side. アナスタシア(6)

「ア、アレン?」


やめてくれ。お前のような才能をここで潰すなんて、許されることじゃない。


なのに、それなのに! こんなにも!


「そんなことより、アナスタシア様。早く代理人として認めてください」

「え? あ、ああ。認める」


アレンに言われてつい認めてしまい、そしてそれに気づいた私は自己嫌悪で泣きたい気持ちになる。


しかし、アレンは淡々とした様子で決闘の条件を決めていく。もはやアレンの独壇場だった。 1 対 5 で勝つと断言し、さらには決闘相手となった 5 人を次々と挑発し、冷静さを失わせていく。


そしてあれよあれよという間に交渉がまとまり、訓練場での決闘が決定されてしまった。


「それでは、アナスタシア様。俺は一度寮に戻って武器を持ってきますので先に訓練場に行っていて下さい」


アレンのその言葉に正気に戻った私は何とかこの無謀な決闘から降りさせようと説得を試みるが、私はあっさりと言い負かされてしまった。


なんとアレンは最年少 C ランク冒険者でゴブリン迷宮の踏破者だそうだ。そして更にはオークスレイヤーであり、ほぼ伝説級の魔物であるブリザードフェニックスの単独討伐すら達成しているそうだ。


正直、意味が分からない。何故そんな人物が高等学園にいるのだ?


「というわけで、勝ち確なんで大船に乗ったつもりでいてください」


アレンは笑顔でそう言うと足早に立ち去って行った。


そして私は訓練場へと向かい、アレンを待つ。終わった私などについて来ずにいればいいのに、マーガレットとイザベラは私と一緒にいてくれる。


良い友人を持ったが、この場で私の隣に立つという事は殿下に明確に反旗を翻すという宣言に等しい。そんな良い友人をこんなことに巻き込んでしまったことをとても申し訳なく思う。


そんな事を思っていると、アレンが訓練場に姿を現した。至って軽装で、持っている武器は短剣一本だけだ。


「アレン!」


どうしてもっとちゃんとした武器を持ってこないのだ!


そう言おうと思ったのが、私の口から出た言葉は彼の名前だけだった。


だがそれに対してアレンは「よかった」と言ってのけたのだ。


「何が良かっただ、この馬鹿者が」


私はついアレンにそんなことを言ってしまう。


「あ、いえ。アナスタシア様はお友達に大事にされているなって思ったらつい」

「なっ」


そう言われた私はきっと赤面していることだろう。


何なのだ! アレンは! 自分の命がかかっている状況のはずなのに私なんかの心配をして!


「では、アナスタシア様。あなたのために勝って参ります」

「あ、ああ。それと、アレン。あの立会人の男はラムズレット家の敵対派閥の男だ。注意しろ」

「はい。ありがとうございます。ですが、何の問題もありませんよ。俺は容赦する気はありませんから」


飄々とした様子で前に進み出たアレンはこの場でも殿下たちを煽る。


そして殿下たちを怒らせた状態で 1 対 5 の絶望的な決闘が開始された。


しかし、その結末は私たちの誰もが想像すらできなかったほど一方的な戦いだった。いや、戦いにすらなっていなかった。


ほんの一瞬で 3 人が倒れ、気付けばマルクスと殿下はアレンに説教をされていた。


特に殿下の言い訳はあまりに幼稚で聞くに堪えなかった。アレンはすぐにでも決着をつけられたのだろうが、優位な立場を確保してから決闘という公衆の面前で殿下を論破していった。


もしかしたらアレンは最初からこうして殿下をたしなめるために準備をしていたのではないか?


そんな疑念すら私は覚えたが、いくらなんでもそれはあり得ないだろう。


そもそも、こんな決闘が起きるなど一体誰が想像できただろうか?


そんなアレンだったが、最後の最後で加減を間違えてしまったらしい。我を忘れた殿下が極大魔法を使おうとして魔力を暴走させてしまった。


私は炎を相殺するべく慌てて氷魔法を発動する準備を始めた。


本来、私の氷魔法は殿下の炎魔法には相性が悪いため抑え込めるかどうかは非常に怪しい。だが、ここで抑え込まなければ殿下の身の安全はおろかアレンもマーガレットもイザベラも、そして観衆も危険に晒される。


抑え込むのに失敗すれば私は真っ先に殿下の炎魔法に焼かれる事になるだろう。


だが、もともと私が殿下の手綱を握れていなかったことが原因で起きたことなのだ。


だから私にはその責任がある。


そう思って覚悟を決めた時、アレンが私に心配ないと身振りで合図してくれた。


そして、いつ詠唱したのか分からないほどあっという間に風魔法を発動すると、暴走している炎を全て巻き上げて空へと吹き飛ばしてしまった。


「アレ……ン?」


あまりにもレベルの差がありすぎて、言葉が出てこない。


そうか。最初からアレンには負けるビジョンなど存在していなかったのだ。


「カールハインツ殿下、戦闘不能。よってアレンの勝利」


アレンは一礼してから私のもとへとやってきて、そして優雅に跪いた。アレンを見ていると不思議と胸が高鳴り、そして顔が熱くなるのを感じる。


「この勝利をアナスタシア様に捧げます」

「あ、ああ。ありがとう」

「大丈夫です。誰も殺していませんよ。殿下のあれは魔力を使い切っただけですから命に別状はないはずです。暴走した魔法の炎は俺の風魔法で全て上に吹き飛ばしたので怪我はほとんどないはずです。きっと、しばらく寝て魔力が回復すれば目を覚ましますよ」

「そ、そうか」


良かった。それならアレンが処刑されることは無いだろう。


私はほっと胸をなでおろしたが、アレンの次の言葉に私の胸はまるで心臓が止まるかと思うほどに締め付けられた。


「それでは、アナスタシア様、俺はこれにて失礼します。今まで本当にありがとうございました。そしてマーガレット様とイザベラ様も、ありがとうございました。少々名残惜しくはありますが、これにて失礼します」

「お、おい、アレン!」


待ってくれ! そんな別れのあいさつなどしないでくれ!


私はアレンを呼び止めるが、その呼び掛けには応じずにアレンは足早に立ち去ってしまった。


しかし、この愚かな決闘の後始末をしなければならない私に追いかけるという選択肢を取ることはできなかった。


あの女は意識を失って倒れてそのまま運ばれたせいでまともに話もできない。殿下は魔力を使い果たした影響でしばらく目を覚まさないだろう。マルクスは鼻が折れており顔面血だらけとなっているし、オスカーは未だに目を開ける事すらできずに苦しんでいる。


クロードとレオはしばらくして意識を取り戻したが、何が起きたのか全く理解していない様子だった。


そして私は婚約破棄を宣告された身だというのに、王宮の者の中には私に婚約者の責務として殿下に付き添えなどと言ってくる愚か者もいた。


そいつらにはしっかりと理解させてやったが、随分と無駄な時間を取られてしまった。


ようやく後始末を終えた私がアレンの住んでいる寮の部屋へと辿りつくと、その時すでに彼の部屋はもぬけの殻だった。


「アレ……ン……? どう……して……?」

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