side. アナスタシア(11)

殿下が私に手渡してきた王の玉璽によって印の押された命令書を見た私は血の気が引いた。


『アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレット公爵令嬢にエスト帝国魔術師団長ギュンター・ヴェルネルへの輿入れを命ずる』


私は慌てて抗議するが、殿下は全く意に介した様子もない。


「玉璽が押されている以上、これは王命だ。これを拒めばお前もラムズレット公爵家も晴れて反逆者だな」

「ぐっ」


だが、こんな話はあり得るのか? いくら王家とは言え、公爵家に何の断りもなく他国の、しかも家柄の全く釣り合わない男の元に嫁げなど。


殿下が私を連行するように命じ、アレンが私を守ろうと動き出したので慌てて制止する。


今アレンが歯向かえばアレンは反逆者だ。いくら公爵家でも王太子が玉璽を根拠に命じたことに公然と反旗を翻し、それを実力で阻止したとなれば守り切ることはできない。


「待て、アレン! こんな話をお父さまが了承したとは思えん。まずはお父さまに伝えてくれ」

「うっ、わかりました」


私はアレンに受け取った命令書を託すと騎士たちに周りを囲まれる。


要するに逃げ出せないようにするためだ。


ん? 騎士? こいつらは騎士なのか?


その風貌や所作を見てそんな疑問が頭の隅に浮かんだが、あの女に何か言われたらしいアレンが剣に手をかけたのを見た私は慌てて止める。


「アレン、私は大丈夫だ。私を信じろ」

「くっ」


そうして私は騎士たちにまるで連行されるかのようにして用意された無骨な内装の馬車に乗り込んだ。


抗議の意味を込めてエスコートは拒否する。


そうして乗り込んだところで私は決定的な疑問に思い至る。


無骨な内装の馬車? なぜ王宮の馬車に王家の家紋が入っていないのだ?


「はっ、まさかお前たちは!」

「そういうことだ。お前はそっちの王太子サマに売られたんだよ。エスト帝国にようこそ」


反応の遅れた私は複数の男たちによってあっという間に取り押さえられてしまう。そして後ろ手に縛られ、猿轡さるぐつわをかまされた状態で大きな袋に入れられた。


暗い。苦しい。


ああ、私は馬鹿だ。常識に囚われて何も見えていなかった。


アレン!


助けて……!


****


どうやら、私は何回か馬車を替えた後、下水道を通って王都から秘密裏に連れ出されたようだ。そして今は再び馬車に乗せられたようで、どこかへと運ばれているらしい。


というのも、何回か宙に浮いたような感覚があったので、それがきっと馬車から馬車へと荷物として私を積みかえた時の感覚ではないかと思う。そしてその後誰かに担がれて連れて行かれたのだが、その時に鼻が曲がるような匂いと水の音が長時間聞こえたので、これはおそらく下水道のはずだ。


しかし、エスト帝国にこの下水道の事が知られているのはまずいのではないか?


王都が攻められた時に城壁の意味が無くなってしまうだろう。


と、そこまで考えたところで思わず小さく笑ってしまった。


殿下に、次期国王にこれほどの仕打ちを受けてまでなぜ私はこの国の事を気にしているのだろうか?


そんなことを考えていると馬車が止まり、そして私は再び担ぎ上げられるとしばらく運ばれ、そして乱暴に地面に置かれた。


そして袋の口が開けられ、私は久しぶりに袋から出ることができた。そして猿轡が外されたので目の前の男たちを睨み付ける。


「はぁ、はぁ、お前たち、私にこのようなことをしてタダで済むと思うなよ?」


目の前のガタイの良い男、この男が私を運んでいたのだろう。そして更には 10 人ほどの男たちが私を取り囲んでいる。


「おうおう、ラムズレット公爵家のお嬢様は怖いねぇ」


ガタイの良い男がニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべながらそう言った。他の男たちも私の体を上から下まで舐めまわすように見ている。


「でも、タダで済むんだな。何故ならお前は王太子様に売られたのさ。そんで、お嬢様の実家は近いうちに国家反逆罪で全員処刑予定だからな。外国から攻められてるのに協力しないなんて、反逆者だもんなぁ? ま、全部俺らの計画通りなんだけどな」


そう言うと周りの男どもギャハハと下卑た笑い声をあげる。


「で、あんたの買い取りをご希望されたのが我らがエスト帝国の魔術師団長サマってわけだ」

「私はそんなやつの妻になど!」


私は怒気をはらませて強く言うが、その返事は予想外のものだった。


「あー、そういうんじゃないらしいから」

「……は?」

「まあ、よく知らないけどよ。五体満足でさえあれば心は壊れてて良いんだとさ。というわけで、今日からエスト帝国の帝都に着くまでの間、毎晩俺ら全員でマワさせて貰うからよろしくな?」

「え……?」


おぞましい! アレン以外の男のものを受け入れるなど!


私はとっさに魔法を使って抵抗する。


「マナよ、万物の根源たるマナよ。氷の槍となりて我が敵を撃て。氷槍!」


しかし、慣れ親しんだはずの魔法は発動しない。


「な、なぜ?」

「お嬢様、お勉強はできるそうだが随分と頭が悪いみたいですねぇ。お嬢様を縛っているその縄には魔封じの効果があるんですよ。魔術師団長サマに頂いた優れモンなのさ」

「そ、そんな……」


唯一の抵抗手段も既に取り上げられていたことを悟った私の心を絶望が支配する。


「さて、それじゃあよろしくお願いしますよ」

「い、いやっ!」


私は後ずさるが、すぐに壁際に追い詰められてしまう。


「ギャハハ、かわいい声も出せるんじゃねぇか」


そう言って男たちは汚らわしい手を私へと伸ばしてきたのだった。

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