第87話 町人Aは悪役令嬢に救われる

アナが俺を呼ぶ声がする。でも、何だかとても冷たい。


冷たいのに、冷たいはずなのに何故か寒くない。むしろ暖かいような気もする。


これは一体どういう事なんだろう。


またアナが俺を呼ぶ声がした。


それから冷たかったはずの体がどんどんと温かくなっていく。


これは?


「アレン!」


その声に俺ははっとした。


目を開けると目の前には目に涙を溜めてほっとした表情のアナがそこにいるではないか。


「どう、して? 夢?」

「バカ。夢なわけあるか。お前は生きているぞ、アレン。ああ、良かった。アレン!」


そう言ってぎゅっと強く俺を抱きしてめてくれたアナの温もりが伝わってきて、そしてアナのいい香りが鼻いっぱいに広がって。そしてそれがたまらくなく愛おしくて。


そうしてようやく俺は命が繋がったことを実感したのだった。


****


アナと公爵様、じゃなかった、ゲルハルトさんの話によると、アナが俺の傷を治してくれたそうだ。なんでも、突然声が聞こえてできるようになったらしい。


そして【氷の聖女】という加護を授かり、【氷魔法】の加護が消えて【聖氷魔法】のスキルがあったそうだ。十中八九原因は想像がつくが、念のため鑑定をさせてもらった。


────

【空騎士】人々を守ろうと願う者に与えられる騎士の加護が空騎士の剣によって進化したもの。騎士としての適性に加え風魔法への適性が大幅に上昇する

【氷の聖女】深い愛と高潔なる精神を宿し、聖なる祝福を授けられた氷魔法の使い手の女性に与えられる。氷を通して聖なる力を扱うことができ、聖氷魔法への適性が大幅に上昇する。この加護を与えられると【聖氷魔法】のスキルが与えられ、聖氷魔法への適性が大幅に上昇する。

────

【聖氷魔法】氷魔法の加護またはスキルが、その持ち主が氷の聖女となったことで進化したもの。聖なる力を宿した氷を操ることができる。【氷魔法】のスキルを完全に内包する。

────


「と、いう事みたいです」

「わ、私のような女が聖女など……」


アナの表情は純粋に困惑の色が浮かんでいる。


「多分だけど、アナは光の精霊様の祝福を受けていたでしょ? だから、そんなアナの強い願いがこの導きの杖によって叶えられたんじゃないかな」

「そ、そうなのか」


アナはそう言われても未だにしっくり来ていないという感じだ。


「でも、ありがとう。アナ。アナのおかげで俺はこうして生きていられるんだ」

「あ、ああ。そうだな。私は心臓が止まるかと思ったんだぞ?」

「ごめん」

「あんなことは二度とごめんだからな」

「うん。ごめん」

「ああ、分かればそれでいい」


そう言ってくれたアナが可愛くて、俺はまたぎゅっと抱きしめてしまった。


「あー、コホン。婚約者同士で仲が良いのは結構だが、話を先に進めんかね?」


せっかくアナといちゃつき始めたところだったが、ゲルハルトさんに止められてしまった。


ぐぬぬ。


「それで、魔女というのはなんだね?」

「はい。あの女、エイミー・フォン・ブレイエスを鑑定したときに、【蠱惑こわくの魔女】という加護が見えました。そしてその効果は、女性としての魅力の増進、それから【言霊】というスキルへの適性上昇だそうです」

「【言霊】、か。おとぎ話の類では聞いたことがあったが、実際にやられると随分と厄介なスキルだな。要するに色仕掛けに少しでも反応した者に言葉をかければあっという間に堕落させられるということか」

「ということは、あの女は昔からそうやってあの 5 人を手玉に取ってきていたのか?」


アナは顔をしかめっ面でそう言った。


「いや、多分その力を手に入れたのは最近だと思う。もし前から持っていたなら学園はもっと酷いことになっていたはずだし」


ただ、あの学園での異様な状況を鑑みるにもしかすると加護もスキルも無しに弱い【言霊】のスキルを発動していた可能性は否定できない。


「それもそうか。確かにあの女なら全ての男をかしずかせたいと言い出しても不思議はないからな。となるとアレンも!」


その様子を想像したのか、アナの体から冷気が漏れ始めた。


「ア、アナ、そんなことないから。安心して? 俺はアナ一筋だから」


そう言いつつ、俺の背中を何やら冷たい汗が伝う。


ここであいつは見た目だけはいいから最初は危なかった、などとばらす様なことはしない。


そもそも俺は破滅願望があるわけではないし、それに何よりそんな事を言えばきっとアナを傷つけてしまうだろうから。


「そ、そうか。そうだな。そうだよな。アレンがあんな女になびくわけが無いよな」

「そうだよ。俺の愛する女性はアナだけだよ」


俺はそう言ってアナの手を取って瞳を見つめる。そうするとアナの表情がフッと緩み、そしてわずかに頬を赤らめる。


「あー、コホン。お二人さん、いいかね?」

「「あ」」


俺たちは再び二人の世界から連れ戻されてしまった。


「まあよい。ともかく、その魔女だけはまずいな。そんな危険な能力を持つ者を放置すれば世界は大変なことになる。もう一度強く命令を出しておこう」


ゲルハルトさんはそう言うと部屋から退出していったのだった。

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