第89話 町人Aは誕生日を祝われる

建国記念式典から少し経った頃、セントラーレン王国はブルゼーニ地方を完全に失陥したという情報が入ってきた。情報の伝達速度を考えると、恐らく建国記念式典の前後あたりに失陥していたと見ていいだろう。


まあ、当然の結果だ。均衡を保っていたブルゼーニから兵を連れてきてラムズレットを攻めたのだから。


正直、アホとしか思えない。


そしてもう一つ入ってきた情報は、セントラーレン王国の第二王子派が第二王子を擁して北部で挙兵したというものだ。


それに対して残念ながらエイミー共々生きていた王太子は王都に戻り、西部を中心に支持を集めて王都を中心にこれらの動きに対抗する構えだ。


そして俺たちはというと、当面の間は静観するつもりだ。


別に俺たちとしてはこの争いにちょっかいをかけるつもりはない。ただ、魔女となったエイミーにだけは注意が必要だし、なんなら暗殺も辞さない覚悟だ。放っておいたらいつ何をされるか分かったものではない。


ああ、そうそう。それと、エスト帝国からは独立を承認するという使者がやってきた。


皇太子を殺した相手のいる国と王女を誘拐した国の国交樹立である。


ちなみにノルサーヌとウェスタデールからはまだ返事がない。


ウェスタデールについては予想通りだ。だがノルサーヌについては地理的要因で遅れているだけという可能性もあるが、そうでない可能性もある。


もしノルサーヌが第二王子派を支援していたと仮定すると、国家承認してしまえば第二王子派が実権を握った時にラムズレット王国との関係がおかしなことになってしまうからだ。


あくまで仮定の話だが、ノルサーヌが第二王子を擁立したセントラーレンに強い影響を与えようとした場合、ラムズレットの領土がなければノルサーヌから相当な食糧援助が必要となる事は間違いない。


とはいえ詳しいところは今のところよく分かっていないのでここに関しては様子見といった状況だ。


さて、話は変わるが傷の癒えたオスカーにアナの魔法で頭を冷やしてもらって事情を聞くことができた。


その時の会話はこんな感じだ。


「オスカー。あの女は何故あの杖を持っているのだ? それに魔女になったという事に心当たりはないのか?」


取調室で拘束された状態のオスカーにアナが尋ねる。するとオスカーは抵抗する様子もなく喋り始めた。


「エイミーがこの国のどこかの廃教会に自分のための杖があるって突然言い出してね。それで兵士たちに命じて探させた王都の近くの森の中の廃教会を探検しに行ったんだ。そうしたら、本当にそれっぽい杖があってね」


なるほど。エイミーも先回りして手に入れるという事にようやく思い至ったというわけか。


さすがに俺一人ではどこにあるかも分からない廃教会を探すのは無理だったし、当時の俺としてはこの杖の優先度はかなり低かった。


今となって考えれば先んじて回収できていれば良かったのだが、シナリオ通りに進めることを第一に考えていたが大々的に動けばそれだけで目立ってしまう。正直、完璧に進めてきたと思っていたが今になって思えば抜けている部分もかなりあったということだろう。


「それでエイミーが杖を触ったら、杖から光が放たれたんだ。そうしたら今度はエイミーの体からどす黒い、禍々しいオーラとでも言えばいいのかな。そんな感じのものが溢れ出したんだ。まるで教会のフレスコ画で見るような終末とでも言えばいいのかな。そんな感じでね。これはまずいって思ったんだけど……」


オスカーは辛そうに一度顔を伏せる。


「それでも僕はエイミーの事が好きだったから。僕のこの顔と加護、そして実家のお金しか見ない周りの女たちとは違って僕の悩みを理解してくれて。チャラくしているけど本当はそのことに悩んでいるんだってことを何も言わずに分かってくれて、共感してくれて……。そんな女性だから僕は自分の立場を捨ててでも一緒になりたいって、それが叶わないとしても傍で支えてあげたい、そう思っていたんだけどね」


そう言ってオスカーは唇を噛む。


「でも、魔女って言われて何だか納得したよ。何も言わずに分かってくれていたんじゃなくて、エイミーは僕の悩みを先回りしていたんだね……」


オスカーは寂しそうな表情でそう言った。本当は魔女の力で知っていたわけではないが、最初から知っていたという点では間違いない。


それからオスカーは真剣な表情でアナを見据え、普段とは異なる真剣な口調でアナに謝罪をしてきた。


「アナスタシア王女殿下、学園での数々の無礼な振る舞いを謝罪いたします。謝罪して赦されることではないことは分かっていますが、もしこの首が慰めとなるならば喜んで差し出しましょう」


なるほど。オスカーとマルクスに関しては迷いがありそうな様子だったが、やはりそうだったらしい。


ということは、マルクスも操られた状態なのかもしれないな。


「オスカー、その謝罪を受け入れよう。もはや過去の事だ。それに結果的に私は今幸せだ。オスカーを恨んでいるなどという事もない」

「感謝します」


こうしてオスカーが自分の非をきちんと認め、そしてアナがその謝罪を受け入れたことでオスカーとの因縁はここで終わりを告げた。


それから魔女になったエイミーについては何らかの好意を持った状態でその言葉を聞くと今のように意志を捻じ曲げられる事をたっぷりと言い含めてお帰り願った。


あ、もちろんこの世界の習わしの通り身代金はたっぷり頂いたと聞いている。


大金持ちのウィムレット侯爵家の嫡男様だ。いくらとは聞いていないがさぞかしいい金になったことだろう。


さて、話をセントラーレン王国の事に戻そう。


そんなわけでセントラーレン王国はこちらに構っている余裕がなくなったため、なし崩し的に休戦状態となっている。


こちらは民を養ってあまりある生産があるため、今以上に領土を拡大するつもりはない。そのため我々もセントラーレンに対して攻め入ることをしておらず、両国の間には一時的な平和が戻ったのだった。


そして俺はというと今日もお仕事だ。アナと正式に結婚したらどこかの領地をアナと俺の二人に任せてくれるそうなので、その為のお勉強も兼ねた見習い期間というわけだ。


まあ、書類仕事ばかりであまり面白いものではないが、帳簿の見方とかは全く知識がなかったので興味深かったりもする。


そしてお昼をアナと一緒に食べたらまた仕事をし、そしておやつの時間のころに一日の仕事が終わる。


その後はアナとトレーニングだ。


最近のアナは軽くであれば走れるほどにまで回復してくれたので、少し剣を振ったり、俺の苦手なダンスの練習をしたりと充実した日々を過ごせている。


ちなみに今日は俺の苦手なダンスだった。


一応、何とかアナの足を踏まずに終えられたので大した進歩だと自分で自分を褒めておこう。


まあ、上手くなったとは言い難いが、それでも一歩上達だ。


そうして一日を過ごし、夕食の時間となった。最近は家族そろって夕食を食べることになっており、今日もラムズレット王国のロイヤルファミリー、そして母さんと一緒に食卓を囲んでいる。


今日のメインディッシュは牛ヒレ肉のステーキだった。舌の上で溶けるほど柔らかい肉ということはやはり高級なお肉なのだろう。


そうして絶品の夕食を堪能したところでアナが口を開いた。


「ところで、アレン。今日は何の日だかわかるか?」

「え? ええと……」


何かの記念日だと言われているのだろうが、生憎さっぱり覚えがない。


そもそも、去年のこの時期はまだ話しかけることすら許されていない時期じゃなかったっけ?


俺が焦っているとアナは呆れたような表情を浮かべた。


やばい。何か記念日を忘れてて怒らせた?


一瞬そう思ったが、アナは笑顔で口を開いた。


「アレン、誕生日おめでとう」

「え?」


ぽかんとした俺にゲルハルトさん、エリザヴェータさん、フリードリヒさん、それに母さんが口々にお祝いの言葉をかけてくれる。


「あ、ありがとう?」

「おい、アレン。どうして疑問形なんだ。まったく。ほら、これは私からだ」


そう言ってアナは見事な刺繍が施されたハンカチをプレゼントしてくれた。そのモチーフは白と黒の二匹の竜、精霊へんたい、そしてブイトールで、それらが組み合わされてまるで紋章のような形で描かれている。


「これ、アナが?」

「ああ。その、あまり動けなかったときに、な。その、どうだろうか?」

「ありがとう。すごく素敵だ。宝物にするよ」


俺がそう言うとアナはほっとしたような表情を浮かべたのだった。


「カテリナお義母さまに、アレンはあまり自分を盛大に祝われるのは得意ではないと聞いてな。それでこんな感じにしてみたのだが……」

「あ、うん。ありがとう。この前の舞踏会みたいなのは苦手だし、すごく嬉しいよ」

「そうか、それなら良かった」


そう言ってアナはいつまでも見ていたくなるほどの素敵な笑顔を浮かべてくれたのだった。


そして他の皆からもプレゼントを貰い、はじめて母さん以外の人に祝ってもらう誕生日というものを体験した。


ああ、うん。


家族が増えるってこんな感じなのか。


すごく……良いものだな。

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