第42話 町人Aは勝利を捧げる

「ば、馬鹿な……!」


王太子は何が起きているのかが理解できないといった様子で目を見開いている。


それから何とか復帰すると、俺に向かって意味不明な文句を言ってきた。


「え、ええい。怪しげな魔道具の力に頼るな! 卑怯なことをせずに正々堂々と剣と魔法の力で戦え」

「ぷっ。殿下、何を言っているんですか。最初に合意したルールはなんでもありですよ? それに俺が卑怯なら 5 人で 1 人を倒そうとした殿下たちは卑怯じゃないんですか?」


5 対 1 と言ったのは俺だが、そう言ってやると王太子は悔しそうに唇を噛んだ。


「さらに言えば、王太子という権力のある立場にいながらアナスタシア様を 5 人で、いや 6 人で取り囲んで無理矢理冤罪を認めさせようとしていたのはどうなんですか? アナスタシア様は仮にも殿下の婚約者で、しかも身分差もあって殿下には逆らえない。これを卑怯と言わずしてなんて言えば良いんですかね?」

「それは、あいつが……」


どうやら旗色が悪いことを悟ったのか、王太子は口ごもる。


「あいつが? アナスタシア様が何をしたっていうんですか? 何もしていないですよね? 全部証拠のない言いがかりだ! それを言うなら、文化祭前日のギリギリのタイミングで色々と作ってくれたアナスタシア様を追い出したのはどうなんですかね? それに展示の内容、クオリティに差がありすぎてどこまでがアナスタシア様の仕事なのか、一目瞭然でしたよ?」

「あいつが! エイミーを!」


俺がネチネチと責め立ててやると、王太子は声を荒らげた。


「あー、もう。見苦しい言い訳はやめて下さいよ。アナスタシア様はエイミー様に嫌がらせなんてしてない。真っ当な苦言を呈しただけだ! しかも、公爵令嬢のアナスタシア様が男爵令嬢のエイミー様にわざわざ、だ」


俺にそう言い切られ、王太子は悔しそうに俺の事を睨みつけている。


「だいたいな! 次期国王であるアンタがこんなんじゃ国が滅ぶんだよ。そん時、真っ先に殺されるのは俺たち平民だ! 王太子ならアナスタシア様との結婚にどんな意味があるかくらい分かってるだろ!」

「だ、黙れ!」

「ラムズレット公爵家にそっぽを向かれたら内乱待ったなしだ。そうならないための婚約なのに、たかが一人の女にうつつを抜かしてひっかきまわしてんじゃねーよ!」


すると王太子は顔を真っ赤にして俯き、そして意を決したように顔を上げると俺を睨み付けてきた。


「黙れ! 何の責任もないただの平民に何が分かる! 王族として! 王太子として! 常に役割を果たすことばかりを求められ! 誰も俺自身を見ようとしなかった! あの女だってそうだ。常に王太子として、次期国王として、そんな押し付けばかりだ!」

「へー、そうですかー。たいへんでしたねー」


俺は棒読みで答えてやった。しかし、王太子はそれを気にした様子もなく自分の理屈を垂れ流す。


「だがエイミーだけは違った。何も言っていないのに俺自身を見てくれて! 俺は俺で良いんだと、ありのままで良いんだと言って! そう言って笑ってくれたんだ! 俺の好きな事も、好きな食べ物も、好きな場所だってまるで知っているかのようにピタリと言い当ててくれて! 俺が何も言っていないのに同じことを考えてくれていて! そうだ。彼女こそが! だから! だから!」


なるほど。王太子の事を設定として熟知しているエイミーはそれら全てを先回りした、と。


そのうえで無条件に自分を肯定してくれたエイミーにあそこまで盲目的に溺れたということか。


だがな。それは恋人に求めることじゃなくて母親に求めることじゃないのか?


「はいはい。アナスタシア様だってどれだけ自分を殺して尽くしてきたことやら。それなのにアンタは自分が自分がって、良い事言ってる風で中身空っぽのクソガキじゃねぇか!」

「黙れ! 俺は!」


王太子は顔を真っ赤にして大声を上げる。


「何ですか? 図星を刺されて反論すらできなくなったんですか?」

「うるさい! 平民で何の責任もないお前に何が分かる! 俺は王族なんかに好き好んで生まれた訳じゃない!」

「はあ? じゃあ平民で生まれたかったとでも言うつもりですか?」

「平民のように我々王族に守られ、導かれるままに暮らすのはさぞ楽だろうよ。それで好きな女と一緒になれるんだからな!」


このあまりの言い草にはさすがの俺も頭にきた。これまでも結構な暴言を吐いてきた自覚はあるが、さすがにこれには我慢できずに論破など考えず、感情のままに言い返してしまう。


「ふざけんな! 何が平民は楽だ! だったらアンタは 8 歳から毎日欠かさずどぶさらいができるっていうのか? 臭くて汚物まみれになりながらキツイ肉体労働を! しかもそれで稼げるのは一日たった 1,000 セントだぞ! それでクズ野菜とほんの一かけの干し肉と硬くて噛めないパンをふやかしながら少し食べて飢えを凌ぐ俺たちの気持ちが分かるっていうのか! 甘ったれるのもいい加減にしろ!」

「ぐっ。黙れ! 平民の分際でっ! 黙れっ!」

「へえ。言い負かされたら今度は身分を盾に取って命令ですか? その前にご自分が何て言ったか覚えてます?」


俺がそう言い返すと真っ赤な顔のまま憎しみのこもった目で睨み付けてくる。


「大体ね。そんなに平民がいいならエイミー様と駆け落ちすればいいじゃないですか。そうしたら平民として生きていけますよ?」

「なっ! そんなこと!」


そう言って王太子は絶句した。どうやらそこまでの覚悟はないようだ。


全く、甘ちゃん過ぎて反吐が出る。


俺は深くため息をつくと、諭すような口調で言う。


「そんなことすらもできないなら、殿下の相手はアナスタシア様ですよ。もう遅いかもしれませんけどね」


すると王太子は顔を真っ赤にし、そして目には涙まで溜めながら叫ぶ。


「う、うるさい! 黙れ! お前になんか! お前なんかに!」


そして王太子は特大の炎魔法を詠唱した。


これは多分王太子がゲーム終盤で使っていた辺り一帯をまとめて薙ぎ払う極大炎魔法だ。


ゲームでは随分とお世話になったが、こんな場所で使う魔法ではないだろう。もしここでこんな魔法を使えば審判にも観客にも甚大な被害が出るだろう。


そんなことも分からないくらいに王太子は我を忘れているらしい。それに、そもそも今の王太子のレベルではまだ使えないはずだ。


「で、殿下! その魔法はまだ殿下には!」


決闘を見守っていた先生から制止の声がかかるが、王太子は聞き入れる様子はない。


「エイミーを失うくらいなら、俺は! 俺は!」


いや、そういう話じゃないんだが。散々話を逸らして説教したのは俺だが、そもそもラムズレット公爵家に謝罪しろというのがこちらの趣旨なわけでして。


そう思いつつも見ていると、王太子の炎魔法は案の定暴走した。


「殿下!」


アナスタシアが慌てて氷魔法を展開しようとするが俺は身振りでそれを制止する。そして風魔法を無詠唱で発動し、王太子の炎魔法を全て上空へと吹き飛ばした。


ふう、この訓練場が屋外で助かった。


そして王太子はそのまま魔力の枯渇で気を失ったのだった。


「アレ……ン?」


アナスタシアの戸惑ったような声が聞こえてくるが、その声には応えず俺は王太子の首に短剣を突きつけ、そして立会人をじっと見つめる。


「カ、カールハインツ殿下、戦闘不能。よってアレンの勝利」


俺は一礼するとエイミーにニヤリと笑いかける。するとエイミーは引きつった様な表情を浮かべ、そして膝から崩れ落ちた。


そして俺は踵を返すとアナスタシアのもとへと歩み寄り、そして跪いた。


「この勝利をアナスタシア様に捧げます」

「あ、ああ。ありがとう。だがそれより」


アナスタシアは心配そうな表情を浮かべては王太子のほうをちらりと見遣った。


「大丈夫です。誰も殺していませんよ。殿下のあれは魔力を使い切っただけですから命に別状はないはずです。暴走した魔法の炎は俺の風魔法で全て上に吹き飛ばしたので怪我はほとんどないはずです。きっと、しばらく寝て魔力が回復すれば目を覚ましますよ」

「そ、そうか」


それを聞いたアナスタシアはホッとした表情を浮かべた。こんな時まで国の事を考えるなんて、俺にはとても真似できない。


それにしてもあのボンクラ王太子はこんなに素晴らしい女性が婚約者だったのに、どうしてあんなのに引っかかったんだろうか?


ああ、そうか。ボンクラだからだな。


だが、これで俺にできることは終わりだろう。王太子に決闘で勝ってしまったのだから、権力は俺を放っておいてはくれないはずだ。


しかもついカッとなってかなり暴言を吐いてしまったからなぁ。


せめて処刑だけは勘弁してほしいものだが……。


「それでは、アナスタシア様、俺はこれにて失礼します。今まで本当にありがとうございました。そしてマーガレット様とイザベラ様も、ありがとうございました。少々名残惜しくはありますが、これにて失礼します」

「お、おい、アレン!」


こうして俺は別れを告げると寮の自室へと向かったのだった。

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