第73話 町人Aは悪役令嬢の父と話す

「ううっ」


俺は気が付くとベッドに寝かされていた。


「お目覚めになられましたか?」


目を開けると、そこにはあの案内してくれたメイドさんが心配そうな表情で俺を覗き込んでいた。


「ここは?」

「ご案内いたしましたアレン様のお部屋でございます。アレン様は倒れられまして、およそ 5 時間ほどお眠りになられていました」


良かった。三日間寝ていたとか、そういうわけじゃないのか。


「医師の話ですと、アレン様の受けた矢にはエスト帝国の独自技術で作られた特殊な魔毒が塗られていた可能性が高いそうです。その魔毒はある程度の時間が経過するとその命を奪うというものでして、解毒方法は帝国にしか存在しないそうです。ですので本来であれば助からないはずなのですが……」


って、毒矢!?


俺は慌てて自分の左手を確認する。すると、予想通り俺の身につけていた身代わりの指輪は粉々に砕け散っていたのだった。


そうか。これで俺にはもう保険が無くなったというわけか。


「アナ……スタシア様は?」

「まだお眠りになったままです。ですが命に別状があるというわけでもございません」

「そう、ですか」


俺はゆっくりと体を起こす。


「お手伝いいたしましょうか?」

「いや、大丈夫です」


そう言って立ち上がろうとした瞬間、俺の腹が大きな音を立てて鳴る。


しまった。そう言えば昨日の夜から何も食べていないんだった。


恥ずかしさと微妙な気まずさから俺はきっと微妙な表情をしていることだろう。


「お食事をお持ちします。それから旦那様にもご報告して参りますのでしばらくお待ちください」

「すみません」


そうしてメイドさんは俺の部屋から出ていった。そしてサンドイッチを持ってきてくれたのでそれを摘まんでいると、すぐに公爵様から呼び出された。


呼び出された場には公爵様だけでなくエリザヴェータさんにフリードリヒさんまで同席している。


そして俺が着席したのを確認した公爵様は人払いをした。


「アレン、持ち直したのだな。良かった」


そう言って公爵様はホッとした表情を浮かべると、いきなりお礼を言ってきた。


「アレン、娘がああなってしまったのは私の責任だ。そして、娘のために危険を冒して、救出してくれてありがとう。何もしてやれなかった愚かな父親だが、それでも礼を言わせてくれ。ありがとう」

「アレン君、娘を取り戻してくれて本当にありがとう」


なるほど、流石に公爵様が平民に対してこういった態度を取ったことを見られるのはまずいので人払いをしたのか。


「いえ。俺がどうしてもやりたくてやったことですから」


俺がそういうと公爵様たちは困った様なホッとしたような、複雑な表情を浮かべた。


すると続いてフリードリヒさんもお礼を言ってきた。


「アレン、アナは私の大事な妹だ。私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

「いえ……」

「さて。それで、だ。今日のザウス王国軍だけに起きた謎の爆発は君がやったのだろう? 」

「……はい。そうです。まあ、俺の魔法、のようなものです。アナを診てもらうには邪魔でしたので」

「やはりそうか……」


それだけ言うとフリードリヒさんはそのまま押し黙った。


「アレン、君はエスト帝国の侵略に対抗するために一人でブルゼーニ戦線に行ったはずだな?」

「はい。ブルゼーニの全土はセントラーレンの支配地域となりました。多少の抵抗はあるかもしれませんが、目立った拠点は残されていないはずです」

「なっ? カルダチアはどうなったのだ?」

「落としました。そして住民の大半はエスト帝国に追放しました」

「……そうか。50 年間ずっと奪還できなかったカルダチアが」

「はい」


そしてそのまま少しの間俺たちを沈黙が支配する。


こんな状況で言うのは卑怯かもしれない。


だが俺は今しかないと思い、口を開く。


「公爵様、お願いがあります」

「……何かね?」


公爵様は何を要求されるのかとかなり警戒している様子だ。


ここまで態度に出ている公爵様というのはかなり珍しい気がする。


「俺は約束を果たしたと思います。ですので、お嬢さんを、アナを俺に下さい」


その瞬間、三人の表情が固まった。鳩が豆鉄砲を食ったような表情という言葉の表現はこの三人のこの表情を指すためにあるのかもしれない。


きっと、それだけ予想外の要求だったのだろう。


「え? ア、アレン君? もう、いいのよ? 娘の事ならこれまで良くしてもらったのだから、それで十分よ? アレン君は自分の幸せを……」

「俺はアナが良いんです。俺には彼女以外の女性なんて考えられません」

「でも、お医者様ももう無理だって」

「俺はアナが戻ってくると信じています。いえ、俺が必ず戻ってこさせます」

「……そう。それほどまで……」


俺がそう決意を告げると、エリザヴェータさんはそう言ってそのまま口を噤んだ。


「ま、まぁ、そこまで言うなら良いんじゃないか?」


フリードリヒさんは言葉が見つからないのか何か考えがあるのかはわからないが、とりあえず賛成してくれるようだ。


ちょっと次期公爵としては少し軽い気もするが……。


それに、今の様子ならおそらくエリザヴェータさんも反対はしないだろう。


「アレン、約束を果たしたとはどういう意味だ?」


だが流石に公爵様は流されてくれない。だが、俺は首を縦に振らせる自信がある。


「こちらをご覧ください」


俺は国王から貰った派兵の命令書を見せる。その内容を見て公爵様は顔をしかめた。


「まさかここまでの命令書を出していたとはな……」


それはそうだ。エスト帝国兵を倒しカルダチアを攻略し、ブルゼーニ地方を奪還することで我が国を勝利に導け。その為の自由裁量を与える。というのが俺に与えられた命令書だ。


しかもご丁寧に褒美が思いのままという文言まできちんと入っていて、国王自筆の命令書だ。


もちろん、玉璽だってしっかりと押されてある。


「ブルゼーニの敵部隊の大半を破壊したのは俺です。ご覧になった攻撃、そして一部は上空から大量の油を投下して火攻めとしました」

「あ、ああ」

「そして、帝都に潜入し、宮殿内にて皇太子とその側近の男を殺害して首を持ち帰りました。今、ここでお出ししても?」

「ああ、出しなさい」


俺がエリザヴェータさんをちらりと見ると頷いたので俺は遠慮なく魔法のバッグから生首を二つ取り出す。


「確かにエスタ帝国皇太子のイゴールだな。それに……こいつは帝国宮廷魔術師長のギュンターではないか!」

「俺は、ブルゼーニにおいてラムズレット公爵家の庇護下にある B ランク冒険者アレンを名乗り、敵を倒してきました」


俺はダメ押しとばかりそう伝える。


公爵様は腕を組むと眉間にしわを寄せてじっくりと考える素振りをした後、おもむろに口を開いた。


「分かった。認めよう。我がラムズレット公爵家の名誉にかけて、アレンとアナスタシアの婚姻を認め、そしてアレンを庇護する我が公爵家がその名代として王家との交渉を引き受けよう」

「ありがとうございます」


俺は一度椅子から立ち上がると跪いて臣下の礼を取る。そして、憎たらしい男たちの生首を渡すと退出したのだった。


****


俺は与えられた部屋に戻るとベッドに腰掛け、大きくため息をついた。


認めさせるなら今のタイミングしかないと思ったのだ。


公爵様が三年待ってくれると言ってくれた時点で、場合によっては認めてもいいぐらいのスタンスであろうことは想定していた。


だが、一方でアナを使って領地が安定するならそちらに躊躇なく利用するぐらいの冷徹さも併せ持っているだろう。


俺はそもそも、三年待つという約束が必ず守られるとは思っていなかった。だがその一方で、よほどのことがなければ待ってくれるとも考えていた。


あの時公爵様が俺の要求を受け入れてくれたのは、俺が叙事詩エピック級の指輪をポンとアナに贈れるだけの力があると考えたからだろう。


特に身代わりの指輪は暗殺を恐れる貴族ならば喉から手が出るほど欲しい代物だ。


その筋に売ればおそらく最低でも数百億、下手したら兆の単位の金が動いてもおかしくはない。


それを冒険者である俺が迷宮から自力で見つけてきたというのだ。


この時点で公爵様の天秤は、ラムズレット公爵家という名前が欲しいだけの金持ちの新興貴族や好事家こうずか、あるいは色ボケジジイあたりよりは俺のほうに傾いたことだろう。


それから俺がアナを連れて風の山の迷宮を踏破して見せたことで、俺の言っていたことが嘘ではないことが分かり、俺の存在がより重くなってきていたことだろう。


そんな状況の中、アナがあんなことになってしまった。


そのことを公爵様が娘を愛する父親として悲しんでいるというのはもちろん本当だろう。


ラムズレット公爵家は、俺たち一般庶民が名前だけ聞いて想像するような冷めた貴族の家庭とは違い、家族の絆や愛情があるということは見ていればよく分かる。


ただ、いくら絆や愛情があるからといってアナを政略結婚の駒として使わないという選択肢は公爵様の頭には存在しなかっただろう。


だが、今回の件でアナはもう完全に政略結婚の駒としては使い道がなくなってしまった。


いくらなんでも寝たきりで意識の戻らない女性をわざわざ娶る男はいない。


つまり、今のアナの政略結婚の駒としての価値はゼロ、いやマイナスといってもいい状況だ。


そこに、エスト帝国とザウス王国の軍隊を一人で壊滅させ、帝国の皇太子を暗殺して来た男が公爵家の名誉となる形で取引を持ちかけてきたのだ。


寝たきりで医者も匙を投げた娘を寄越せばこの手柄をすべて渡した上で下につく、と。


いささか弱みをついた形ではあるが、こうして俺はようやくアナを手に入れたのだ。


俺はそのまま後ろ向きに倒れてふかふかのベッドに横になると、もう一度大きくため息をついた。


「でも、そんな事より笑ってて欲しかったんだよな……」

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