第74話 町人Aは変態に助けを求める

部屋で休んでいると、すぐに日は落ち窓から見える景色が薄暗くなっていった。


メリッサちゃんとジェローム君はいつの間にか飛竜の谷へと帰ってしまっており、その広い庭には俺のブイトール改がぽつんと置かれている。


お礼を言いそびれてしまった。


窓からそんな景色をぼーっと眺めているとメイドさんが俺を呼びに来て、公爵様一家と夕食をともにすることになった。


なったのだが、その場に想像だにしていなかった人がおり俺は目玉が飛び出すのではないかと思うほど驚いた。


「母さん!? どうしてここに?」

「驚いたかね? まあ、アレンが驚いた顔が見られたので良しとしよう」

「公爵様……」


俺は先に言ってくれと公爵様をジト目で見るが、その顔は見るからにご満悦といった感じだ。 


「アレン、無事でよかったわ。怪我をしたって聞いた時は心臓が止まりそうだったのよ?」

「母さん……」


俺は母さんと少しの間抱擁を交わした。


「さて、アレン。席に着きなさい」

「はい」

「アレン、君のお母さんは私が王都から引き揚げる際に連れて来た。君とカテリナさんは私の庇護下にある民だからな。守ると言った以上は守る。これは当然のことだ」


公爵様は事もなげにそう言った。


あんな暴言を吐いたというのに、それでもアドバイスをくれて、そして約束を守ってくれたことには感謝しなければ。


正直、どうやって王都から母さんを連れ出すかを思案していたところだったのだ。


「そして、今日の夕食を共にしているのは、カテリナさんも家族となるからだ」

「え?」


それを聞いた母さんがきょろきょろと辺りを見回す。


「娘は、体調を崩していましてな。まだ意識が戻らないのです。だが、我がラムズレット公爵家としては娘とアレン君の事を認めた、ということです」

「アレン! そう。頑張ったのね。おめでとう」


そう言って母さんはぎゅっと抱きしめて俺の頭を撫でてくれた。


俺の方がもう背が頭一つは高いので、屈むような格好でされるがままにしているが、それを人前でされるのは恥ずかしい。


それからアナの現状などが改めて話され、その様子を聞いた母さんは悲しそうな表情をしていた。


「ところで、無私の大賢者ロリンガス様なんですが、実は心当たりがあります。明日、アナを移動させる事はできませんか?」

「いや。医者からは絶対安静と言われている。それにどこに連れて行くというのだ?」

「ロリンガス様が最後に消息を絶った迷いの森のその奥にある場所です」


俺がそう言うと公爵様は眉間に皺を寄せる。


「まさか、存在が噂されているエルフに会いに行くなどと言うのではないだろうな?」

「その通りです。俺もアナもあの里のエルフとは面識があります。アナがいつも身につけているあの髪飾りですが、あれはエルフの女王様より頂いた妖精の髪飾りという特別な品です」

「……なるほど。あの髪飾りか。取り外したはずなのにいつの間にかアナの髪に戻っているとメイドたちが気味悪がっていたそうだが、そういうことか」

「はい。その里には今 800 年ぶりに生まれたという光の精霊様がいるのですが、その精霊様なら何とかできるかもしれません」

「では、使いを頼めるか? やはり、今のアナを動かすのは心配なのだ。もしご足労頂けるのならそれに越したことはない。もちろん、精霊様に危害を加えることはしないし、お連れの方がいるならそのお方の身の安全も保証する」

「分かりました」


こうして俺は、あの変態に会いに行くことになったのだった。


****


そして翌朝、俺はブイトール改を中庭から発進させた。しかし、王国の南から北までを一気に縦断する長時間のフライトとなるため、俺はルールデンの空港に一度着陸して小休憩を取り、それから再びエルフの里を目指した。


そして日が傾きかけたところで俺はエルフの里の空港へと着陸した。


「あれ? アレンさん? この時期に来るなんて珍しいね。あれ? 奥さんは?」

「まあ、ちょっと色々あってな。女王様に用事があって来たんだ」

「そっか。まあゆっくりしていきな」

「ああ、ありがとう」


秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので、先ほどまではまだまだ明るかったというのに気付けばもう薄暗くなっている。


「女王様、お久しぶりです」

「アレン様、ようこそいらっしゃいました。今日は何かあったのですか?」

「はい。光の精霊ロー様にお願いがあって参りました」

「まあ、ロー様に? ミリィ、いらっしゃーい」

「はーい」


するとミリィちゃんがとててとやってきた。その隣にはもちろんあの変態が一緒にくっついて飛んでいる。


「あー、アレンだー。抱っこぉー」

「はいはい」


俺は駆け寄ってきたミリィちゃんを抱っこしてあげる。その重さは夏のあの日から全く変わっておらず、成長していないことがよく分かる。


「アレンうじ、そろそろ来ると思っていたんだお」


変態が俺の耳元に寄ってきて小声で話しかけてくる。


「来ると思っていたってどういうことだよ」

「何だかあの娘、ずっと酷い目に遭っていたっぽいんだお! あげた祝福の力がどんどん使われてびっくりしたんだお! ボクチンもかなり力を使って大変だったんだから何があったのか説明するんだお?」


そう言われて俺は変態に事情を説明した。


「じゃあ、一昨々日さきおとといの強烈なあれは魔剣のせいだったのかお? さすがのボクチンもそれは想定外だったんだお!」


どうやら、アナが魔剣に支配されずに済んだのはこの変態が妖精の髪飾りを通じて力を分け与え続けてくれていたおかげのようだ。


俺は変態に頭を下げる。


「その、アナを守ってくれてありがとう。それと、お願いだ。いや、お願いします! どうかアナを治して下さい」


そう言ってから、変態にだけ聞こえるように小声で言った。


「生まれ変わる前のお前なら何とかできるって、医者に言われて……」


それを聞いた変態は困った表情を浮かべながら耳元で囁いた。


「ボクチンだって何でもかんでも治せるわけじゃないお。それに、ここからじゃ遠すぎて治せるのかどうかも分からないんだお。だからあの娘をここに連れてくるんだお」

「それが、医者に絶対安静と言われていて」

「あー、それは確かにそうなんだお。それじゃあ、ボクチンとミリィたんを連れて行くんだお」


変態がそんな事を言い出したので、俺は遠慮がちに女王様に連れ出していいかを聞いてみる。


「あの、ロー様? がミリィちゃんも一緒に連れて行けって言ってるんですけど……」

「分かりました。ロー様。アレン様、ミリィをよろしくお願いいたします」


ダメと言われるかと思っていたが、あっさりと許可が取れてしまった。


こうしてさらっと変態とミリィちゃんの出張が決まったのだが、こんな幼い子供を里の外に連れ出して良いんだろうか?

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