第88話 町人Aは国の成立を見届ける
結局脱走したエイミーたちには残念ながら逃げられてしまった。
エイミーはその魔女としての能力をいかんなく発揮し、一部の兵士や住民にも強い言霊を浴びせて言うことを聞かせたらしい。
もちろん、ラムズレット軍も座して見ていたわけではない。
すぐに追撃隊を出してオスカーを捕らえることには成功したのだが、エイミーと王太子、それにマルクスは森に入ったところで見失ってしまい取り逃してしまった。
あいつらが無事に森を抜けられるのかは分からないが、できることならこのまま魔物や獣の餌食になってほしい。
いや、酷い言い草なのは分かっているが、エイミーだけは危険すぎる。
それと、冒険者ギルドを通じてエイミーを Dead or Alive、つまり殺しても良いという条件で懸賞金 3 億をかけ、言葉によって他人を操る魔女として指名手配した。別に生け捕りにする必要はないが、こういう依頼であれば確実に冒険者は首を取るので事実上殺してくれという意味でもある。
頭の色がカラフルなこの世界でもピンクの髪はあいつ一人しか見た記憶がないのでもしかしたら捕まるかもしれない。
一方で、言霊を浴びせられておかしくなった人はアナの聖氷魔法で元に戻せることが分かった。
その名も聖氷覚醒だ。
この魔法をエイミーの言霊でおかしくなった人に使うと、頭が文字通り氷漬けになる。その氷はすぐに割れるのだが、それだけでその人は言霊の影響下から解放されるのだ。
まあ、要するに漫画やアニメでたまに見かける「頭を冷やせ」と言って頭を凍らせるアレをそのまま再現したかのような魔法だ。
ちなみにアナの話だと、これを吹雪に乗せて広範囲に行うこともできるそうだ。
なんというか、目が覚める前に永眠しそうだと思ったのは俺だけではないと思う。
さて、色々とあったものの俺たちのラムズレット王国は建国記念式典を行う事となった。
その準備として俺は、ブイトール改でエスト帝国、ノルサーヌ連合王国の適当な都市に行き、冒険者ギルドで各国の外交部に宛てたラムズレット国王の親書の輸送を依頼した。
というのも、この二か国は俺たちのラムズレット王国からはセントラーレン王国を通らないと行くことができないのだ。
また、ザウス王国とウェスタデール王国とは国境を接しているので、ザウスへは国境の町、そしてウェスタデールへは定期船の運航している港町に親書を届け、そこから特使の派遣を行った。
もちろん内容は、建国の通知と承認依頼だ。
これに対し、ついこの間完膚なきまでに叩き潰したザウス王国は平和条約の締結を条件にラムズレット王国を承認した。
当然他の国からの返事はまだ届いていないが、エスト帝国とノルサーヌ連合王国はおそらく承認し、ウェスタデールはのらりくらりと返事を先延ばしするだろうと予想している。
エスト帝国とノルサーヌ連合王国が承認すると予想している理由は単純で、敵の敵は味方という話だ。
この二か国はセントラーレン王国を敵国として見ている。
そしてその敵国の重要な南部が独立するとなれば何もせずに敵国の力が削げるのだ。
彼らにとってこんなに美味しい話はないだろう。
もちろん俺としてはアナに手を出したエスト帝国は許せないが、今のラムズレット王国にそこまで戦線を拡大する余裕はない。
それに首謀者の二人を殺したのだから一旦は良しとしよう。
次にまた手を出して来たら帝都を瓦礫の山に変えてやるけどな!
そしてウェスタデール王国が返事を先延ばしにすると予想している理由は、今のところセントラーレン王国の友好国だからだ。
とはいえ、もしセントラーレン王国が没落するならウェスタデール王国は容赦なく西部の領土を切り取りに走ると俺たちは踏んでいる。
その時、ラムズレットと国交を結ぶ道を断ってしまうのは彼らとしても得策ではない。だからといってセントラーレン王国に今すぐ喧嘩を売るわけにもいかない。
であれば返事を先延ばしにしておけば良い、とそういう理屈だ。
要するに、国家間の関係なんて綺麗なものではないということだ。
まったく。
****
建国記念式典当日を迎えた。我らが王都ヴィーヒェンの宮殿前広場は多くの人でごった返している。建国記念式典をするとはいえ、まだセントラーレン王国との独立戦争中なので大規模なパレードなどは行わない。建国宣言をゲルハルトさんが読み上げ、そして新たな国王とそのロイヤルファミリーをお披露目するだけだ。
といっても、もともとこの町はラムズレット公爵領の領都だったので支配者は変わらないわけなのだが、まあ要するにけじめのようなものだ。
そしてもう一つは、俺とアナの婚約発表を行うのだ。
そのため俺はラムズレット王国軍の儀式用の煌びやかな軍服に身を包み、アナもまるでお姫様のようにドレスに身を包み煌びやかに着飾っている。
あ、いや、アナは元々公爵家のお嬢様で今はラムズレット王国の第一王女様なのだからお姫様で正しいのだが。
俺としては制服を着ている姿のほうが馴染みが深い、というだけで別に他意はない。
それにアナのドレス姿はとてもよく似合っていると思う。本当にきれいだ。
そしてアナの左薬指には俺が贈った身代わりの指輪が今でもつけられている。というのも、アナがこれが良いと言ったのでそのまま婚約指輪となったのだ。
ちなみに、俺の指輪は普通の指輪だが、身代わりの指輪そっくりに作ってもらった特別製だ。
さて、式典は順調に進み国王となったゲルハルトさんが建国宣言を読み上げた。
内容はセントラーレン王国王家の暴政を指摘してその正統性を否定し、それに対してラムズレット公爵家が民の庇護者として立ち上がった、という内容だ。
ありきたりだけどラムズレット家らしい良い演説だった。
「そしてもう一つ、私から諸君に良い報告がある。我が娘、第一王女アナスタシアの事だ」
ゲルハルトさんがいよいよ俺たちの婚約の紹介をしてくれる段になったようだ。
「我が娘アナスタシアが我らがラムズレットの地を侵略者どもから守った英雄アレンと婚約したことを報告する」
すると聴衆の間から歓喜の声が沸き起こると同時に「えーっ」っという落胆の声も聞こえてくる。
しかしゲルハルトさんはそのまま演説を続ける。
「風の神の加護を受けたアレンは度重なる戦いにおいてその類まれなる才能を発揮し、敵軍の八割をたった一人で壊滅に追いやった英雄の中の英雄である。これにより、我が王国は神の加護を得たと言っても過言ではないだろう」
それを聞いた瞬間、聴衆たちは一気に沸き上がる。やはり戦争を勝利に導いた英雄というのは人気者になるようだ。
「アレンはアナスタシアと結婚し、アレン・フォン・ラムズレットを名乗ることとなる。国民の皆にもこの喜ばしい出来事を祝福してほしい」
ゲルハルトさんが最後にそう言って演説を終えると、集まった聴衆たちは歓喜に沸き立つ。俺とアナはそんな聴衆たちに仲良く壇上で手を振る。
なるほど。これがこっち側の人が見る風景なのか。果たして俺は慣れることができるだろうか?
「すごいな」
俺は隣で笑顔で手を振るアナを見て思わずそう呟いた。
「ああ、そうだな。こんなに祝福してもらえるとは思わなかった。これもアレンが頑張ってくれたおかげだ。ありがとう」
「あ、ありがとう。でも何だか照れるな」
うん。慣れなきゃダメだよな。アナの隣に立つって決めたんだ。こんな程度のことで尻込みなんかしていられない。
そんな俺の言葉にアナは優しく微笑んでくれたのだった。
****
そして割とあっさりとした建国記念式典が終わると、今度は宮殿で舞踏会だ。ここにはラムズレット王国に臣従した旧セントラーレン貴族とザウス王国から第二王女様がやってきてた。
この第二王女様だがフリードリヒさんにやたらと話しかけているが、フリードリヒさんは適当にあしらっているようだ。ということはつまりそういう事なのだろう。
ちなみに俺はダンスなんて上手に踊れないし、アナもまだ体力が戻っていないので長い時間パーティーに参加することは難しいので、俺たちは挨拶だけで終わらせる予定だ。
そしてパーティーに臨んだ俺たちは二人で腕を組んで招待客の対応をしている。
俺は上手く対応できているか不安ではあるが、アナの対応は堂に入っている。
アナはニコニコと笑顔で談笑しているが、ダンスの誘いは俺をダシにして全て断っている。
「アナ様、アレン君!」
そうしていると、見慣れた二人がやってきた。マーガレットとイザベラだ。
二人とも休校になった時点で領地に戻っていたそうで、今回は両親に無理を言ってこの式典に参加してくれたらしい。
「婚約おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございます」
この二人の祝福には俺も自然に笑ってお礼を返せたと思う。
思えば二人ともアナの友人ということもあるが垣根なく接してくれていた。
学園での思い出に楽しい思い出があるのはこの二人のおかげでもあるのだろう。
「それにしても、アレン君は本当にやり遂げたわよね。アナ様を射止めるためだけにいくつも危ない橋を渡って。公爵様、じゃなかった陛下にも認められてラムズレットの分家を作って婿養子なんて、これ以上ない待遇よね」
「でも、それだけの事をしたんだもの。アレンさんはすごいわ。それに空を飛べるなんてびっくりよ」
「ありがとうございます」
「それにしてもアナ様ったら、ホントに愛されてますよね」
「そうです。愛される秘訣を教えてください」
「な? ちょ、え? お前たち?」
そう言われたアナが顔を真っ赤にしてたじろいでいる。かわいい。
「なるほど。そのギャップなんですね」
「わかりました。アナ様、わたしたちも見習わせて貰いますね!」
「え? マーガレット? イザベラ? おい、アレンも。なんとか言え」
俺に助けを求めてくるアナもかわいい。
「アナ、かわいいよ。愛してる」
「んなっ! ば、ばか、こんなところで」
「アナ、愛してるよ。世界で一番好きだ」
「う、ばか……私もだ……」
それを聞いた二人がきゃーと歓声を上げる。
そうしてしばらくして俺たちは中座させてもらい、建国記念式典からの長い一日は終了したのだった。
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