side. アナスタシア(7)

アレンが寮から姿を消したことに気が動転した私は、もう夜も遅いというのに急いで馬車を出すと王都邸へと向かった。お父さまに会って何とかアレンを探し出してもらうためだ。


あんな別れなど認められない。


それに責任を負うべきは私のはずだ。


そして王都邸に到着した私は急いでお父さまの部屋へと駆け出す。


「お父さま! お父さま! アナスタシアです。どうか! どうかお話を!」


礼儀も何もあったものではない。こんな振る舞いは公爵令嬢として失格だ。だが私はそんなことが気にならないくらいに焦っていたのだ。


このままアレンがいなくなってしまう気がして、もう二度と会えない気がして。


そう思うと居ても立っても居られなくなってしまったのだ。


「アナ、どうしたのだ? こんな時間に。帰ってくるのは明日ではなかったのかね?」

「それがっ!」


私はしどろもどろになりながらも何とか今日起こったことを説明する。そして決闘を無理矢理申し込まされたという話を聞いたところでお父さまが口を開いた。


「なるほど。前から話は聞いていたし随分と愚か者になったと聞いていたが、もうそこまでになったか。こうなると婚約の継続は難しいな」


お父さまはやはり国の事だが、そんなことよりも今はアレンの事だ。


「そんなことよりも! 同級生が私の代理人として戦い、王太子殿下、クロード王子、マルクス、オスカー、レオナルドの 5 人が! それで、その! その全員を倒して勝って! あ、どうか、どうか彼の命をお救いください!」


少しの間沈黙し、そしてお父さまが驚きの声を上げる。


「なんだとっ! その 5 人に 1 人で勝っただと!?」

「はい。彼は我が国が失ってはならない天才です。どうか! どうか! 私にできることならなんでもします! ですからどうか!」

「アナ、落ち着きなさい」

「あ……」


そう言ってお父さまは私を宥めて落ち着けるとセバスがお茶を運んできてくれた。私の大好きないつものアールグレイだ。


「こんなに取り乱してアナらしくもない。一体誰がその 5 人に勝ったというのだ? あの学年では最強の 5 人ではないか。上級生でもそこまでの男はいなかったはずだぞ?」

「それが、特待生のアレンという男性で」

「アレン? なるほど。そういうことか。確か平民の冒険者だったな?」

「はい」

「なるほど。セバス、そのアレンという子供はどういった男なのだ?」

「はい。アレンはここ王都出身の母子家庭で育った少年で……」


やはり調べていたらしい。セバスが私の知らないアレンの秘密を次々と明かしていく。何だか秘密を暴いている気分でとてもイヤな気持ちになる。


「なるほど。史上最年少 C ランク冒険者にして迷宮踏破者でゴブリンとオークのスレイヤーか。凄まじいな。そのうえで勉強でもトップクラスどころか、学校制度始まって以来の天才なのか」

「そうなんです! しかも真面目で好感の持てる性格をしており。あ、アレンは実力を隠していたようで、殿下の暴走した魔法を風魔法で消してしまえるほどの魔法の使い手だったんです」


私はアレンの良いところをお父さまに積極的にアピールする。


「全く。これではアナも殿下の事を笑えないではないか」

「え? どういう意味でしょうか?」


私はお父さまの仰る意味が分からずに聞き返すが、お父さまは曖昧に首を横に振るだけで答えてはくれない。


そして答えを教えてもらえないままに今日の事を詳しく聞かれ、そして自室へと戻された。明日の朝に彼の自宅をセバスが訪ねてくれるのだという。


きっとセバスがアレンを見つけてきてくれる。そう祈りながら私は眠りについたのだった。


****


そして翌日、アレンがセバスに連れられて王都邸へとやってきた。私がいると冷静に話ができないといわれ、監視部屋からお母さまやお兄さまと一緒に様子を監視する事になった。


私はアレンの無事な様子を見てホッと胸をなでおろす。


そして当たり障りの無い話からアレンとお父さまの会談が始まる。


それにしてもアレンは凄い。普通であればお父さまの迫力に縮み上がっておべっかの一つも使いそうなものだが、そんな様子が一切ない。お父さまが私の代理人として戦ってくれた事にお礼を言ってくれた時ですら余計なことを言わなかった。


あれならきっとお父さまも随分と気に入ったことだろう。


そしてお父さまは核心に切り込んでいく。


しかし、その時にアレンの口から語られた台詞は衝撃的としか言い表せない内容だった。


まず、昨日の別れのあいさつはやはり退学を覚悟していたからだった。だが私はそんなこと、認めない。認められるわけがない!


それにひたむきに努力している姿を人として尊敬すると言われた時は思わずにやけてしまった。


そして私とは身分が違うというその台詞はとてもアレンらしいと思ったが、同時に何故かは分からないが残念な気持ちにもなった。


だが問題はそこから先だ。


アレンは私が負けて学園から追放された場合に王位継承権争いが発生し、その混乱に乗じて東のエスト帝国が侵攻してくる可能性を指摘してみせたのだ。


なんという事だ! 私はなんと愚かだったのだ!


アレンのあまりの深謀遠慮ぶりに驚嘆するとともに、自分の視野の狭さを恥じ入る。


本来であれば、私は殿下に何を言われようとも手袋を投げてはいけなかった。その結果、アレンに尻拭いをさせてしまい、この天才の未来を棒に振らせてしまったかもしれないのだ。


貴族として、などと偉そうなことを言っていたが、まるでなっていなかったのは私だ。


殿下の事を笑えない、昨晩お父さまに言われたその言葉が私の胸に深く突き刺さる。


そして深い後悔の念にかられた私の瞳からはとめどなく涙が流れ落ちると、ドレスのスカートに染みを作っていく。


そうしているうちにラムズレット家がアレンの後ろ盾となることを約束して会談は終了した。


アレンに会うかと聞かれたが、これほどまでに泣き腫らした無様な顔で会えるはずもない。


首を小さく横に振った私をお母さまが優しく抱きしめてくれたのだった。

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