第83話 町人Aは悪役令嬢のリハビリを手伝う

アナの誕生日の翌朝から、俺は精力的に仕事をこなしつつ空いた時間でアナのリハビリを手伝っている。


というのも、これだけの長い間寝たきり状態だったためすっかり体が弱ってしまっていたのだ。


最初は満足に立ち上がることもできなかったが、今では支えがあれば歩けるまでに回復している。


元のように剣を振るい魔法を操れるようになるにはどれくらいの時間がかかるのかは分からない。だが、アナの状態は日に日にうわ向いていっており、その事が何物にも代えがたく嬉しいのだ。


アナとしては俺がプレゼントした空騎士の剣をどうしても使いたいらしい。もちろん協力はするつもりだが、俺としてはあまり剣を使うような状況になどなって欲しくないので複雑な気分でもある。


ただ、こうして隣でアナが笑ってくれていて、そして生きていてくれる。


それだけで俺は、いや俺たちは幸せだ。


それと幸いなことに、魔剣を握らされてからの事をアナはほとんど覚えていないらしい。魔剣の精神攻撃で心に深い傷を負わずに済んだ事だけは不幸中の幸いだったと言えるだろう。


ただ、暗闇に一人でいることは怖いらしい。眠る時は常に明かりを近くに置いていて、そして寝付くまでエリザヴェータさんがベッドサイドで見守っていてくれているそうだ。


早く眠る時も俺が守ってあげられるようになりたいものだ。


それと、俺はアナが誘拐されてからこれまでの状況を説明した。


証拠が多数あるにもかかわらず王は王太子を庇い、そして王太子は自分の罪を認めなかったこと、俺が誘拐の実行犯を殺したことやアナが嫁いでこなかったことを口実にエスト帝国が戦端を開いたこと、さらにそれが原因で学園が休校となったこと、志願制ではあるものの学徒出陣で学生までもが出陣したことなどを聞いたアナは、予想通りとても悲しそうな表情をしていた。


アナはラムズレット公爵家の令嬢として、未来のセントラーレン王国の国母として、より良い国とするために俺から見れば過剰とも思える程に滅私奉公をしてきた。


そしてそれは全て貴族としての責任感からの行動だ。


だがそうして積み重ねてきたものが報われず、崩壊に向かってひた走っているというのはやはり悲しいのだろう。


それと、俺の功績を認めずに騎士爵で済まそうとしたくだりなどは自分の事のように憤っていた。


「それだけの功績をあげた者を適切に遇せぬのなら上に立つ資格はない。大体、ブルゼーニ全土を支配下に置くなど、建国以来初ではないのか?」

「言われてみれば確かに。最初から揉めてたんだよね」

「ああ、そうだ。だが王家はいつからあんな風になってしまったんだろうな。そもそも建国王は民を守るために先頭に立って戦い、敵を打ち破ったことで王となったのだ。民のために戦えないのであれば王など辞めるべきだ」


そう言ってアナはかぶりを振る。


「それに王太子殿下もまさか出征を志願しなかったとはな。もはや王家は終わりだな」


アナはそう言って遠くを見た。そこには以前のような「国のために」といった意志は感じられず、どこか他人事のように俺には見えた。


俺はそんなアナを見つめながら、かわいいな、などとバカバカしいことを考えていた。


「ん? どうした? 私の顔に何かついているのか?」


そんな俺の視線に気付いたのか、アナが怪訝そうな顔をしてそう言ってきた。


「え? いや。遠くを見ているアナもかわいいなって」

「なっ! ばかっ! いきなり何を言い出すんだ!」

「そう言って真っ赤になるアナもかわいいし怒っているアナもかわいい」

「お、おい! アレン! お前、どうしたんだ!」

「ま、まあ、なんだ。その、病気になった」

「なっ! は、早く医者を!」


そう言って焦って青くなるアナを見て俺はふっと小さく笑う。


「アナのことを一日中見ていたい病気」


俺がそう言うとアナはまた顔を真っ赤にした。


「ば、馬鹿なことをいうなっ! 私はっ! 心配したんだぞ!」

「ごめん。でも、俺のほうが何百倍も心配した。だから、アナがこうしてかわいい反応してくれるだけでも嬉しいんだ」


俺がそういうとハッとしたアナは真っ赤になりながらも俯いては小さく呟いた。


「……ごめん」

「いいよ。だって、こうしてちゃんと戻ってきてくれたから」

「アレン……」

「絶対に、もう離さないから」

「ああ。もう、絶対にアレンを置いてはいかない」


俺はそっとアナを抱きしめ、アナはそんな俺をぎゅっと抱きしめてくれた。


俺はアナの温もりを感じると深く息を吸い込んだ。アナのいい香りが鼻いっぱいに広がり、戻ってきてくれたことへの感謝と温かい気持ちが胸を満たしてくれたのだった。

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