後日談第16話 元町人Aは測量する
川沿いを飛んでいると、崖線の上の台地の中に小高い丘となっている場所を発見した。丘の上には少し広い場所もありそうで、何かを建築するにはもってこいの場所に見える。
丘の周囲は深い森となっており、水が豊富にあることを示している。
あれならば農業もできそうだし、新しい町を作るにはピッタリの場所ではないだろうか?
「アレン、あの丘の上はどうですか?」
どうやらアナも同じことを考えていたようだ。
「うん、そうだね。いいと思う。もうちょっと詳しく見てみようか」
「はい」
俺は機首を丘のほうに向け、くまなく地形のデータをブイトール2に記録していく。
「……民家はなさそうだね」
「はい。この地域は辺境で、魔物の駆除ができていませんから」
「そっか。義父上はそれもあって俺たちにここを任せることにしたのかな」
「……そうかもしれません。こういった場所であっても魔物を駆除し、民が安心して暮らせるようにすることは私たちの責務ですから」
「そうだね。俺もそう思うよ」
真剣な表情で
……きっと、アナとしてはラムズレット公爵家のときに終わらせておきたかったことなんだろうな。
「でも魔物がいるなら、町としてはいい面もあるよね」
「それは……そうですね」
そう。魔物がいるということは決して悪いことばかりではないのだ。町の周囲に魔物がいれば魔石という資源を求め、冒険者が集まってくる。そして冒険者が集まれば宿屋が儲かり、商人だって儲かる。そうすれば宿屋に食材や消耗品を提供する人たちが儲かり、経済が回っていく。そうすることで町は発展していくのだ。
そうこうしているうちに、目星をつけた場所の測量が完了した。
「よし、大体いいかな。もう少し調べたら帰ろうか」
「はい」
こうして俺たちはさらに周辺一帯の測量を終え、ヴィーヒェンへと帰投するのだった。
◆◇◆
ヴィーヒェンへと戻ってきた俺たちはちょうど執務が終わったという義父上の執務室を訪ねた。
「義父上、ただいま戻りました」
「おお、二人とも良く戻ってきたな。どうだったかね? いい場所は見つかったかね?」
「はい。海から川沿いに少し行ったところにちょうどいい丘がありました」
「ほう」
「地形図もつくりまして、こんな感じになっていました。地質とかはまた調べる必要がありますが……」
俺はそう言って測量結果を羊皮紙に転写した地図を差し出した。
「む? これは何かね?」
「地形を精密に書き込んだ地図です。書かれている細い線が十メートルで、太い線が五十メートルです」
「む? むむむ? こ、これは……アレン、あの場所には今日初めて行ったのだよな?」
「え? はい。そうです。ブイトール2を作って、それに測量の機能を搭載しました」
「ううむ、まさかこのようなことが……」
そう言うと、義父上は難しい表情になった。
「お父さま、アレンはこの力を民のために――」
「アレンがおかしなことを考えるような男ではないということくらいは分かっている。だがな。たった一日でこれほど精巧な地図が作れてしまうとなると、これが世間に知られれば大変なことになるだろう」
「ですが義父上、俺のことはもはや今さらではありませんか?」
「それはそうだが……この地図がエストの連中の手に渡るとなると、な」
義父上はそう言って眉間にしわを寄せる。
なるほど。それはたしかにそうだ。侵略に使うなど思いもしなかったが、たしかにこのレベルの地図があれば、エスト帝国のセントラーレン王国への侵略はもっと容易になっていたに違いない。
逆は……どうだろう。活用できていたかは微妙だっただろうな。
「ですがお父さま、このような地図があればもっと開発もしやすくなります」
「それはそうだな。だが、このあまりに精緻な地図は機密扱いしておいたほうがいい。余計な火種になりかねん」
「はい。わかりました。他人に渡すときはほどほどのものにしておきます」
「うむ。そうしなさい」
義父上は真顔のまま
「それで、どこに迷宮を作る予定なのかね?」
「はい。この丘の頂上に風の神様と氷の女神さまを祀る神殿を建て、その地下に迷宮を作ろうと思います」
「そうか。うむ。信仰が絶えぬようにするのであれば最初から神殿とするのはいい案だな。建築家の当てはあるのかね?」
「いえ、そのことと、あと町づくりについても相談しようと思っていました」
「ふむ、なるほど。神殿の建築は我が国の名工たちを派遣してやろう。だが、町づくりは自分たちで考えなさい。ただ、神殿を中心とした町となると、概ね作りは決まりそうではあるな」
「わかりました」
「あと、これを貸してやろう」
義父上はそう言って、紙の束を差し出してきた。
「これは?」
「我が国の主要都市の地図だ。参考になるだろう」
「ありがとうございます!」
俺たちはそれからいくつかの報告をしたのち、義父上の執務室を後にしたのだった。
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