第85話 町人Aは捕虜と面会する
「なんで俺があいつらと話をしなきゃいけないんだ?」
俺は、俺を呼びに来た兵士に不機嫌さを隠さずに問いただす。
「それが、どうしてもと言われまして。一応、捕虜とは言えセントラーレン王国の王太子ですし、それにご学友であるアレン殿をと言われまして。全員きっちりと拘束はしてありますので危険はないと思います」
「はあ、面倒だな」
「大丈夫だ。私も一緒に行って説得してやる。それに剣は無理だが魔法はもう十分に使えるからな。いざとなったら私が守ってやる」
「いや。俺はアナの身の安全が一番心配なんだけど……」
まったく。
あれほどの事をされたのに、敵として剣を向けてきた相手なのに、こうまでして対話を尽くそうとするなんて。
どっちが聖女でどっちが悪役令嬢なのやら。
というわけで、俺は気が進まないながらもエイミーと逆ハーの皆さんが拘束されているという部屋にやってきた。
俺が入室すると、5 人は俺を親の仇でも見るかのような目で睨み付けてきた。
全員がきっちりと後ろ手に縛られており、王太子とエイミー以外は猿ぐつわを噛まされている。
ちなみに見張りの兵士は退室しており、プライベートな話もあるだろうからと扉から少し離れて待機している。また、アナには中に入らず扉の前で待機してもらっている。
俺の事に気付いた王太子はすぐにこちらを見下すような尊大な口調で命令してきた。
「おい。平民。今すぐに俺たちを解放しろ。王家にたてつくなど、反逆罪だぞ!」
こいつ、この期に及んでまだこんなことを言っているのか? 頭大丈夫か?
「そうよ。この慈愛の聖女であるこのあたしにこんなことをして良いと思っているの?」
どうやらこの女はまだ夢から覚めていないみたいだ。
「それよりも縄を解いて? ね?」
しかも何を考えているのかよく分からないがいきなり態度を豹変させ、ベタな演技で色仕掛けまでしてきた。
気持ち悪い!
こんなもので俺が篭絡できるとでも思っているのか?
俺はエイミーの不快なそれを無視して王太子の目をまっすぐに見ながら尋ねる。
「殿下に確認したいことがあります。アナスタシア様を帝国に売るように話をつけて命令書を偽造したのは殿下で間違いないですね?」
俺がそう尋ねると、王太子は悪びれた様子もなくあっさりと頷いた。
「俺は将来の王だ。この程度の事は何の問題ない。それにあの女を帝国は欲しがっていたんだ。それでブルゼーニが
「あのギュンターとかいう魔術師長の男と取引したのですか?」
「そうだ! お前の邪魔さえなければブルゼーニは無血で取り戻せたのだ!」
なるほど。本当にあんな馬鹿げた話を信じて取引に乗ったのか。
「エイミー様、あなたもその話は知っていたんですよね? いや、唆したのがエイミー様ですか?」
するとエイミーは鼻を鳴らして勝ち誇った様子で言った。
「フン。当然でしょう? あの女はぐちゃぐちゃに犯されて帝国の兵器になるためにいるんだから。むしろ正しい事をしたって褒めて欲しいものだわ」
先ほどの猫なで声はどこにいったのやら。
「その通りだ!」
王太子がすぐにエイミーの発言を肯定し、そんなエイミーと王太子の理屈にすらなっていない酷い言い分に残りの三人もうんうんと頷いている。
ダメだ、こいつら。もうまともな判断能力すら残っていないようだ。
いや、でもマルクスとオスカーは立ち直れそうな雰囲気はあったはずだ。
一体何があったというんだ?
「そもそも、最初からエスト帝国にはブルゼーニを返還するつもりなどありませんでした。アナスタシア様の事は口実の一つに過ぎません。そもそも敵国の兵士を国内に招き入れて自国の公爵家に騙し打ちをする時点でどうかしていますよ」
「なんだとっ!」
相変わらずびっくりするほど沸点が低い。ゲームではここまでひどくなかったと思うんだがな。
まあ、人間は生きていれば近しい人に影響を受けるものだし、相手が本物のヒロインではなくあのエイミーだったのだ。
その点だけはこの王太子にも同情する。
そんな事を考えている俺に対して、エイミーはいつも通りの上から目線で煽ってくる。
「でも、あの女は帝国の手に落ちたわ。今頃魔剣に魅入られている頃なんじゃないかしら?」
お前さ。俺に色仕掛けをしたいんじゃなかったのか?
話が通じなさ過ぎて何だか少し頭がクラクラしてきたぞ。
「やはりそうか。あの女は魔剣に魅入られるほどの闇を心に抱えていたんだな」
そんなエイミーの突拍子もない言葉を王太子はあっさりと信じている様子だ。
「え? 大丈夫ですか? 魔剣なんて話をどうしてそんなに簡単に信じてるんですか?」
「聖女のエイミーが言っているのだ! 間違ってなどいるはずがない!」
聖女、ねぇ?
次の瞬間、ガチャリとドアを開けて外に控えていたアナが入室してきた。
「な? アナスタシア?」
「ど、どうしてあんたがここに?」
二人が驚きの声を上げ、残りの三人も目を見開いている。
「お久しぶりですね、殿下。それに皆も。相変わらず元気だけは有り余っているようだな」
アナがそう挨拶、いや嫌味を言うと俺の横にすすとやってくる。そしてその体を預けてきたので俺は優しく支えてやる。
別にこれは当てこすりという意味ではない。アナも普通に歩けるようになったとはいえ、長時間の無理は禁物なのだ。
「それと、殿下。敬称が抜けておりますよ? 今の私はラムズレット王国の第一王女です。以前からこういったことは口を酸っぱくして申し上げてきましたが、相変わらず全く身についてらっしゃらないご様子ですね」
「な、何を! ラムズレット王国など我々は認めていない! お前達はただの反逆者だ! 大体、王女などと言いながら平民風情にそのようにしな垂れかかって、恥ずかしいとは思わないのか!」
王太子のその口ぶりに俺とアナは同時にため息をついた。
「殿下、口の利き方に気をつけなさい。国の事を今は認めていなくともすぐに認めざるを得なくなります。それと、アレンを平民風情などと侮辱することは許しません」
そしてアナはそう言って冷たい瞳で王太子を睨み付ける。その表情はかつて国のためにと耐えていた時とは異なり、まるで汚物でも見ているかのようだった。
「アレンは私の婚約者です。婚約者への侮辱は私への侮辱と同じです」
「なっ? 平民ごときと婚約だと? 気でも触れたのか?」
王太子が驚きに目を見開く。
「いいえ。アレンはラムズレット王国の英雄です。殿下と帝国の卑劣な陰謀から私を救い、ザウス王国との戦いでは大半の敵を一人で殲滅し、そして理不尽な理由でラムズレットに攻め込んできたセントラーレン王国軍をこれまた見事に壊滅に追いやったのです。このような稀代の英雄に一国の姫が嫁ぐのは当然の事です。過去の歴史を振り返ればそういった話は枚挙に暇がありません」
「なっ? ではあの爆発の原因は全てこいつだというのか!? 正々堂々と戦わぬとは! 卑怯者が!」
驚いて大声を上げ、そして何故か俺を罵ってきた王太子に対してアナは表情を一切変えずに言い放つ。
「つまり、これも政略結婚、という事です。と言っても、私とアレンは想い合っていますがね」
アナがそこまで言ってようやく表情を緩めたので、俺は優しく抱き寄せる。するとアナもそれに応えてぎゅっと抱き返してくれた。
「ま、そういうわけですので、解放はないですから。終戦協定が結ばれたら帰れると思いますんで、ここで大人しく、ん?」
そこまで言ったところで、俺はエイミーの腰にある杖に気付いた。
「お、おい! なんで捕虜が武器を持っているんだ」
俺は慌ててアナを自分の背後に隠すとエイミーから杖をむしり取った。
「ちょっと! 返しなさいよ! それはあたしのものよ!」
「ま、まさか、この杖は!」
「そうよ! 聖女であるあたしのための杖なのよ! 杖に選ばれていないあんたが持って良い物じゃないの! 返しなさい!」
確かにこの杖には見覚えがある。
そう。これは、ゲームでエイミーを聖女として覚醒させたあの杖に他ならないのだ!
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