side. アナスタシア(12)

袋の口が開けられて顔を出すことを許されると、私は今までの明るさとの差に思わず顔をしかめた。


そこはまるで宮廷のように煌びやかで、豪華なシャンデリアが吊り下げられているのだ。周囲には高級な調度品がそこかしこに並べれている。


「アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットよ。ようこそ、エスト帝国へ。旅路はいかがだったかな?」


私が声のした方を振り返るとそこにはエスト帝国の皇帝、皇太子、それに帝国魔術師長の姿があった。そして私の隣には私をここまで運んできたあの男がいる。


「エスト帝国皇帝、アドルフ」

「陛下、が抜けておるぞ?」


馬鹿にしたようにそう言ってきたアドルフを私は睨み付ける。


「陛下、申し訳ございません。我が妻はこれから私がきちんと躾けておきますゆえ」

「無理矢理攫ってきておいて何が妻だ! 私はお前のような者の妻になどなるものか!」


私はそう強く言うとギュンターを睨み付ける。


「だ、そうだぞ?」


そんな私の怒りを茶化すように言ってきたのは皇太子のイゴールだ。


「やれやれ、我が妻は素直ではありませんね。どうですか? イゴール殿下、あなたも教育に参加されては?」


するとイゴールはニヤリと下卑た笑いを浮かべる。


「そうだな。だがこうも汚れていてはな。臭くて抱く気もおきん」

「それはそうですな」


私はそう言われて思わず赤面し、そして怒りを覚えた。


たしかに誘拐されてから今まで、私は一度も風呂にも入れていないし髪だって整えられていない。


だが、それを強制させたのはお前たちではないか!


そう思って彼らを睨み付けていると、ギュンターが私を連れてきた男を詰問するかのように問いかける。


「おい、どうなっているんだ?」

「大体、なぜこれほど抵抗する気力が残っているのだ? 毎日犯したのではなかったのか?」

「そ、それが。実は不思議な力で……」


その男はそう言って困ったような仕草をしながら愛想笑いを浮かべた。


「不思議な力? 魔封じの縄で拘束すれば魔法は使えないはずだ」

「それが、この女を使おうとするととんでもねぇ力で吹っ飛ばされまして。三人がかりでやっても全員吹っ飛ばされて動けなくなったんで、流石に無理だって」

「なんだ、それは? よし、じゃあやってみろ」


ギュンターが男にそう言うと、男は露骨にイヤそうな顔をした。


「どうした? 首がいらないのか?」

「わ、わかりましたよ!」


そう言って男が私の服を脱がそうと手を伸ばしてくるが、その瞬間に弾かれて部屋の壁に強かに叩きつけられた。


「う、くうぅ。そ、そういう訳なんです」


男はよろよろと立ち上がると壁にもたれかかるようにして体を支える。


と、まあ、そんなわけで色々あったが、私の貞操はまだ何とか無事だ。これもきっとロー様と精霊様がた、そしてエルフの女王様のおかげに違いない。


「そ、そういうわけですんで、報酬は……」

「半額だな。私は毎日犯して心を壊せといったんだ。連れてくるだけでは片手落ちだ」


ギュンターが男に言い放つ。


「ちょ、待ってくれよ! こんなの聞いてねぇよ! 最後はスカイドラゴンにまで追いかけられたんだぞ? ちゃんと約束通り――」

「何か不満でもあるのか?」


ギュンターが睨み付けると男は口を閉じ、そして一礼をしてから退出した。


「まあ、いいでしょう」


ギュンターがそう言うと、皇帝アドルフがギュンターに質問してきた。


「おい、ギュンター。大丈夫なのか?」

「はい。問題ございません。心を壊すには他にいくらでもやりようがありますからね」

「なら良い。では後は任せたぞギュンター。イゴールも、あまり遊びすぎるなよ?」

「ははっ」

「分かっております、父上」


そう言い残して皇帝アドルフも部屋から退出していった。その様子を皇太子とギュンターが恭しく見送る。


そしてギュンターは私の方へと振り向いて事務的に言い放った。


「アナスタシア。あなたには我がエスト帝国の忠実なる戦士となって頂きますが、とりあえずは風呂に入って頂きましょう。それではいくらなんでも臭すぎますからね」


誰がエスト帝国の兵士になど!


腹立たしい物言いではあるが、風呂に入らせてもらえるのはありがたい。私は無言を貫きながらも、ひとまずは素直に風呂に入ることにした。


****


私はやってきたメイドの手伝いを全て拒否し、二週間ぶりに自分の体を清めることができた。


メイドの手伝いを拒否したのは信用できないから、というのもあるが吹き飛ばしてしまう可能性もあるからだ。


また、私は二週間ぶりに後ろ手に縛られた状態から解放された。ずっと拘束されていたおかげで腕の感覚がおかしくなってしまったが、久しぶりに手足を自由に動かせる喜びは何物にも代えがたい。


ただ、魔封じの縄から解放された代わりに私は魔封じの首輪をつけられてしまった。固い金属製の無骨な首輪で、鍵が付いているため自分では外すことはできない。


結局私は虜囚のままということだ。


束の間のリラックスできる時間はあっという間に過ぎてしまう。私が風呂から上がると、まるで下着のような卑猥な服が用意されていた。


くそ、こんな破廉恥なものを着ろと言うのか。これではまるで……。


だが、裸のまま、というわけにもいかない。私は仕方なく用意された服に袖を通す。


だがそれは体を隠す面積が小さく、私の胸を、そして体のラインをイヤらしく強調しており、まるで男を誘っているかのようなものだ。


恥ずかしい!


私はその上にバスタオルを巻いて風呂場を出る。メイドにバスタオルを取られそうになったが断固拒否した。


だがこの格好で、しかも魔法を封じられているとなると脱走することも難しいだろう。


そうしてそのまま連れて行かれた先は地下牢だった。牢屋というには豪華だが、窓はなく鍵も外からかけるようになっている。


ベッドはキングサイズの上質なベッドがしつらえてあり、その隣には私が着させられているような服が並べられている。


つまり、ここはそういう場所なのだろう。


だがきっと、きっとロー様が、精霊様がたが、そして女王様が私を守ってくださる。


そう信じて私はどれだけかかったとしても耐え抜くことを決意する。


だが、そんな私の決意とは裏腹にそのまま扉が閉められ、外から鍵がかけられた。


そして扉の覗き窓が開けられ、そこからギュンターの声がする。


「それでは、あと一年後に会いましょう。それまでパンと水だけで生きられると良いですね」

「え?」


そうして覗き窓が閉じられると部屋を照らしていた明かりも消え、そして完全な闇に包まれたのだった。

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