第44話 町人Aは呼び出される

親孝行をしたい、そう思った一時間後、我が家に呼び出しの使者がやってきた。如何にも高級そうなジャケットをビシッと着こなした執事然とした初老の男性だ。


「アレン様でらっしゃいますね? わたくしはラムズレット公爵家に仕えております執事のセバスチャンと申します」

「はい」


なんと! 執事で名前もセバスチャンだった。そういえばゲームでそんなキャラがいたようないなかったような?


ストーリーにしっかりと絡んでいたキャラではなかったので記憶が曖昧だ。


「当家の当主、ゲルハルト様が是非お話を伺いたいとのことでございます。ご同行願えませんかな?」

「わかりました」

「待って下さい。息子は!」

「ご安心ください。アレン様はお嬢様の恩人でございます。悪いようには致しません。我がラムズレット公爵家の名に懸けてお誓いしましょう」

「母さん、大丈夫だから」


いくらなんでもアナスタシアの実家から酷い扱いを受けることはないだろう。


そう考えた俺の言葉に母さんは口をつぐんだ。


どちらかというと、ここでどれだけ協力を取り付けられるかが重要だ。その為にも公爵様にはしっかりと気に入られる必要がある。


俺は制服を着込むと身だしなみを整え、セバスチャンの案内で馬車に乗り込むのだった。


****


そしてそのまま貴族街にある巨大な公爵邸へとやってきた俺は、その外見に負けないくらい立派な内装の邸内を案内されて応接室のソファーに着席した。


メイドさんがお茶を淹れてくれた。それを俺は震えながら一口だけ口をつけ、そして深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


大丈夫。想定問答だってちゃんと考えてあるんだ。それにもしダメでも最悪下水道から脱出するという手もある。


何とかなる。


そう考えると少しだけ緊張がほぐれてきた。


そうしてしばらく待っていると、毛むくじゃらの厳つい金髪のゴリラがとても立派な人間用のスーツを着て部屋に入ってきた。


あ、いや、違う。よく見ると人間だった。立派な髭と彫りの深い厳つい顔、そしてその素晴らしいガタイからついゴリラと勘違いしてしまった。


そしてそんなどうでもいいことを考えた瞬間、あっという間に緊張がほぐれていったのだった。


よし、行ける。


俺は、跪いて臣下の礼を取る。


「ラムズレット公爵家当主のゲルハルトだ。娘が世話になったようだな。さあ、座りなさい」

「は、はじめまして。アレンと申します」


俺は許しを得てから名乗るとソファーに着席する。


「さて、朝から突然呼び出して済まなかったな」

「いえ。問題ありません」


とりあえず、アナスタシアの性格から考えるにきっと変におべっかは使わない方がいいだろう。


「ほう。用件を尋ねるでもへつらうでもないか」


どうやら正解だったようだ。俺は公爵様の言葉に沈黙をもって答える。


「なるほど。その年齢でこれか。娘が気に入るわけだ」


そう言って公爵様は表情を緩めた。


「さて、まず昨晩は娘の代理人として王太子殿下やクロード王子と決闘をしてくれたそうだな。この点については礼を言おう。アレン君、ありがとう」

「そ、そんな! 恐縮です」


こんなに素直に公爵様にお礼を言われるとは思っていなかったので俺は吃驚した。しかしそんな俺を公爵様は感心したような表情で見ている。


ん? 今のどこに感心する要素があったのだろうか?


「さて、幾つか質問しても良いかな?」

「はい。なんなりと」


俺は短く答える。


「うむ。悪いが君の事を調べさせてもらった。最年少 C ランク冒険者にしてゴブリン迷宮の踏破、そしてゴブリンとオークのスレイヤーという実績を持っている。更に娘の話ではブリザードフェニックスまで討伐したと言っていたそうだな」

「はい。その通りです」

「そして庶民の学校を飛び級で卒業し、高等学園への入学資金も自分で貯めたそうだな」

「はい」

「では、何故あんな決闘の代理人を引き受けたのだ? その意味が分からないほど君は馬鹿ではないだろう。まさか、娘が欲しかったから、などという理由ではあるまい?」


当然、来るであろう質問だ。俺は用意していた答えを返す。


「はい。退学になることは覚悟の上です。そしてアナスタシア様については、そのひたむきに努力なさる姿勢を尊敬しております。当然、身分が違うことはきちんと理解しております」

「ならば何故だ? 高等学園に入学したという事は卒業する必要があったのだろう?」


公爵様の表情は変わらない。この質問にもおそらく他意はなく、俺の行動が理解できないので純粋に知りたいのだろう。


「うーん、そうですね。信じてもらえないかもしれませんが、母を、そしてお世話になった人たちを守りたかったからです」

「何?」


初めて公爵様が眉を動かし怪訝そうな表情を浮かべる。


「どこまでご存じかはわかりませんが、あの決闘に正義が全くないことは誰の目にも明らかです」

「そうだな。全て聞いている。あれほど酷い決闘は聞いたことがない」


俺の言葉に公爵様は頷いて答える。


「ですが、そんな決闘でも決闘です。あのままアナスタシア様がご自身で決闘に臨まれた場合、アナスタシア様に殿下を傷つけることはできないでしょうから、おそらく敗れたはずです」

「ああ、娘の性格からするとそうなるだろうな」

「その場合、アナスタシア様はやってもいない悪事を理由に学園を追われることになったでしょう。相手の要求はアナスタシア様が殿下たちに近づくことを禁止するというものでしたから」

「そうなっただろうな」


公爵様は表情を変えずに頷く。


「しかし、あのようなやり方で一方的に公爵令嬢が排除されたとなると、他の貴族家も安泰では無くなります。するとその先に待つのは王太子殿下と第二王子殿下の継承権争いです。過去の歴史を振り返ってもこの争いは非常に危険で、多くの血が流れ、国は乱れることでしょう」

「……言っていることは分かる。だがそれがなぜ君の母君や知人を守ることに繋がるのだ?」


公爵様は眉間の皺を深めると俺に質問をしてきた。


「最近の新聞で、エスト帝国の事が気になりました」

「な! なんだとっ! 君は! まさかっ!」


俺は無言で頷く。


「そうか、君はそこまで……。そうか。そうか。わかった。君の件は私が責任をもって預かろう。君の母君の安全も私が保証しよう。安心すると良い」

「感謝します」


俺はそう言って深く頭を下げる。


「構わん。今日この時よりラムズレット公爵家が君の後ろ盾だ。困ったことがあれば何でも相談しなさい」

「ありがとうございます!」


こうして俺は公爵様にお礼を言うと馬車で実家まで送ってもらったのだった。


ちなみにアナスタシアには会えなかった。どうやら会いたくないと言っているそうなので、理由は分からないがきっと嫌われてしまったのだろう。


変な別れ方になってしまったし、残念だが仕方ない。運命シナリオを破壊して、なおかつ生き残れそうな状況になったことだけでも良しとすべきなのだろう。

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