第86話 町人Aは悪役令嬢を庇う
「聖女、だと!? お前がか?」
「そうよ! あたしはこの聖なる導きの杖に認められたわ! だからあたしが慈愛の聖女なのよ!」
いや、どう見てもお前は聖女とは正反対だろうが。
「大体、祝福はどうしたんだ? あれがなきゃ聖女の資格はないはずだ」
「そ、それは、それよ。あたしは聖女になったの」
いやいや。どういう理屈だよ?
俺は取り上げた杖を鑑定してみる。
────
名前:導きの杖
効果:真に強い想いを込めてこの杖を手にし、その想いの強さを認められた者はその心の底に潜む真なる願いを叶えるスキル、または加護を一つ授かる。一人につき一度だけ使用可能。
等級:
価格:???
────
真なる願いを叶えるスキルか加護を授かる?
ハッとした俺は杖を脇のテーブルに置くと手持ちの魔石を取り出し、エイミーに人物鑑定をかけた。
────
名前:エイミー・フォン・ブレイエス
年齢: 17
加護:【癒し】【
スキル:
居住地:ルールデン
所持金: 9,728
レベル: 16
体力:E
魔力:C
実績:
────
【癒し】人々の傷、病、そして心を癒そうと願う者に与えられる。治癒魔法への適性が大幅に上昇する。
【蠱惑の魔女】望む全ての異性を手に入れようと願い、それが手に入ると心の底から信じた女性に与えられる。自身の女性としての魅力を大幅に上昇させ、【言霊】に対する適性を著しく大幅に上昇させる。
────
【言霊】自身が声に出して発する言葉に魔力を乗せ、対象の人間にその内容を刷り込むことができる。対象が自身に対して好意、信頼、欲情など何らの感情から肯定的に捉えている場合にのみ効果を発揮し、肯定的に捕らえている度合いが高ければ高いほどその効果は高まる。
────
「は? ちょっと待て! 魔女!?」
俺が驚きのあまりに叫んでしまった。
とんでもない化け物が生まれてしまっている!
これを放置して置いたら大変なことになる。
「おい! 衛兵!」
「レオォ!」
俺が叫んだその瞬間に、王太子がレオナルドの名前を叫んだ。
するとレオナルドが腹の底から力いっぱい叫び、そしてゴキリ、ブチリと嫌な音がする。
そうして縄から無理矢理抜け出したレオナルドが近くの椅子を掴むと、導きの杖を手に持って見ていたアナに襲い掛かってきた。
「危ないっ」
「あっ」
とっさに俺は動けないアナを身を挺して庇う。
なんとかアナを守ることはできたがレオナルドのその一撃を俺はまともにくらってしまい、そのままアナと一緒に大きく吹き飛ばされてしまう。
「く、そ」
何とかアナに衝撃がいかないようにはしてやることはできたが、腹部にものすごい痛みを感じる。
痛みを堪えて立ち上がり、レオナルドに反撃しようとするが、レオナルドはそんな俺に容赦ない一撃を打ち込んできた。
その一撃を顔面にまともに喰らってしまった俺は目の前に星が飛び、そして意識が飛びそうになる。
「アレン! アレン!」
膝をついた俺の隣でアナが今にも泣き出しそうな顔で俺を見て、呼び掛けてくれている。
「早く! 逃げるぞ!」
王太子たちは縛られたまま立ち上がるとそう叫ぶ。
「ダメよ! 杖が! それにあいつにトドメを」
「そうだな。あ、い、いや、エイミーを逃がすほうが先だ」
エイミーのその声に一瞬頷きかけたが、結局王太子は逃げることを選択する。
「エイミー、その通りだ。トドメは俺が残って刺し、杖を持ち帰ろう。殿下たちはどうかエイミーをお願いします」
「わ、わかったわ。でも、絶対に生きて帰ってきてよね?」
レオナルドが大きく頷いたのを見たエイミーたちはそのまま走り去って行った。
くそっ。一体どうなってるんだ? 大体外に控えているはずの衛兵は何をやっているんだ?
俺はアナを背に庇いながら何とか立ち上がると、レオナルドを睨み付ける。
よく見るとレオナルドの左手首から先は潰れており、大量の血を流している。
なるほど。どうやら自分の左手を犠牲にして力づくで縄から引き抜いたらしい。
そしてそんなことができたのはきっと王太子による【英雄】のバフの効果だろう。
だが、あの状態では早く治療をしないともう剣を握れなくなってしまうはずだ。
治癒魔法が使えるはずのエイミーがいるというのに。
つくづく、残酷なことをする。
とはいえ、こちらも先ほどのダメージが残っており、最初の一撃で壊れた椅子の破片が脇腹に突き刺さっているため俺もそう長くは戦えそうにない。
「死ね! 卑劣な平民がっ!」
今度は燭台を手に持ったレオナルドがまた俺ではなくアナを狙って攻撃を仕掛けてきた。
「ふざけんな! どっちが卑怯者だ!」
俺は急いで剣を抜くとアナとの間に入って燭台を受け止める。
いくら【騎士】の加護を持っている相手とはいえ、片手しか使えないなら何とかなる。そう思っていたのだが、【英雄】によるバフが乗ったこいつは正直化け物だった。
俺の剣は軽く弾き飛ばされ、そしてこいつは右手に持った燭台で俺の脇腹に強烈な一撃を浴びせてくる。
その一撃を受け止めることができなかった俺はまともに喰らって吹っ飛ばされてしまい、壁へと強く叩きつけられた。
その衝撃に一瞬息ができなくなったが俺は必死に、何とか立ち上がろうとする。
しかも椅子の破片が突き刺さっていた脇腹に打ち込まれたせいで傷口が開き、血がドクドクと流れてている。
もしかしたら……これだけでも致命傷かもしれない。
そう思い至った瞬間、俺は膝から力が抜けて崩れ落ちてしまった。
ダメだ! アナを! 俺は……守るんだ! 立て! 動け!
「アレン! ……レオナルド! よくも!」
「平民の分際で――」
アナの怒りのこもった視線をレオナルドは平然と受け流し、またもや俺を侮辱する言葉をかけようとした。
しかしアナはいつの間にか詠唱を終えており、魔法を発動した。
「氷剣乱舞」
その瞬間、キラキラと輝く無数の氷剣が現れ、そして瞬く間にレオナルドに襲い掛かる。
「なっ? がっ……」
レオナルドは身動きすら取れずにアナの魔法をまともに受け、そのまま声を発することなく静かに崩れ落ちたのだった。
「アレン! アレン! しっかりしろ!」
心配そうなアナの顔が俺の目の前にある。
おいおい、そんな顔しないでくれよ。
あ、でも俺のせい……か……。
「う、アナ、ごめん」
「いいからしっかりしろ!」
心配をかけていることを謝る俺の手をアナはそっと握ってくれた。今の俺は血まみれだっていうのに。
「アナ、血が……ついちゃう」
「そんなものどうでもいい。死ぬな! なぁ! こんなところで! おい! アレン!」
分かってるさ。俺だってイヤだ。でも、アナが死ぬよりは。
段々と視界がぼやけてきた。
ああ、もうこれでハッピーエンドだと思っていたのに。
俺は……また油断したのか……。
アナの声がどんどん遠くなっていく。
そして目の前にはアナの泣き顔がある。
最後に見たのがアナの顔なら、それもありかな?
ああ、でも、やっぱり、笑っていてほしい……かな?
アナ……ごめん……。
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