side. アナスタシア(5)

期末試験が終わり、成績が貼り出された。何とかミスをせずに終われた私は 1 位に返り咲くことができた。だがやはりアレンも満点だったので同率の 1 位だ。次こそは単独 1 位をとってアレンにどうだと言ってやりたい。


そしてもう一つ嬉しかったことは、マーガレットとイザベラの成績が一気に上がったことだ。文化祭での一件で完全に諦めた私は殿下に割いていた時間を二人の成績を上げるために費やすようになった。


これで来年はイザベラとも同じクラスになることができる。三人いればアレンの置かれている今の状況を少しは改善してやれるはずだ。


そう思ってアレンにイザベラを紹介したのだが、アレンの表情はどこか腹に何かを抱えている様に見えたのが少し気になった。


違和感を覚えたがそれが何かはわからなかった。そして、その後すぐに大事件が発生した。


学園では進級と卒業を記念して学年末にダンスパーティーが開催され、その場で多角的という名の政治的判断で選出された各学年の最優秀生徒が表彰される。


当然、何をやろうとも最優秀生徒は殿下と決まっているのだが、その殿下がとんでもないことを言い出したのだ。


「アナスタシア、今この時をもってお前との婚約を破棄する!」


あまりの発言に私は殿下の正気を疑った。壇上からあの女を中心にいつものメンバーが私を見下ろしている。


「殿下、本気ですか?」

「ふん。相変わらず理解の悪い女だ。お前のような性根の腐った女ではなくこの心優しく癒しの力を持ったエイミーこそが俺の婚約者に相応しい」

「殿下、礼儀作法も貴族の何たるかも、国とは何かをも知らぬその女で良いのですね? 殿下はその女に国母が務まると本気でお考えなのですね?」


私がちらりとあの女に視線を送るとあの女はそれに大げさに反応し、そして殿下が優しく抱き寄せた。


「馬鹿なことを言うな! 彼女の優しさこそがこの国には必要なのだ。いちいち下らん理屈をコネ回すお前など必要ない。そもそも、俺たちはお前がエイミーに対して行ってきた数々の嫌がらせを知っている! お前のような性根の女こそ国母に相応しくない!」

「そうですか。ではその結果に対する責任は殿下がお取りになるのですね?」


私は最後の慈悲をもってその意志を確認する。しかし、それに対して殿下は言ってはならない言葉を口にした。


「何を言うのかと思えば、これだから頭でっかちのラムズレットは困る。そんなだからいつまでもラムズレットは麦しか作れぬ田舎者なのだ」

「殿下。私の事はどう言おうと構いません。ですが、ラムズレット公爵家に対する侮辱は看過できません。今の発言は取り消してください」


公爵家に対して田舎者と侮辱するなどもってのほかだ。反乱を起こされても文句を言えないレベルの暴言だ。


さらに言わせてもらえば小麦は民を食わせるための最も重要な穀物だ。民が無ければ私たち貴族も無い。


しかしながら、あの女に骨抜きにされて愚か者になり下がった殿下に私の言葉は届かない。


「何を言っているのだ? 事実を言ったまでだ」

「そ、そうですよぉ。そんなだから田舎者の家のアナスタシア様はカール様に愛想をつかされちゃうんですよぉ?」


あの女はここぞとばかりに責め立ててくるが、その発言は自分の首を締めているだけだ。


「エイミー、お前もラムズレット家を侮辱するつもりか?」

「カール様が言ってるんだから事実ですぅ」

「ではラムズレット家からブレイエス家に対して正式に抗議をさせてもらおう」

「実家の権力を使うなんて卑怯ですぅ」

「話にならんな。失礼させてもらう」


私はそう宣言して立ち去ろうとするが、殿下が意味不明な言葉を口にする。


「待て! エイミーの言う通りだ。お前にも貴族としての誇りがあるなら親に泣きつく前に自分で解決しろ。それまではこの場を立ち去ることは許さん」

「殿下、一体何を仰っているのですか?」

「お前の手袋は何のためにある?」

「少なくともこのようなことで軽々しく使うためではありません」

「なるほど。ラムズレット公爵家の娘は家の誇りと名誉を賭けて戦う事すらできないのか。公爵閣下は子育ての才も無いようだ」


そう言い放った殿下は鼻で笑うと、それを見た来賓の一部からも笑い声が聞こえてくる。あれは反ラムズレットの派閥の連中のようだ。


「殿下は決闘を申し込めと仰るのですか?」

「自分で考えろ。王太子である私に全て言われねば分からんのか? 相変わらず可愛げのない女だな」


なるほど。王太子の権力をもって、私に決闘を申し込めと命令するということか。


ここまで狂ってしまえばもうどうにもならないだろう。であれば、親の決めた政略結婚とはいえ、一応は婚約者である私の最後の務めだ。この愚かな決闘を受けることで諫める他ないのだろう。


もはやこれまで、か。


「かしこまりました」


私はそう答えると手袋を取り、あの女に投げつけた。


「ひゃっ。あ、あの、これ……」


私が投げつけた手袋にわざとらしく驚いたエイミーが、手袋を拾うと私に返してくる。


「お前はどこまで私を馬鹿にすれば気が済むのだ?」

「エイミー、これは侮辱されたと感じたあの女がお前に決闘を挑んできたということだ」

「えっ、そうなんですかぁ? あたし、戦いなんて……」

「まあ、いい。この決闘は俺がエイミーの代理人として受けよう」


さすがにこれには私も驚いた。


「なっ? 殿下? 女性に決闘を命じておきながらその決闘の代理人をご自身でなさるなど、正気ですか?」

「何を言っているのだ? お前が勝手に決闘を申し込んだのだ。俺はエイミーを守りたいから代理人を受ける、それだけの話だ」


どうやら殿下は私をこの場で始末するつもりのようだ。殿下と決闘など、勝っても負けても処刑される未来しかないだろう。


そしてあの女に篭絡された 4 人までもが代理人に立候補してきた。代理人が 5 人など、聞いたことがない。


神聖な決闘とは一体何だったのだろうか?


「お前はどうするのだ? 俺たち 5 人を相手に戦ってくれる代理人はいるのか?」


私は思わず辺りを見渡してしまったが、この場にいる生徒たちは皆目を逸らしてしまう。当然の反応だろう。


「どうやら人望も無いようだな」


殿下はそう言うが、人望などという問題ではないだろう。諦めて私自身が戦って死ぬことを覚悟した瞬間、最も聞きたくなかった男の声が聞こえてきてしまった。


「俺が代理人をやりますよ」

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