讃美歌が歌われ、そして再び参列者が着席した。


それから神父様から聖書にある愛に関する一説を説いてもらい、祈りを捧げてもらった。そして、神父様から確認を受ける。


「新郎アレン、あなたはアナスタシアを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、この女性を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くし、死がふたりを分かつまで固く貞節を保つことを誓いますか?」

「はい、誓います」


俺は間髪入れずに答えた。


「新婦アナスタシア、あなたはアレンを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、この男性を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くし、死がふたりを分かつまで固く貞節を保つことを誓いますか?」


アナスタシアはほんの少しの間をおいて、そして息を吸い込んでから口を開く。


「はい。誓います」


すると神父さんは続いて俺たちに問いかける。


「あなた方は自分自身をお互いに捧げますか?」


俺たちはお互いを見合わせ、それから合図をするでもなく同時に答えた。


「「はい。捧げます」」


すると指輪が俺たちの前に運ばれてきた。この指輪は貴重なミスリル製の指輪で、さらにアナがあの変態に頼み込んで精霊たちに祝福を与えて貰った特別な指輪だ。


「それでは、指輪の交換を。新郎アレン、あなたはこの指輪を新婦アナスタシアへの愛のしるしとして与えますか?」

「はい。与えます」

「新婦アナスタシア、この指輪を新郎アレンからの愛のしるしとして受けとりますか?」

「はい。受けとります」

「新婦アナスタシア、あなたはこの指輪を新郎アレンへの愛のしるしとして与えますか?」

「はい。与えます」

「新郎アレン、この指輪を新婦アナスタシアからの愛のしるしとして受けとりますか?」

「はい。受けとります」

「それでは指輪の交換を」


そして俺はアナに、アナは俺に結婚指輪を嵌める。いつも握っているアナの手だが今日はウェディングドレス姿だからなのか、何だか妙にドキドキする。


「それではヴェールを上げ、誓いのキスを」


神父様にそう促された俺はアナのヴェールをそっと上げる。そこには俺が世界で一番大好きなとてもとても美しいアナの顔が優しい表情で、そしてほんのりと頬を赤らめていて、そう、なんというか、堪らなく魅力的だ。


「……アレン?」

「ごめん、見とれてた」

「……バカ」


小声でこんなやり取りをしてから俺はそっとアナに口付けをする。


「それでは、結婚証明書に署名をして下さい」


俺とアナはそれぞれ署名をし、最後に神父様も署名をする。


「皆さん、今ここに神に誓いを立てた一組の夫婦が誕生しました。何人もこれを引き離すことは叶いません。これにて結婚式を閉式します」


俺はこうしてアナと夫婦となった。


最愛の女性をエスコートし、俺はバージンロードを歩いていく。今までは緊張で気付けていなかったが見知った顔がいくつもある。


マーガレットにイザベラ、それに後ろのほうの席には師匠に冒険者の先輩方、それにモニカさんまでもが参列してくれている。


ただ、モニカさんは別にして師匠も先輩方も借り物と思われるスーツが全く似合っていなくてちょっとクスリと笑ってしまった。


そんな皆の前を通り過ぎると大聖堂の扉が開かれる。その扉から外に出ると割れんばかりの大歓声が俺たちを迎えてくれた。


こんなに多くの人にお祝いしてもらえるなんて!


「アレンさん、アナちゃん、やっと夫婦になったのね? おめでとう」

「ア、アレンさん、アナさん、おめでとう」


大聖堂の前の広場にどっかりと陣取るのはメリッサちゃんとジェローム君だ。メリッサちゃんは尻尾にリボンを、ジェローム君はネクタイを巻いてオシャレをしている。どちらもラムズレット王国の紋章が縫い込まれた特注の品だ。


「ありがとう、メリッサちゃん、ジェローム君」


俺たちがお礼を言うと、メリッサちゃんとジェローム君の間から小さな幼竜が顔を出した。この子の名前はシエルちゃんで、メリッサちゃんとジェローム君の愛娘だ。メリッサちゃんと同じで美しい真っ白な体をしている。ただ、瞳の色はジェローム君と同じ金色だ。


「きゅー」


そしてシエルちゃんは甘えた声を出しながら俺たちのところにトコトコとやってきた。もう何度も遊びに行っているのでシエルちゃんにもすっかり懐かれている。


俺たちがシエルちゃんを優しくなでてやると、シエルちゃんは気持ちよさそうに目を細める。


俺はシエルちゃんをだっこすると一緒に目の前に用意された籠へと乗り込む。本来であれば馬車で町中をパレードするのだが、何とメリッサちゃんの発案でジェローム君が籠をぶら下げて空を飛ぶことになったのだ。


メリッサちゃんとしては要するに自分達も参加させろというだけの話だったのだろうが、各国の要人が集まる中でのこのパフォーマンスはかなり衝撃的だろう。


そして俺たちを乗せた籠は空へとふわりと浮かび上がり、5 ~ 6 メートルほどの高さを保って通り沿いを進んでいく。


通りには人々が溢れ、俺たちに手を振ってくれている。俺たちもそれに手を振り返していると、ふとアナと目が合った。


目があったことで微笑み合い、そして俺はアナに思いの丈を伝える。


「アナ、俺と結婚してくれてありがとう。絶対に、幸せにするから。愛しているよ」

「ああ。アレン、私もだ。いや、もう結婚式は終わったんだったな。よし」


アナはそう言うと決意したかのような表情を浮かべ、それからとてもとても華やかな笑顔で俺に言った。


「アレン、私もです。愛しています。私のほうこそ、あなたを必ず幸せにします」


それを聞いていたメリッサちゃんが呆れたように呟いた。


「何言ってるのよ。二人で力を合わせて幸せになるんでしょ?」


それを聞いた俺はメリッサちゃんとジェローム君を交互に見て、そして足元でもぞもぞと動いているシエルちゃんを見る。


そして最後にアナを見ると、大きく頷いた。


「そうだね。うん。アナ、一緒に幸せになろう」

「はい、アレン。私の旦那様」


俺たちは見つめ合い、そして絶え間ない祝福の声に包まれながら熱く抱擁を交わすと口付けをした。


リンゴーン、リンゴーン。


大聖堂の鐘の音が熱狂に包まれるヴィーヒェンの町に厳かに鳴り響いていた。

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