第10話 町人Aは飛竜の谷でポンコツと出会う

俺は飛竜の谷にもっとも近い村、フリッセンにやってきた。そしてこの飛竜の谷にはワイバーンの群れが生息している。


正確に言うとワイバーンは亜竜なので竜ではないのだが、見た目が竜に似ていることから飛竜の谷と呼ばれるようになり、それがそのまま定着して今に至るそうだ。


そしてここにやってきた目的はもちろん飛竜の谷にある風の神殿へ行き、そこに安置されているはずの『風神の書』を手に入れることだ。


作戦はもちろん、いつも通り【隠密】スキルで隠れて盗み出す。シンプルイズベストとはこのことだ。


ゲームだと二年生の夏に攻略に向かうことができる。ただ、難易度がやたらと高くて大変だったことと、イベントが胸糞だったということははっきりと覚えている。


まず、飛竜の谷に入ってワイバーンを 100 匹以上倒し、そしてさらにそのワイバーン達を統率する黒いワイバーンロードを倒すとようやく神殿の入り口に辿りつけるのだ。


そして会話イベントをこなした後に神殿の中に入るのだが、そこにはワイバーンロードの巣がある。


その巣には尻尾にリボンを巻いた真っ白なワイバーンロードとその子供がいる。それが先ほど倒したワイバーンロードの奥さんと子供で、夫を、そして父を殺されたことに怒り狂って襲い掛かってくるのだ。


エイミーは説得を試みるも当然失敗してバトルパートに突入する。そしてその白いワイバーンロードとその子供を倒すことでようやく『風神の書』が手に入るのだ。


そして説得できずに殺してしまったことを後悔するエイミーを攻略対象の男が慰めて好感度がアップする、というイベントだ。


ただ正直、住んでるところにいきなり押し入ってきて殺してアイテム奪っていくとか、完全な強盗だと思う。それにかけがえのない伴侶を、そして父親を殺したエイミーの説得のセリフを空虚に感じたのは俺だけではないと思う。


さて、ゲームの話はさておき、俺は一週間分の食料を持って出発した。フリッセンから飛竜の谷へは山道を片道二日なのだが、念のために少し余計に持って行くことにした。ただ、もし二日で飛竜の谷に辿りつけなかった場合は引き返すことにしている。


まだ無理をする必要はない。


さて、俺はいつも通り【隠密】を使って山道を進んでいく。王都でおなじみのホーンラビットだけではなく、ビッグボアやブラッドディア、グレートベアなどの凶暴な魔物も生息しているそうだ。


見てみたい気もするが、余計な戦闘は避けたい。目印となる山を目指して、【隠密】を切らさない様に慎重に進んでいく。


そしてフリッセンを出発して二日目の夕方、俺はワイバーンの飛び交う谷に到着した。


確かに、圧巻だ。大量の翼付き巨大トカゲが空を飛んでいる。前提知識なしに見たら俺もあれは竜だと絶対に思うだろう。しかし、実際には亜竜種で、竜種ほどは強くないのだそうだ。竜種と亜竜種の違いは簡単で、竜種はブレスと咆哮ロアを持っているが、亜竜種の場合は持っていない。遠距離攻撃のブレスと弱者を恐慌状態にする咆哮があるかどうかの差はかなり大きく、討伐の難易度がまるで違うと聞いている。


さて、もう日が暮れてきたので今日は谷には立ち入らずに野営する。そしてこの野営でも【錬金】スキルが大活躍だ。


ゲームでの使い方だと、武器や防具を作ったり、ポーション類を作ったり、それに魔石を使った武器の強化なんかが主な使い方だ。だが、終盤になってくるとすっかりチートと化して馬車を作ったり巨大な砦を作ったりできるようになる。そして最終決戦の時にはラスボスとして立ちはだかる闇堕ちしたアナスタシアを一時的に弱体化する魔道具なんてものまで作れるようになるのだ。


さて、巨大な砦が作れるということは小さな半地下の野営場所も簡単に作れるということだ。ワイバーン達を刺激しない様に木陰の地面を掘り下げ、そのまま土で天井を作る。


あとは窒息しない様に空気穴を開けて、火を使うための場所を用意して、煙突を作って煙と二酸化炭素を逃がすようにすれば完成だ。


これなら、穴を掘って埋まっている状態になるのでそう簡単に襲われることはない。


それじゃあ、誰もいないけどおやすみなさい。


****


翌朝、周りに何もいないことを確認して野営場所を解体した俺は風の神殿へと向かって歩き出す。


もちろん、【隠密】スキルを使って堂々と歩いていく。


崖の下に降りる一本道が何故か都合よくあり、そこを歩いて降りていく。ゲームではひっきりなしにワイバーンが襲ってきてゴリゴリと体力を削られたものだが、生憎俺に気付いているワイバーンは一匹もいない。


こうして 30 分ほどかけて谷底に降りると、風の神殿へと続く階段を登る。そしてその階段を登りきるとそこは広場になっており、黒いワイバーンロードが丸まって日向ぼっこをしている。


なんだかとても気持ちよさそうに眠っているので起こさない様に脇をすり抜けて神殿の中へと足を踏み入れる。


おや? もう一頭の白いワイバーンロードがいない?


そう言えばゲームでは子供もいたし、今はまだ結婚していないのかもしれない。


どうやって奥さんを見つけてきたのかにやや興味はあるものの、安全第一だ。


そのまま風神の書が祀られていた祭壇の前に歩いてきた。


そう、歩いて到着したのだが……ない。肝心の風神の書がない。


どうしてだ? 何か発生していないイベントがあるのか?


悩んでいたところ、俺は誰かに声を掛けられた。


「そこの人間さん、ちょっといいかい?」


俺は他に人間がいるのかと思ってあたりを見回す。


「いやいや、君に呼びかけているんだよ。【隠密】スキルを使っても僕には見えるからね」

「っ!」


焦ったせいで【隠密】スキルが解除されてしまった。慌ててスキルを使いなおそうとすると止められた。


「大丈夫、ここは安全だから」


そして目の前の祭壇に光が差し込むと、緑の髪に金の目をした驚くほどのイケメンが現れた。


「私は風の神。ちょっと君に頼みがあるんだ」


神を自称する男が現れたが、登場の仕方や【隠密】スキルを見破ったあたりは神的な力があることは間違いない。それに従わないと殺されるかもしれないし、【隠密】スキルが効かない以上逃げられない。


「いやいや、従わなくても殺さないよ。君の欲しがっているものが手に入らないだけさ」


あれ? もしかして心が読まれている?


「そう。私は神だからね。人間の心ぐらい読めるし、人間の使うスキルなんて効果がないだけだよ」

「そ、そうですか。わかりました神様。何をすればいいでしょうか?」

「うん。でもその前に神殿の前で惰眠を貪っているあの駄トカゲを起こさないとね」





「ええええ、ちょっと待ってください神様。そんなことをしたら――」


止めようとしたが遅かった。ものすごい勢いでダッシュした神様は助走をつけて思いっきりグーでワイバーンロードをぶん殴った。


アニメなどでよくある「ひゅーん」という擬音語がぴったりな感じでワイバーンロードはそのまま吹っ飛んでいき、反対側の崖に頭から激突してめり込んだ。頭を崖にめり込ませ、力なくだらりとぶら下がった状態となっている。


え? あれは、大丈夫なのか? 死んでないのか?


そんな俺の心配を他所に神様はワイバーンロードのところまで飛んでいくと尻尾をつかんで引っこ抜き、そのまま神殿前の広場まで飛んで戻ってきた。


なんというか、空飛ぶ男とぶらんぶらんとぶら下がって揺れているワイバーンロードが飛んでくるという図がとてもシュールだ。


「あの、神様、これは一体……」

「うん、ちょっとこの子の手伝いをして欲しくてね。ほら、自己紹介しなさい」


そう言われたワイバーンロードはおずおずと頭を俺のほうへと向ける。


よかった。ワイバーンロードはどうやらちゃんと生きているようだ。


「あ、あ、え、ええと、ボ、ボクは、その、ジェ、ジェロームていいます。その、一応、えっと、ワイバーンロードっ……」


語尾がどんどん小さくなっていき、最後のほうは何を言っているのか聞き取れなかった。


「俺はアレンだ。よろしく」


とりあえず、右手を差し出してみる。するとジェロームと名乗ったワイバーンロードがビクッ、と震えて神様の後ろに隠れる。


いや、まるで隠れられていないわけだが


「ほら、きちんと握手しなさい」


そう言われておずおずと前足を出してくるが、さすがに大きすぎて握れないので指先の爪を握って軽く上下に動かす。


「よろしくな」


俺がそう言うと、彼はまるで花が咲いたかのような笑顔を浮かべ、尻尾をブンブンと振り始めた。


これは……犬か……?

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