第39話 町人Aは断罪イベントに立ち会う

さっと人垣が割れ、王太子に名前を呼ばれたアナスタシアが冷たい表情のまま前へと歩み出る。


「アナスタシア、今この時をもってお前との婚約を破棄する!」


イベントの通りの台詞で、壇上からアナスタシアを見下すように王太子が宣言する。


「殿下、本気ですか?」


アナスタシアには動揺した様子もなく、まるで事務手続きをしているかのような淡々とした口調でそう確認する。


「ふん。相変わらず理解の悪い女だ。お前のような性根の腐った女ではなくこの心優しく癒しの力を持ったエイミーこそが俺の婚約者に相応しい」


王太子は小馬鹿にしたような表情と態度でそう言うが、アナスタシアは表情を一切変えずに王太子に確認するように問いかける。


「殿下、礼儀作法も貴族の何たるかも、国とは何かをも知らぬその女で良いのですね? 殿下はその女に国母が務まると本気でお考えなのですね?」


アナスタシアは表情を崩さぬまま冷たい視線をエイミーへと向ける。


その視線を受けたエイミーはピクリと縮みあがり、それを王太子は優しく抱き寄せる。


「馬鹿なことを言うな! 彼女の優しさこそがこの国には必要なのだ。いちいち下らん理屈をコネ回すお前など必要ない。そもそも、俺たちはお前がエイミーに対して行ってきた数々の嫌がらせを知っている! お前のような性根の女こそ国母に相応しくない!」

「そうですか。ではその結果に対する責任は殿下がお取りになるのですね?」


おや? アナスタシアのセリフ回しがゲームとは随分と違う。


やはりアナスタシアの中で王太子はとっくに切り捨てられていたのだろう。アナスタシアに未練があるようには欠片も感じられない。


「何を言うのかと思えば、これだから頭でっかちのラムズレットは困る。そんなだからいつまでもラムズレットは麦しか作れぬ田舎者なのだ」


あっさりと引き下がるかに見えたアナスタシアがこれには抗議する。


「殿下。私の事はどう言おうと構いません。ですがラムズレット公爵家に対する侮辱は看過できません。今の発言は取り消してください」

「何を言っているのだ? 事実を言ったまでだ」

「そ、そうですよぉ。そんなだから田舎者の家のアナスタシア様はカール様に愛想をつかされちゃうんですよぉ?」


エイミーが怒らせるチャンスと捉えたのか、ここぞとばかりに攻め込んでくる。しかしそんなエイミーにアナスタシアは冷たい視線を送ると小さくため息をついた。


「エイミー、お前もラムズレット家を侮辱するつもりか?」

「カール様が言ってるんだから事実ですぅ」

「ではラムズレット家からブレイエス家に対して正式に抗議をさせてもらおう」

「実家の権力を使うなんて卑怯ですぅ」


やり取りを聞いているこっちの頭が痛くなってきた。


まあ、怒らせようと思ってやっているのだろうが、名誉を重んじるはずの貴族家全体を侮辱しておいて、それに対して家として抗議するのが卑怯というのは一体どういう理屈なのだろうか?


「話にならんな。失礼させてもらう」


アナスタシアはそう言い放ち、そして踵を返して立ち去ろうとするがそれを王太子が呼び止める。


「待て! エイミーの言う通りだ。お前にも貴族としての誇りがあるなら親に泣きつく前に自分で解決しろ。それまではこの場を立ち去ることは許さん」

「殿下、一体何を仰っているのですか?」

「お前の手袋は何のためにある?」

「少なくともこのようなことで軽々しく使うためではありません」

「なるほど。ラムズレット公爵家の娘は家の誇りと名誉を賭けて戦う事すらできないのか。公爵閣下は子育ての才も無いようだ」


そう言うと王太子はアナスタシアに向かってこれ見よがしに鼻で笑い、それを見た来賓の一部からも笑い声が聞こえてくる。


「殿下は決闘を申し込めと仰るのですか?」

「自分で考えろ。王太子である私に全て言われねば分からんのか? 相変わらず可愛げのない女だな」


そう言われたアナスタシアの表情に悔しさが滲んだ。要するに、自分で決闘を申し込んだ事にしろ、と王太子の名の下に命令されているのだ。


「かしこまりました」


アナスタシアはそう言うと自らの手袋をエイミーに投げつけた。


「ひゃっ。あ、あの、これ……」


投げつけられた手袋に大げさに驚いたエイミーだが、その手袋をおずおずと拾ってアナスタシアに返そうとする。


「お前はどこまで私を馬鹿にすれば気が済むのだ?」


アナスタシアは激昂するでもなく、冷たい目でエイミーを見ている。


「エイミー、これは侮辱されたと感じたあの女がお前に決闘を挑んできたということだ」

「えっ、そうなんですかぁ? あたし、戦いなんて……」


甘えたような声でエイミーは王太子にそう聞き返した。


下らん。お前は絶対にこの意味を知っていたし、断罪イベントで追放するためにわざと決闘をさせるように仕向けただろう。


「まあ、いい。この決闘は俺がエイミーの代理人として受けよう」


ゲームの通りに王太子が代理人に立候補する。


「なっ? 殿下? 女性に決闘を命じておきながらその決闘の代理人をご自身でなさるなど、正気ですか?」

「何を言っているのだ? お前が勝手に決闘を申し込んだのだ。俺はエイミーを守りたいから代理人を受ける、それだけの話だ」

「……」


アナスタシアはそのまま閉口してしまう。


「俺も代理人をやらせてもらうぞ」

「オレもやらせてもらうぜ」

「私もやりましょう」

「当然、僕も戦うよ」


ゲームの通りに攻略対象者の 5 人全員が代理人として立候補してきた。


「お前はどうするのだ? 俺たち 5 人を相手に戦ってくれる代理人はいるのか?」


そう言われたアナスタシアは辺りを見渡すが、当然この場にいる男子生徒たちは皆目を逸らしてしまう。


まあ、誰だって王太子に隣国の王子なんてものと戦いたいわけがないだろう。


「どうやら人望も無いようだな」


王太子がそう言ってアナスタシアを見下すが、どう考えても権力の問題だろう。


とはいえ、ついに戦う時が来たようだ。


俺はふぅと一息つくと、手を上げて前に歩み出る。


「俺が代理人をやりますよ」

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