第76話 町人Aは悪役令嬢を変態に診てもらう
『うーん、なるほど。なるほどなんだお。これは許せないんだお。一体どこの誰がこんな酷いものを作ったんだお! 作ったやつは頭おかしいんだお!』
変態がアナの額に手を触れながら何やら憤慨している。
俺としても感謝はしているのだが、どうにもこいつにアナを触らせるとアナが穢れそうな気がして何となくそわそわした気分になる。
だが、これも治療のためだ。仕方ない。
『分かったんだお。診断結果を教えるお。ミリィたん、体を借りるお?』
変態がそう言うとミリィちゃんはこくんと小さく頷いた。
次の瞬間変態がミリィちゃんの頭の中に入り込み、ミリィちゃんががっくりとうな垂れる。
「っ!」
その様子に息を呑んだエリザヴェータ様が慌ててその体を支える。
「大丈夫ですよ、リザ。今ミリィの体は光の精霊である私が動かしています。私の名はロー、無私の大賢者ロリンガスに連なる者です」
「えっ? ロ、ロリン、ガス……先生?」
エリザヴェータさんが目を見開いて驚いているのを俺は生暖かく見守る。
流石にここに水を差すほど俺は捻くれてはいない。
「リザ、あなたの娘はとても強く、心優しい女性に成長したようですね。そしてあなたも、母として随分と立派になりましたね。その成長をロリンガスも嬉しく思っています」
「う、あ、あ、あ、先生!」
エリザヴェータさんが人目も憚らずミリィちゃんの小さな体に抱きつくと号泣してしまった。
ミリィちゃんの体を動かしている変態はエリザヴェータさんの頭をその小さな手で抱えると優しくトントンと叩く。
その様子を見て俺は、いや、うん。何も言うまい。
そうしてしばらくするとエリザヴェータさんが落ち着いてきた。
「も、申し訳ございません。とんだ醜態を」
「構いません」
そう言って変態はミリィちゃんの顔でニッコリと微笑んだ。
エルフの美幼女のその微笑みはまさに天使の微笑みというに相応しいもので、エリザヴェータさんも思わず笑顔になっている。
だが、中身を知っている俺としてはどうしても普通に受け取ることができない。
いや、この変態は良い変態なのだが……。
はあ。世の中知らない方がいい事ってあるんだな。
本当に。ああ、本当に……!
「さて、診断結果をお伝えします」
変態は真顔になってそう言った。
「はい」
「結論から言いましょう。アナスタシアの魂は今、心の奥深くで眠った状態にあります」
「そ、それで娘は目覚めるのでしょうか?」
「死んだわけではありません。理屈の上では目覚めますが、少なくとも私にはできません」
「え?」
「ど、どういうことだよ?」
エリザヴェータさんは泣きそうな顔になり、俺は思わず強めの口調で質問してしまった。
「今のアナスタシアは、自分で自分の魂を封印した状態にあります。そして、これをしていなければ今頃彼女の魂は引き裂かれて失われていたことでしょう」
「じゃ、じゃあその封印を解けばいいんじゃないのか?」
俺は縋るような思いで変態に質問する。
「その通りです。ですが、封印を解くための鍵が分からないのです」
「え?」
「封印を発動させた力は私の力です。アナスタシアを祝福した時に、その髪飾りを通じて私の力を貸し与えられるようにしておきました。私の力なのですから、当然どのように封印がなされたのかも分かります。ですが、自分の魂を守るための封印ですから、簡単に解くことはできないのです」
そう言ってから「ふう」と一息つき、それから変態は再び言葉を続ける。
「封印を解くには鍵が必要となります。この娘が心の底から大切にしている人や物、思い出、場所、あるいは楽しみにしていた何かかも知れません。何を鍵にして封印をしたのかが分かれば封印は容易く解かれることでしょう。ですが、無理に解けば魂は壊れ、失われてしまいます。そうなれば、もう元に戻すことはできません」
「ああっ」
エリザヴェータさんは顔を覆ってしまう。
「ですので、今この場でできることは何もありません。封印の鍵を探すのはあなた方のほうが適任でしょう。ああ、それとなぜ魔封じの首輪をつけているのかは知りませんが、これは意識が戻るまでそのままにしておいて下さい」
「え? いや、これはあいつらがつけたやつで……」
「なるほど。そういう事でしたか。これは鍵が無くても壊せば外れます。単に魔法が使えなくなるだけの代物ですから心配はいりません。ただ、この状態で外せば何かの拍子に魔法が暴発する恐れがあります。ですので意識が戻るまでは外さないようにしてください」
「そうか……わかった」
こう言うのを聞いていると本当に大賢者っぽいなと思う。
もはや俺には別人にしか見えないわけだが。
「それよりも、アナスタシアさんをこのような状態にした魔剣のところに案内してください」
俺は頷くと、ミリィちゃんとエリザヴェータさんを連れて自分の部屋へと向かう。
そして扉を開けてアナの部屋から出てみると、何故かぐったりして壁にもたれかかって座っている公爵様とフリードリヒさんの姿があった。
そんな二人を心配そうにメイドたちが介抱している。
「公爵様?」
「あなた? フリードリヒ?」
「大丈夫です。じきに立ち上がれるようになります。私の契約者であるミリィに対して不埒な事を考えている者は、ミリィに近づこうとするとこうなります。本気で危害を加えようと思っていれば命を奪うようにしてありますので、あの程度で済んでいるという事は何か打算的な事でも考えていたのでしょう。さあ、案内を続けてください」
「……ああ」
こ、怖ぇ。変態の幼女にかける情熱はマジで半端なかった。
こんなオート防御があるならそりゃあ、女王様も外出を許すわけだ。
ん? ということは俺もアナも?
どうやら表情に出ていたのか、変態が俺の疑問にまるで心を読んだかのように答える。
「アレン、そういう事です。アレンもアナスタシアも、そしてリザも、ミリィを見て利用しようなどといった邪な考えを一切持たなかったということです」
「お、おう」
い、いや、待て? 張本人のお前は……あ、ええと、うん。何も言うまい。
そして俺の部屋に入ると、俺は魔剣の収められた包みを差し出した。
「なるほど、これが魔剣ですか……」
変態は床に置くように身振りで指示を出す。どうやらミリィちゃんの体では重くて持てないようだ。
そして変態が床に置いたそれを触ると俺の作った鞘っぽい包みがサラサラと砂に戻り、魔剣がその姿を現した。
変態はミリィちゃんの体で躊躇なく床に置かれたその柄を握る。
「あ、危ない!」
俺がそういうが特に何かが起きたような感じはしない。
「なるほど。やはり間違いないようですね」
変態はとても悲しそうにそう呟くと、何かの魔法を使った。
眩い光が辺りを包み込み、そしてすぐに魔剣に収束して消えた。
「これで魔剣は封印されました。これをエルフの里まで運んでください。この剣はこの世にあってはならないものです」
「え?」
「この剣は、数多くの幼い子供たちに虐待を繰り返して絶望を与え、愛情に飢えた状態で殺した魂を材料に作られた魔剣です」
「は?」
あまりの内容に俺は絶句してしまう。
「これを浄化できる者は人間の世界にはいないはずです。できるとすれば聖女、その中でも慈愛の聖女と呼ばれる存在でなければ不可能です」
「え? 慈愛の聖女?」
予想外の単語に俺は思わずそう聞き返した。
「はい。聖なる祝福を受けた者が神器によってその願いを認められ、導かれた女性の事を聖女と呼びます。ただ、聖女といっても治癒の得意な癒しの聖女、祝福の得意な祝福の聖女、珍しいものですと拳で戦う拳闘の聖女などという存在も過去にはありました。その中でもとりわけ死者や弱き者、傷ついた者の心を救う祈りと言葉を得意とする聖女が慈愛の聖女です」
なるほどね。全てが一本につながった。つまり、そういうことか。
「ですが、私の知る限り今この世界にそのような人間は存在していません。であれば、エルフの里で私が数百年の時をかけて少しずつ浄化するのが良いでしょう」
「お、おう」
「ロー様、ありがとうございます! どうか、どうかよろしくお願いいたします」
そう言ったエリザヴェータさんは涙を流して感激した様子だ。
「はい。それでは、後は頼みましたよ」
そう言うと変態はすっとミリィちゃんの中から抜け出してきた。倒れそうになるミリィちゃんをエリザヴェータさんが慌てて支える。
そしてミリィちゃんの中から出てきた変態は開口一番、こう言った。
『あー、疲れたお。やっぱりこういうのは肩が凝るんだお』
もう……何も言うまい。
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