第52話 Soul Alter創世記


 これは創世の話、種族がヒューマンしか居なかった程昔の話だ。


 この地、岩山跡地オラクルには元々山よりも大きな巨大な岩があったという。しかし、その山のような岩は元来この世界クロスには存在しない物だった。


 どうやってこの山のような岩が現れたかについては「空から降ってきた」ということしかわかっていない。疑問なのが、そのような巨大な岩が降ってきたのなら未だこの星に生命がなぜ、存在出来ているのか?


 実はこのオラクル周辺に緑が存在しない理由に繋がっている。


 この世界には創造主が居た。巨大な岩が自身の創造した地に落ちてしまえば原形を留めることなく、滅びるだろうと考えた。なら、と創造主が使った方法はこの地の緑と引き替えに岩を着弾させることだった。


 無事に着陸は出来たが、それ以来緑豊かだった場所は荒れ果て、岩山跡地オラクル近辺には山岳地帯が広がっている。


 だが、元々巨大な岩があったのならなぜ今は窪地のような場所に変わっているのか?


「どうしてなんだ?」

「モムモム、ングッ、それわね!」


 いくらこの地を犠牲にして護ったと言っても、創造主にも限界があったのだ。本来なら有り得ない巨岩で出来た隕石は、着地させてもその衝撃は天地を揺るがす大災害にまで発展してしまう。


 その着地の後が窪む原因となったのだ。


「窪地が出来た理由はわかったけどさ、肝心の巨岩はどうしたんだ?」

「まだハナシのトチュウなのよ! ムグムグ」

「ほら、森のミルク」

「ありがとう!」

「どういたしまして、続きをどうぞ」


 大災害が起こった影響により、この世界を維持していたとあるバランスが崩れてしまった。


 バランスとは、この世界の存在を維持するソウル、そして世界に生命を循環させるアニマ、この二つを指しているのだと伝わっている。


「イミはまったくわからないけどね!」

「そ、そうか」


 バランスが崩れたソウルとアニマをそのまま放置すれば、地は裂け、海は涸れ、空は消えてしまい、人は滅び、はぐくまれた命は絶え、生まれ行く生命すら存在しない世界が待っている。


 巨岩を防ぐのに力をほぼ使い果たした創造主は、大災害をただ見ることしか出来ないでいた。


 そこで創造主が選んだ道は「救うことが出来ないのなら、出来る者を創造する」ことだった。最後の力を振り絞り、山のような岩を7つに分け、とある場所を囲むように配置する。


 なぜそんなことをしたのか?


 それは、この世界を創造主に変わり、救うことが出来る者を創造するための時間を稼ぐためだ。とある場所を囲むことで、この世界のソウルとアニマの崩壊を時間制限付きだが押し留め、一時的に世界の消滅を防いだのだ。


 そして、この世界に居るのはヒューマンのみ。まずはその枷から無くすこと、それが世界を救う存在が創造される始まりである。


 創造主は7つに分けた岩の近くに新たな生命を生み出した。その数は7つ、元は全て同じ人類をベースにしている。



【可能性の種族ヒューマン】

全ての可能性を含み、全ての種族のベースとなる種族、それ故に全ての種族に勝る部分と劣る部分が存在する。


【本能の種族ワービースト】

獣の本能を持ち、ヒューマン以上の感覚を持つ種族


【精霊の種族エルフ】

精霊独自の感受性を持ち、ヒューマン以上の魔力を持つ種族


【妖精の種族ドワーフ】

妖精独特の発想を持ち、ヒューマン以上の開発力を持つ種族


【不死の種族ダンピール】

夜の戦闘に特化した技能を持ち、ヒューマン以上の生命力を持つ種族


【最強の種族ドラゴニュート】

近接戦闘に特化した肉体を持ち、ヒューマン以上の戦闘能力を持つ種族


【完成された種族魔人】

運を除いたヒューマンの完全上位互換、ヒューマンを上回る能力を有した完成された種族



 これらの種族は全てヒューマンに勝る部分を備えて誕生した。当然魔人を含む全ての種族にはヒューマンに負けている点も存在する。


 創造主が何を思い、これらの種族を創造したのかは伝わってはいない。しかし、確かなのは創造主が残した遺産は、この世界クロスを救うと信じての行動なのだ。






「なるほどな」

「イミわかったの? ナズにはさっぱり!」

「俺はお前の説明を理解するのに必死だったよ」

「ナズ、うまくできなかった?」


 今アキラにたどたどしくもゆっくりと創世記を聞かせていた少女が不安そうに問いかけた。アキラは少女を不安にさせないように、パンとフィッシュフライで作ったサンドイッチを渡しながら言う。


「理解できたから、上手く説明出来たと思うぞ?」

「ホント!?」

「ホントだ。これはおまけだ、ちゃんとお仕事できたからな」

「かめんのお兄さんありがとう! ナズはオナカいっぱいだから、タグにあげるの!」


 少女がの言葉には説得力が無い。口の端に溜まった涎がその証拠だ。


「子供が嘘なんか吐くんじゃない、ほら串焼きでも食ってろ」

「ぅう……」


 アキラが差し出す串焼きを見たり見なかったりと繰り返している。相当食べたいようだが、我慢していた。


「どうした?」

「ナズ、もうオシゴトのゴハン、サキバライでもらったの……」

「先払いって……そうか、それじゃぁ森のミルクをタグに持って行ってくれ、この串焼きはその前払いだ」

「!」

「タグにご飯を持っていくのは大事な仕事じゃないか?」

「タ、タグにゴハンを持ってくのはオシゴトじゃないの!」


 子供ならではの理論で頑なに受け取ろうとしないが、この場から離れようともしない。子供らしい矛盾が微笑ましい。


「ならお姉ちゃんとして、この串焼きをタグと半分こしてくれたら俺は嬉しいな」

「? かめんのお兄さん、嬉しいの?」

「そうだぞ、俺には妹が居るから気持ちはわかる。お姉ちゃんが優しい人ならきっとタグも喜ぶはずだ」

「そうなの……こ、このオニクもってかないと、ナズ悪い子になっちゃう……」


 ナズが子供特有の発想の転換を発動した。子供理論は無敵なのだ。恐る恐るナズがアキラから串焼きを受け取った。一度子供の手に渡れば、それを取り返すのは至難の技、ついでに森のミルクをナズのお腹に付いたカンガルーポケットに入れる。


「ナズの話、凄くためになった。タグに自慢してやれ」

「! お、お姉ちゃんはスゴイの! かめんのお兄さん、バイバイ!」

「じゃーな、お腹冷やさないように真っ直ぐ家に帰れよ~」


 走ってギルドから出て行こうとする少女は、再びアキラに振り返る。


「ありがとうなの~!」


 慌ただしい“魔人”の少女は弟の元へと帰って行った。ナズという少女が居なくなったのを見計らってアキラに近づく一人の影が見える。


「この度は依頼だけでなく、娘のわがままに付き合っていただきありがとうございます」

「気にしなくていい、子供は笑顔で元気なのが一番だ」


 子供の親がアキラに礼を言ってきた。その女性はヒューマンだが、子供は父親似らしい。


 アキラがご飯を食べようとした時に見つめていた存在とは、ギルドにたまたま依頼に来ていた女性だったのだ。


 岩山跡地オラクルに住む者は全て創世記の話を一度は覚え、伝える役目があるらしく、それがこの岩山跡地オラクルの【ルール】だそうだ。住まう者限定のルールという珍しい物だが、寂れたテント街にも理由がある。


 創世記と何か関係がありそうだが、それほど気にする物でもないのでおいておく。


 そのルールをこなすために、少し早いがなんとか創世記を覚えたらしい我が子に語り部をやらせたかったのが依頼理由らしい。正しく親バカだった。


 ただ、親バカは親バカでも教育は厳しく、語り部の役割を正しくこなせないとご飯を抜きにすると脅していたらしい。本当かどうかは置いておくとして礼儀正しさもきっとこの親の躾なのだろう。


 弟の食事を抜きにするとは言われていないが、子供理論で弟のご飯も用意しようとする姉弟愛にアキラは優しい気持ちになってしまった。


 本題のタクリュークエストは一応クリア扱いになったらしく、サブクエストには新たに【タクリューを手に入れよう! その1】と出ていた。


 そして新たに出ていたクエスト【創世記の語り部】という話を聞くクエストが発生していて、アキラは渡りに船と考えてこの親の依頼を受けたのだ。


「代金はお支払いしますので」

「あれ位で金なんか取れないって、こっちはこっちでいい話が聞けたしついでに私用も片付けられた。感謝してるくらいだ」

「は、はぁ。そこまでおっしゃるなら……」


 因みにこの親はお金には困ってはいない。アキラもアキラで、それに関わらず本当に有意義だという思いが強かったのだ。


「それじゃ、俺は用事が出来たから行くよ、こんな仮面付けた怪しい奴によく依頼出来たもんだ」

「フフッ……それでは、本当にありがとうございました」


 最後の自嘲めいた言葉が可笑しかったのか、子供の親は少し笑ってから頭を下げてお礼を言った。アキラもアキラで深緑の小さい頃を思い出して仮面の裏で頬を緩めていると、またもアキラを呼ぶ声が聞こえる。


「アキラ君って子供にすっごく優しいのね」

「す、凄く微笑ましかった」


 なぜか、そこには華と夢衣が居た。


「見てたのか、ほっといてくれればいいのに……あれ? 所でなんで二人はこんなとこに居るんだ?」

「ふふん! 驚きなさい!」

「そうか、そりゃスゴイ」

「……まだ途中よ途中、驚くのが早いし白けた感じで言わないで」

「すまないな、それでどうした? いい依頼でも見つけたのか?」

「そうなのよ!」


 華は普通に、と夢衣は少し遠慮がちにアキラの座っている席に腰を下ろした。三人掛けのギルドテーブルはそれで満席になる。


「……なんで座った?」

「え、立ち話もなんだし……」

「……そうか」

「あ、もしかして用事あった?」

「まぁあったっちゃあったけどクエストだしな」


 現在のクエストに時間制限は無い。それを知っていた華と夢衣は遠慮無く話を進める。


「それなら問題なさそうね、実はアジーン方面の山岳地帯に調査依頼が出たのよ」

「なんの?」

「あのにっくきゴーレム・キングよ」

「いや、あのって言われても」

「あっごめんなさい、アキラ君居なかったわね」

「さっき、アキラちゃんが居ない時に、翠火ちゃんとゴーレム・キングについて話してたの」


 アキラが詳細を聞き「よかったな」と言うだけ言って、自分がゴーレム・キングを倒したことは告げない。告げても調査には行かなければならないし余計な先入観を持たせたくないのだ。


 面倒くさがっているわけではない。


「でも倒されたなら倒されたで早く調査結果出さないと大変なのよね、次のキングが生まれる前に報告上げないと」

「……もしかしてキングもリポップするのか?」

「流石にキングはリポップしないわよ」

「?」


 アキラが疑問符を浮かべたのを見て、夢衣が教えてくれる。


「今、沸いてる魔物から、次のキングが生まれるの」

「なるほどな、ありがと」


 まだ若干慣れない夢衣だが、笑顔で返礼出来た。


「そういえばアキラ君、何か変わったこととか無かった?」

「……いきなりどうした?」

「ここに来た時のタクリュー停留場で、何かされなかったのか? とか、怪しいビークル乗りを見かけなかったか? とか色々聞かれたのよ」

「まぁ……色々あったんだろ」

「ん~」


 明らかにアキラがタクリュー停留所で告げたことが原因だろうが、嘘は吐いていない。


「なぁ、ずっと気になってたんだけどビークルってなんだ?」

「ビークルは、えっとぉ、この世界の乗り物全般を指す言葉だよ」

「紛らわしい名称だから機械の乗り物を連想しちゃうわよね?」

「俺もそう思ってた」


 その後も他愛のない世間話が続き「そろそろ行こっか」と華が夢衣に提案する。アキラもそれに乗っかる。


「それじゃ俺もクエストやってくる」

「引き止めてゴメンね」

「気にするな、楽しかったよ」

「ホント? それじゃまた、“気をつけてね”」

「ん? お前らもな」


 軽く手を上げてそれに答え、アキラは新たなクエスト【創世記の語り部】が【オラクルの洗礼】に変わっている。まだクリアは出来ていないようだ。


「行きますか」


 ギルドで夢衣と華二人と別れ、アキラは外へと出て行く。


(まだ物語の序盤なんだな)


 アキラが出題されたクエストを見ながら考える。



【オラクルの洗礼】

その身を清め、オラクルへと入ることでダンジョン【神殿迷宮シーレン】が解放される!

洗礼を受け、現実へ帰る方法を見つけましょう。

【神殿迷宮シーレン】の最奥を目指し【迷宮座長キープ】を討伐しましょう。

マップのマーカーが付いた地点が目印!



「それじゃ行きますか」


 岩山跡地オラクルのマップ中央にあるマーカーへと向かう。目的地は先程見えたドームのように見える場所だった。

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