第23話 依頼完了


「よし、これだけあれば足りるだろ」


 アキラが20匹程のファーンシープを倒して回収したアイテムボックスは、漸く15個になった。


 アイテムボックスは確定でドロップするわけじゃないらしく、出ない時もある。そして残念なことに所持金は1Gのままだった。


 どうやらファーンシープはお金を落とさないようで、若干残念に思うことが出来る程度にアキラのメンタルは持ち直していた。


 そしてアキラのレベルからは格下なのか、経験値が一切入っていないらしい。レベルが一向に上がらないのがその証拠だと、アキラは考えた。


 開封し忘れていたアイテムボックスを開ける。本来の目的はファーンシープを倒すことではなく、ファーンシープから出る【植木羊の肉】が目的なのだ。


 アキラがバッグのアイテムボックスにあるファーンシープを選択して説明を見る。


【ファーンシープ】

葉っぱ、植木羊の肉、森のミルクが1つ入手出来る。


「これあれだなアイテムボックス15個じゃ足りないパターンだな、俺は詳しいんだ」


 アキラが誰にでもわかる現状をふざけるように誤魔化す。アイテムボックスからは3個の内何が出てくるのか不明なので分からないが、15個あるアイテムボックスが全て植木羊の肉になると言う可能性は無いであろうことはわかる。


(取り敢えず全部開けるか……全部開けんの面倒だな、はぁ)


 早速全部開けるために一つ一つ開封しようとしたアキラは、アイテムボックスのウィンドウの画面右下に【全て開封】と書かれている表示に気がついた。


 その表示を選択すると、ウィンドウの内の全てのアイテムボックスが選択マーク付きで表示され、メッセージで【全てのアイテムボックスを開封しますか?】と出ている。


 どうやら選択されているマークに触れるとマークの取り外しが可能らしい。指で選択してみると、マークの表示が触った物だけ消えていき、また触ると次々にマークが付いた。


 マークには選択時に鳴る効果音が聞こえてきて、連続して聞こえるその音に若干ハマってしまうが、ある程度で気が済んだアキラは、全て選択した状態で開封する。


 開封したら結果ウィンドウが表示され、入手した物の一覧が現れた。



【結果】

葉っぱ×8

植木羊の肉×3

森のミルク×4


以上、15点がバッグに入りました。



 アキラはその結果に若干の落ち込みを感じていた。


「まさかとは思ったけど…そりゃそうだよなそんな都合よく出ないよな」


 こんな大人しい生き物がロット依頼になっている。そしてたった15個の肉を持ってくれば依頼は達成になる。1050Gと言う一日過ごすには少しきついが、質素に暮らすなら飲食代から考えて可能なのもわかる。


 当然それには理由があったのを漸く実感したアキラは、心を新たに依頼をこなす。




「はぁ、もう昼近いのか?天気良すぎだろ…」


 温度と湿気による蒸れが汗となり、アキラの額から頬を伝う。それを服の袖で拭って自身の成果を確かめる。既に最初の葛藤は無くなっていた。


「28個じゃまだ肉は15個にはならないよな? って俺は一撃で倒せてるからこれで済んでるけど、この方法使えない奴はどうやってんだ? 確か………」


 アキラが疑問を口に出しながらカードを取り出して依頼内容を確認する。


「期限が7日だと予備の日とか考慮して1日3個以上取れば良い計算だよな? こんな依頼に7日も割くのはどう考えても赤字だろ」


 アキラが理由を考えるが、自身の方法は一般的ではないことを知っているアキラはこの考えを忘れることにする。


 例え1日掛ける依頼だろうが3日掛ける依頼だろうが、今更考えた所で何も変わらないし、一刻も早く依頼を終わらせる方が先決だろう。


 そしてアキラは肉を売る時の金額を勘定に入れていない。まだこの形式の仕事に慣れていなければそれもまた仕方が無いことだ。


 作業に戻るアキラが、マップに映った動く青く映る点を目指して歩く。マップは街や地図代わりだけではなく、現在地の自分の場所、敵意を持った対象持たない対象、生命の有無がわかる仕組みになっている。


 3次元方向は不明なのと、離れすぎている場合は表示されない短所は備えている物の、これのおかげでアキラはファーンシープを気軽に見つけることが出来る。


 狩りすぎたのか、見つけ辛くなったファーンシープを探し続けるが、おかしなことに気がつく。


 以前倒した場所にまたファーンシープがもそもそと草をんでいるのだ。見つけること自体時間がかかるが、少なくとも遠い場所からやってくるなんて有り得るのだろうか?


 そこで1つのゲーム的考えが頭をよぎる。


「まさか、リポップするのか?」


 非常に検証したい気持ちになるアキラだが、効率を考えられる程モノ扱いは出来ないしそんな時間を掛ける程の熱意も持てないため、即座に倒してアイテムボックスを回収する。




 そして、時間は本格的にお昼を迎える。また数を狩ることが出来たアキラは、最後のファーンシープをアイテムボックスに仕舞ってから数を見る。合計53個のアイテムボックスが手に入った。これだけあれば残り12個は手に入るだろうと考えたアキラは早速アイテムボックスを開封する。



【結果】

葉っぱ×24

植木羊の肉×13

森のミルク×16


以上、53点がバッグに入りました。



「っぶねー! 結果的に1個余ったけど、こんな時間掛かって足りなかったらこの葉っぱバラ撒くとこだったぞ!」


 バッグから葉っぱを1枚取り出すと、それを摘んで小さな団扇のように扇いだ。このファーンシープのアイテムボックスから取れた葉っぱは、文字の通りただの葉っぱで一般的に見てハズレアイテムだ。


 香りも青臭いだけで近場の森に行けば幾らでも拾える程度の物だった。


「時間は……もう昼過ぎか、今ならまだ昼飯食えるな。帰ろう!」


 メニューから時間を確認したアキラは、最初にファーンシープを狩った時とは打って変わって調子良さそうに声を出してアジーンへと帰る。




 アジーンの門を潜ってギルドへ行く前に、植木羊の肉を素手で取り出して保存のかめに入れる。


 アイテムボックスから出てきた肉は、なぜか竹の皮のような物で巻かれて何かの蔓のような紐で縛ってあった。


 そのため、何の抵抗も無く素手で触って保存のかめに入れることが出来た。


 保存の瓶は不思議な作りで、口を広げれば手に持っているアイテムを自身の持つバッグのように扱える作りに感心する。


 準備を終えてギルドへと帰ってきたアキラは、素材買取出張所で植木羊の肉の買取を頼む。


 依頼内容の通り素材買取出張所で15個売却した証を貰わなければ、受領所で依頼達成報告出来ないからだ。


 依頼書に書いてあった通りにアキラは行動する。これもチュートリアルの一環なため、しっかり覚えておかなければならない。


「植木羊の肉の買取を頼みたいんだけど」

「はい、それではこちらの保存の瓶に移し替えてください」


 ギルド員は女性ではなく男性で綺麗なエプロンをしている。物腰が柔らかい紳士な対応だ。


 どうも素材買取出張所はギルドでは無く、ギルドと契約して店を置かせてると言った方が近いようにアキラは感じた。


「この中に入れてもいいんですか?売るのは初めてでよくわからなくて……」


 困ったように聞くアキラに対して、紳士なエプロン店員はそれに頷きながら優しく対応する。

 身長がアキラより高く、頭上から輝く光は後光のようにも感じられる。


「わかりました。保存の瓶はご存知ですか?」

「物を保存出来るってことなら…」


 アキラが気まずげに本当のことを話す。


「それでは保存の瓶について軽くですが説明させていただきます。まず保存のかめと言うのは文字通りかめに入れた物を保存する物です。そして保存の仕方なのですが、この中に入れるものに大きさの制限は存在しません」


「え、こんなに小さいのに?」


 アキラがエプロン紳士の話を遮って自身の保存の瓶を出しながら話すが、それに嫌な顔ひとつせず質問に答えてくれる。


「はい、見た目上入りませんが大きい物や持てない物は、保存の瓶の口を付けることで勝手に仕舞ってくれます。当然壁や床に限らず、どこかに固定されている場合は仕舞うことは出来ません。中には保存の瓶が使えないように出来る場所も存在するので、荷物運びに役立つカバン程度の扱いです」

「なるほど」

「そして基本的にこの保存の瓶に入れた物の鮮度は落ちません。詳しいことは知りませんが鮮魚や肉と言った生物なまものを入れても腐食しないのです」

「仕組みはわからないけどすごいってことはわかるな……」

「私達はこれが無くては商売等出来ませんからね、非常に重宝しています。以上で簡単にですが説明させていただきました」


 エプロン紳士が笑顔で説明を終える。簡単どころかほぼ全ての解説をしてくれたことに対してアキラは気づいていても何も言わない。ただ感謝の言葉を出すのみである。


「一から教えてくれてありがとうございます」


 アキラも笑顔でお礼を言う。これ程丁寧に接してくれる男性は初めてだったので、つい日本に居る時を思い出して嬉しくなったのだ。眩しさすら今は気にならない。


「それではこの保存の瓶に移し替えていただく前に、こちらの粉を手にまぶして揉むように洗ってください」


 紳士が脇に設置してある小箱を指差す。よく見ると中には黒い粉らしき物が入っている。


「こちらの粉は手の汚れなんかを落としてくれます。査定を少しでも良くするために皆さんご利用していますよ」


 紳士の言いたいことはそれで察することができる。なるべく品物を汚さなければ高めに買い取ることが出来ると言っているのだ。


 綺麗に包まれていると言っても、買取に身奇麗になって来る人は滅多に居ないのだからこの措置は逆にありがたいだろう。


 中には不快に思う人も居るかもれないが、そこはあまり気にしない多数を味方につけていれば何も問題はない。

 タダで査定が悪くならないなら誰もがやるだろう。


 アキラは紳士に触っていいか聞いてから、紳士は笑顔で「どうぞ」と言った。アキラは軽く触って少しだけ握り、両手を揉むようにして汚れを落とす。


 見た目に反して手は黒くなるどころか、石鹸で手を洗った後のようなサラサラな感触が心地いい。


 触っている内に粉が少し大きくなって落ちるが、床に着く頃には蒸発するかのように綺麗に消えていく。掃除要らずの便利道具だ。


「これで大丈夫ですか?」


 アキラが両手を表裏を見せるように回して確認を取る。


「はい、ありがとうございます」

「それじゃ移しますね」


 自分の保存の瓶に手を突っ込んで中身を取り出す。綺麗に包まれた肉が出て来るのを見て、紳士は顔に疑問を浮かべながら「おや?」と呟いている。アキラは自分が何か手違いをしてしまったのかと思い、手を止める。


「あれ? 俺何か不味いことしちゃいました?」

「いえ、失礼しました。丁寧に包まれているのに驚きましてね、どうぞ残りを入れてください」

「ま、まぁこの位は……」(なんだ?通常は素のままなのか? これもバッグに入れてる影響か?)


 15個の植木羊の肉を素材買取出張所の保存の瓶に収める。アキラは使い捨ての3種類しか入らない保存の瓶の底を紳士の方に向け、取り出すフリをする。


 実際は手を下に潜らせて手を入れずにバッグから、植木羊の肉を取り出しているのだが、数を出すためには仕方がない。


 軽く斜めに向けて死角を作っているので、前も後ろも見られていない。横からはカウンター自体が壁になっているので、なんの問題もない。


 例えバレても悪いことをしているわけではないのでこれも問題もない。ただアキラは面倒事を避けたいだけなのだ。


 使い捨ての保存の瓶から15個出しても何も言われないので、特にバレたわけでも無いと安心していたアキラは紳士の手続きが終わるのを待つ。


 保存の瓶の横にカードをかざしていて、それを見て内容を確認しているようだ。


(カード便利すぎない?)

「お待たせしました」


 カードの利便性の良さに感心していると、紳士から声をかかる。


「植木羊の肉が15個で包装済みですので、合計1875Gとなります」


 合計値段を言いながら綺麗な紙に手書きで書かれた明細を渡される。アキラはそれを受け取って眺めると、包装されているおかげか、1つ120Gでその横に5Gの手数料と書かれている欄が入ある。


 ここはカードじゃないのかとアキラが利便性が良いと感じていた感情はどこかへ行ってしまう。


「確認が済みましたら、こちらに明細をお渡しください」


 言われた通り渡すと、明細に押印とサインをしている。これを見たら流石にカードでは済ませられないのだと、アキラがカードでは無い理由を理解した。


 その明細を渡され、この素材買取出張所のシンボルらしき印鑑が見える。色は緑で円の形をしており、手を中心に親指と人差し湯で輪っかを作ってOKマークのように見える。


 カードを出して一瞬の光と共にお金を受け取る。金額を確認しながらアキラは明細のシンボルを眺める。


(これ、横にしたら金銭を現すサインになるんじゃ……)


 アキラが邪な感想を抱きながら紳士にお礼を告げる。


「ありがとう、これで依頼を達成出来そうです」

「こちらこそあの綺麗な包装ならそのまま出荷出来そうです。ご利用いただき、ありがとうございました」


 紳士が頭を下げてくる。先程からいい感じに光を反射していた毛の無い綺麗な頭は、その角度から丁度アキラの目に直射される。


 しかし、アキラは動じない。一切の身動ぎすら許さないとばかりに目は開けたままだ。強い光では無いため、アキラの中でこんないい人に対して失礼な態度を取るのは戸惑われたのだ。


(間違いない、過酷な砂漠地帯で唯一オアシスの管理を任される。それ位の逸材だ!)


 アキラが勝手に盛り上がっていたら紳士な人が頭を上げる。それを見届けたアキラは「それではまた!」と挨拶してから素材買取出張所を後にし、隣の受領所へと足を運ぶ。


 すぐアキラは受付に居るギルド員に、受領所へと足を運んで依頼達成報告をしに来た。


「これお願い」

「お預かりします」


 人は忘れる生き物、それを体現している上機嫌なアキラは、カードを渡して依頼達成手続きを促す。ギルド員も慣れているのか、何も言わずにカードを受け取って手続きをしていた。


「アキラ様、買取所で発行した明細をお見せください」

「そうだった、これね」

「お預かりします。……確かに、確認が取れましたので報酬をお渡しいたします。報酬はカードの方に入金させていただきましたので、御確認ください」


 いつもの受付のギルド員より物凄く丁寧だ。だが、丁寧すぎて一歩距離を置かれてる感じがするアキラはお礼を言って、3と書かれた紙とカードを受け取った。


 すぐに総合受付に行きたいアキラだが、お昼は既に過ぎている。ご飯を食べたいアキラとしては総合受付に行くわけにはいかないのだ。

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