side. エイミー(5)
は? 何よそれ!
あの陰キャ、何勝手に代理人に立候補してんのよ!
しかも悪役令嬢、あんた何勝手に代理人に認めてんのよ!
シナリオはそうじゃないでしょ!
大体、王族二人相手に決闘で戦ったらどうなるか分かってるの?
ああ、もう! やっぱりこいつは悪役令嬢狙いだったのね! こんな風に水を差されるくらいならさっさと下僕にしておけばよかったわ。
ムカつく!
あ、でもそうね。まあいいわ。
何せ、こっちは学年最強の 5 人がいるんだからね。ちょっと冒険者やってたらしいけど、陰キャのあんたなんか瞬殺よ!
あと、それと決闘の要求なんだけどね。あたしはゲームの通りにしたんだけど、なんか悪役令嬢のやつが違うのよね。
これっていいのかしら?
んー、でもきっと大丈夫よね。
だってカール様たちはあたしの味方だし、カール様たちが勝てばどうせ帝国行きだもの?
カール様たちが負けるわけないし!
て思ってたらなんかこの陰キャ、1 対 5 で勝つとか言ってるんですけど? ウケるんですけど?
勉強はできるんだから頭は良いと思ってたのに、愛しの悪役令嬢にいいとこ見せようって思っておかしくなっちゃったのかしら?
しかもせっかくマルクスがあんたのためを思って言ってくれてるのに、こいつ命が惜しくないわけ?
ていうか、こいつ何なの? 貴族にそんな暴言を吐くなんて、命が惜しくないのかしら?
もう皆すっかり怒っちゃってるし、殺しちゃいけないってルールだけどこいつはどうせ平民だし、死んだって誰も文句言わないわよね?
あ、でも愛しの悪役令嬢を庇ってカール様に殺されるのならもしかして嬉しかったりするのかしら?
うわっ、キモッ!
悪役令嬢もなんかぽーっとしちゃってるし、もしかしてカール様に振られたからってこんな平民の冴えない陰キャに恋しちゃってたりするわけ?
うわぁ、ホント、無様ね。未来の王妃様から未来の平民の嫁に変更したのかしら?
ぷぷっ。無様ね。
それにね? 残念だけどそいつは今から死ぬのよね。
それに庇ってくれた男が無様に殺される時の悪役令嬢の顔をリアルで見れるって考えると……
うん。ありね。
ありよりのありだわ。
そう思うと楽しみになってきたわね。一体どんな表情するのかしら?
それに立会人も無事に見つかったわ。あいつは確かゲームでも立会人やってた奴よね。ゲームでは負けそうになると、途中で水を飲むっていう名目でポーションを飲ませてくれるのよね。
もちろん悪役令嬢側はただの水だけど。
審判までこっちの味方なんだから、あいつらに勝ち目は一切ないわ。
ふふ、残念だったわね。
****
「カール様ぁ、クロード様ぁ、マルクスぅ、オスカー、それにレオもぉ、決闘なんてぇ、そんな……」
「心配するな。俺たちが必ずお前に勝利を捧げてやる」
あたしを安心させるようにカール様がそう言ってくれる。
「でも、もっとぉ、話し合いでぇ、解決できないんですかぁ? きっとぉ、仲良くすることだってぇ……」
「おいおい。エイミーはあれだけ嫌がらせをされたあいつを庇うのか?」
「全く、僕たちの選んだ女性はまるで聖女様のような人ですね」
「そのような必要はありませんよ。嫌がらせをするような女は潰されて当然ですから」
「その通りだ。将来の騎士団長として、あのような悪女を見過ごすことはできない」
クロード様も、オスカーも、マルクスもレオも、みんなゲームの通りの台詞を言ってくれる。
そうよ、まだゲームのシナリオ通りなのよ。
「みんな……はい。えっとぉ、どうかご無事で」
あたしはゲームの通りの台詞で 5 人を送り出してあげる。そうよ。これでいいのよ。
あとはあたしは高みの見物をしてればいいのよ。なんで悪役令嬢の取り巻きの 2 人がこの状況になっても一緒にいるのかわからないけど、そんなのきっとシナリオの強制力の前には関係ないわ。
そうよ。関係ないのよ!
あたしはゲームの通り、お祈りのポーズで皆を応援するわ。
そうしたら、あの陰キャのクソ男はあたしを見てきて、それでニヤッてムカつく顔で笑ったわ。
何よ! 何なのよ!
ムカつくムカつくムカつくムカつく!
「それでは、アナスタシア・クライネル・フォン・ラムズレットとエイミー・フォン・ブレイエスの決闘を行う」
ああっと。もう、あたしとしたことが。
どうせすぐ死ぬあいつに何されても気にする必要なんてなかったわね。
「始め!」
あ、決闘が始まったわ。最初は誰が攻撃するのかしら?
【弓王】の加護を持つオスカーの矢で殺すのかしら? それとも【賢者】の加護を持つマルクスの魔法? それとも【騎士】の加護を持っていて誰よりも努力しているレオが切り込むのかしら?
でも【拳王】の加護を持つクロード様はちょっとけんかっ早いところがあるし、あの陰キャにムカついてそうだからさっさとボコボコに……って、あれ?
今何があったの?
いきなり煙が出てあいつの姿が消えて、それでなんか変な音がしたと思ったらどうしてクロード様とレオが倒れてて……それに、口から泡を……。
え? それに他の 3 人もどうして蹲ってるの?
ちょっと、何よ! 何やってるのよ! 早くあいつを殺しなさいよ!
え? 水風船? なんでそんなの持ってるのよ!
「ぎゃぁぁぁぁぁ、目、目がぁ!」
ちょっと! 目潰しなんて卑怯よ! 神聖な決闘でなんてことやってるのよ!
それからあの卑怯なクソ陰キャはオスカーに近づいて首に短剣を突きつけたの!
ダメよ! なんてことするのよ! あたしのオスカーを殺すなんて!
「レオナルド、クロード、オスカー、戦闘不能」
あたしはほっと胸をなでおろしたわ。いくらあたしが将来の聖女様だからって、今のあたしの加護は【癒し】しかないの。二年生になって光の精霊に祝福されて、それで聖なる導きの杖を手に入れてやっと【慈愛の聖女】の加護を貰うんだから。
だから、まだ大けがしちゃったらあたしじゃ治せないわ。
そう思ってホッとしていたら、あいつ、懐に手を突っ込んだわ。
あ、何か持ってるっぽいわ。何する気なの?
それからまた煙が出て、それであの変な音がして。カール様とマルクスまで膝をついてもう動けなくなっちゃたわ。
どうなってるの!? ちょっと! ちょっと!
「反省しろ!」
あいつがマルクスの顔面を思い切り蹴って、マルクスが地面に倒れて。
あああ、剣を突きつけられてる!
「立会人!」
「ま、マルクス、戦闘不能」
ど、ど、ど、どうなってるの?
なんであんな強いやつが紛れ込んでるのよ!
あんた、ゲームのキャラじゃないでしょ?
やめなさいよ!
やめて! やめて!
ゲームの登場人物じゃないくせに!
モブですらないくせに!
あたしの世界を壊さないでよ!
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補足:
ゲームでの決闘イベントは強制勝利イベントです。アナスタシアは王太子を攻撃することに迷っているので、普通にやれば倒せます。ただ、わざと負けるように引き延ばしたり寝落ちしたりするとこのポーションでのイカサマをしているシーンに遭遇します。
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