第29話 町人Aはクラスの雰囲気に辟易する

魔法を暴走させて怪我をした王太子をエイミーが治療して以来、当然の帰結なのかもしれないがエイミーに対して大なり小なりの嫌がらせが行われるようになった。


例えば、エイミーが教室に入ってくるとひそひそと、しかし聞こえるような大きさの声で元平民、マナーがなっていない、娼婦の子供、臭いなどと事実かどうかに関わらず噂をしたり、わざと無視をしたりしている。


他にも女子寮でたまに持ち物が無くなったりしているという噂も聞いたが、これについては良く知らない。


さて、ゲームではこの教室での嫌がらせを主導しているのはアナスタシアのいわゆる取り巻き令嬢たちと思われる。


思われる、というのはゲームでは内乱騒ぎの後学園から姿を消したからだ。明確な描写は無かったが、いくつかの貴族家が取り潰しになって学園をやめた生徒がいると書いてあったので多分そういう事なんだと思う。


ちなみに、アナスタシアはそう言った現場を目撃した場合は下らないイジメはやめるように注意していたのを俺は何度も目撃している。


俺は普段、【隠密】を使って情報収集をしているのだが、俺が見たその時のアナスタシアは割と厳しめに注意していたので、本当に止めようとしているのだろう。


さて、一方のエイミーはというと、そのイジメを受けているのをダシにして王太子たち攻略対象者に猫なで声ですり寄っている。何やらゲームのエイミーと随分性格が違うような気もするが、ゲームではイベント以外の場面は描かれていなかったのだし、本当はこうだったのかもしれない。


それに、平民として生きてきた女の子がいきなり男爵家に引き取られて貴族ばかりの学園に入学してイジメられる。それを王太子様や有力貴族の息子たちが庇ってくれるというなら依存して媚びを売るのも仕方ないのかもしれない。


と、まあこんな状態なので早くもクラスの雰囲気は最悪だ。


クラス内の女子はアナスタシア派と王太子派に分かれている。


アナスタシア派はさっき説明した通りでエイミーを排除したがっているのだろうが、アナスタシア自身が止めているのと人数が圧倒的に少ないことからそれほど勢いがあるわけではないようだ。


一方の王太子派も一枚岩ではないが、アナスタシアを追い落とすためにエイミーを利用しているように見える。ただ、王太子派もエイミーの事は良く思っておらず、陰口を叩いたり嫌がらせをしたりしているのをとてもよく見かける。


また、王太子は王太子で行動に随分と問題があり、婚約者であるアナスタシアがいるにもかかわらずエイミーばかりを構ってアナスタシアとは必要なとき以外は会話すらしていない。


そのせいでアナスタシアを蹴落とせると考えて周りがあれやこれやと画策しているようなのだが、正直いい加減にしてほしい。


王族にしろ貴族にしろ、俺たち平民から税金を巻き上げて贅沢な暮らしをしてやがるんだからせめて責任くらいは果たしてほしい。


特に王太子は未来の王様として国をまとめなきゃいけないのにクソすぎるだろ。アナスタシアはこの国最大の小麦の生産高を誇る南部の穀倉地帯を支配するラムズレット公爵家のご令嬢だ。


この政略結婚の意味くらい分かるだろうに!


一方でエイミーのブレイエス男爵家はいわゆる普通の貴族家だ。とりわけ貧乏なわけでも金持ちなわけでもないし、これといって強力なコネがあるわけでもない。


そんなブレイエス家としては庶子でも王妃が出れば利は大きいのだろうが、国としては混乱は避けられない。


俺が習ってきたこの国の歴史を振り返っても、実家の後ろ盾が弱い正妃が上位貴族の娘に取って代わられたなんて話は山ほどある。例えば実家が没落して相応しくないと無理矢理離婚させられたとか、酷い時は暗殺なんてのもあったそうだ。


だから、王太子はアナスタシアを正妃としてエイミーを寵姫、つまり愛人として囲うというのがこの国では正しいやり方だ。


一応、この国は一夫一婦制なので側室を持つことはできないが、金持ちは公然と愛人を囲っているし、それを非難するような声を俺は聞いたことがない。


まあ結局この世界はあの腹立たしい乙女ゲームの世界で、運命シナリオ通りに王都は、そして俺も母さんも師匠もモニカさんも冒険者の先輩方も皆で破滅への道をひた走っているという事なのだろう。


憂鬱な気分になった俺は一つ大きくため息をつくと歩いて教室へと向かう。


こうして今日も空気として教室の隅に座るだけの一日が幕を開けたのだった。


あ、ちなみに俺は順調に置き物ポジションを確立したぞ。誰も話しかけてこないし、俺は平民だから授業で必要なとき以外はお貴族様に話しかけることもできない。多分影は薄いしいつもどこにいるのかわからないが一応勉強だけはできる平民、という扱いになっているのではないだろうか?

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