第28話 町人Aは授業を受ける
さて、俺が高等学園に入学してから一週間が経過した。案の定というか、なんというか、俺は孤立しており、誰一人俺に話しかけてくる人はいない。
完全なるボッチという奴だ。
ちなみに入学の日に唯一話しかけてくれたエイミーは無事に王太子との出会いイベントをこなしたようで、俺には興味がなくなったようだ。
王太子はエイミーに「元々平民だったエイミー嬢は色々と分からないことが多くて大変だろう」などと言ってはあれこれと世話を焼いているが、本物の平民の俺には用が無いらしく、教室では無視されている。
廊下ですれ違ったら俺は頭を下げなければいけないので話す機会など皆無だ。ちなみに寮では個室が与えられているのだが、お貴族様と平民では建物がそもそも別なので会うことすらない。
いやはや、周りから無視されることは想定していたが、エイミーのように一度話しかけられてから無視されるというのは思ったよりも精神的にきついものだ。
さて、今日は【癒し】の加護を持っているはずのエイミーが治癒魔法を使うイベントの日のはずだ。授業のオリエンテーションもひと段落し、今日からは本格的な授業が始まる。
まずは魔法演習の授業だ。
俺はクラスのお貴族様たちの後を追って演習場へと移動する。
「はい。それでは授業を始めます。既に魔法を使える人には退屈かもしれませんが、まずは制御をしっかり覚えてください」
先生がそう説明すると、生徒に呼び掛ける。
「既に魔法が使える人は挙手を」
先生の呼び掛けに応えてパラパラと手が上がった。もちろん俺も挙手する。
あれ? でもそもそも魔法の入試があったんだから入学した時点で全員使えるんじゃ?
実は魔法を使えなくても入学できたりするのか?
ぐぬぬ。努力が無駄になったわけではないがそれはそれで何だか悔しい。
「はい。それでは、カールハインツ王太子殿下。簡単なもので構いませんので少し見せて頂けますか?」
「ああ。任せておけ」
そう言うと王太子は自信満々に前に出ると詠唱を始める。遠いので何と言っているのかは分からないが、火球を生み出すと的に向かって飛ばし、そして直撃させた。
パチパチパチパチ
クラス中から拍手がわき起こるので俺も長いものに巻かれて拍手をする。
ちなみに、王太子は【炎魔法】と【英雄】というまさに物語の主人公のような加護を持っている。ゲームだと【英雄】の加護は仲間を率いる時に自分と仲間にバフが乗る感じだ。
「このように、正しい制御を行えばあれほど遠い的にもしっかりと命中させることができるようになります。逆に、制御ができていないと的に当たらなかったり、酷い時は手元で暴走することもあります」
先生は魔法を使う上での注意事項を説明していく。
「では、次は、アナスタシア様」
「はい」
アナスタシアが先生に指名されて位置に付く。この時アナスタシアと王太子は言葉を交わさないどころか視線すら合わせなかった。いや、アナスタシアは王太子に礼をしたのだが、王太子が無視したのだ。
どうやらこの二人の関係は現時点でも相当にこじれているようだ。
続いてアナスタシアが氷の矢を作り出すと的に向かって撃ち込む。アナスタシアの放った氷の矢は的を破壊して後ろの土壁にぶつかって止まった。
パチパチパチパチ
またもやクラス中から拍手がわき起こる。どうやら現時点で王太子よりもアナスタシアの方が魔法の能力は上なのかもしれない。
ちなみに、アナスタシアの加護は【氷魔法】と【騎士】だ。二つの加護を持っている登場人物は王太子とアナスタシアしかいない。
しかし、王太子は婚約者に面子を潰されたと思ったのか、顔を真っ赤にしてやり直しを要求してきた。
「アナスタシア、俺が手加減したというのに的を破壊するとは。俺の顔を潰したいのか?」
「いえ、そのようなことは……失礼いたしました」
アナスタシアはそう言って黙って頭を下げる。
「まあいい。俺のフルパワーを見せてやろう」
そう言うと王太子は詠唱を始める。
「殿下、いけません!」
アナスタシアが王太子を止めようとするが時すでに遅く、王太子は手元に巨大な火球を作りだす。
「く、うぅぅ」
「殿下!」
王太子がうめき声を上げ、そしてアナスタシアの悲鳴にも似た声が響く。
そして次の瞬間、王太子の火球は暴走した。
手元で火球は爆発し、辺り一面を包み込むように炎が広がっていく。しかし次の瞬間、アナスタシアが周囲を凍り付かせて王太子の暴走した炎をあっという間に鎮火した。
「殿下!」
「カール様ぁ!」
エイミーが心配そうな様子で、しかし甘い声で王太子の下へと駆け寄る。そして治癒魔法を発動して火傷を負った王太子を治療し始めた。
「なっ!?」
アナスタシアはその様子を驚いた表情で見つめており、見ている先生も治療を止めない。
そうして 10 分ほどで王太子の火傷はすっかり綺麗に治ったのだった。
あれ? こんなに時間かかってたっけ? ゲームではそんな描写されてなかっただけか?
「エイミー、これは……」
そう言って王太子は驚いた様子でエイミーを見つめている。
「殿下!大丈夫ですか?」
アナスタシアはハンカチを王太子に手渡そうとするが、王太子はそれを拒否して立ち上がるとエイミーの両肩に正面から手を置いて礼を言う。
あー、あったね。そんなイベントスチル。
「エイミー、ありがとう。素晴らしい力だな」
「そ、そんな。あたしはただカール様のためを思って……」
その様子を見たアナスタシアの眉がピクリと動くが、そのまま何も言わずに背を向けて下がっていった。
その様子をエイミーがちらりと見て、僅かに口元がニヤリと笑ったように見えたのは俺の気のせいだろうか?
「きょ、今日の授業はこれで終わりとします。魔法がどのようなものかが分かったと思いますので、皆さん今日からしっかりと訓練していきましょう。それでは解散です」
先生はそう言うとそそくさと演習場から出て行ってしまった。
というわけで、これがイベントだ。きちんと止めない先生も先生だし、子供じみた対抗心で余計な恥をかいた上に授業を滅茶苦茶にした王太子が、暴走を止めてくれた本来の立役者である婚約者の悪役令嬢を邪険に扱い、エイミーだけに感謝をする。
ゆるゆるでご都合主義の乙女ゲームのイベントとはいえ、こんなおかしな茶番を目の前で見せられるのは気分が良くない。
そう思いつつも俺が今何かできるわけでもない。俺は素直に演習場を後にしたのだった。
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