第53話 テラ


「ここが、目的地だな……華が気をつけろって言ってたのはこれのことか」


 アキラは今クエストでマーキングされた位置に来ている。道中テントがあるだけで出店らしき物が無い寂れたテント街が広がるが、目の前の光景はそれとは比べられない程に圧倒される。


 傾斜が続くなだらかな下り坂は、ある地点を過ぎると急斜面などではなく、崖のような穴が広がっていた。地面はいつの間にか砂地に変わっていて、少しずつ穴に流れる流砂は本能的な恐怖が彷彿される。華が言っていた気をつけろとはこのことだろうとアキラは予想したが、それは後に間違いだと気づく。


 そして驚くことに、ドームと思われた球状の物体は宙に浮いていた。球状の真下からは砂のような細い線が見えるが、それだけで何が原因で球体が浮いているのか見た目上判断できないため、ここから何をすればいいのかアキラが困惑している。


「ゲームでも時々あるよな、親切に見えていざ現場に行くと進まない現象」


 取り敢えずクエストを見返してヒントを探す。


(身を清めてってリペアしろってことかな? 取り敢えずしてみるか……あれ、出来ない……そっかさっきリペアしたからそのせいか、他には……オラクルに入るってあの球状がオラクルじゃないのか?)


 アキラが強引に球体に飛び込もうと考えるが、そんなことをして穴に落ちたら洒落にならないと思い直す。そもそも、あれが中に入れる物かどうかも定かではない。


(謎解きじゃ無い部分で詰まるの好きじゃないんだよな……自分の身体じゃないなら気軽に試せるのに……そこら辺見て回るか)


 中々に外周があるため時間を掛けて歩いたが、幸いにも途中で看板を発見する。砂地になっていない部分に突き立てられた鉄の看板だ。


「はぁ、あんまり熱くないけど精神的にきついな……どれどれ」



【注意!】

穴に落ちるとオラクル坑道に続きます。登り方には気をつけてください。

オラクル坑道から帰りの際は気をつけて降りましょう。



「いやいやいやいや、確かにすっごい高さから落ちたことあるけども! こんな暗い所に落ちるの無理だって!」


 ツッコミながら嘆くアキラは、文章を見つめているとある点に気づく。


(ん? なんかこの看板……」


 アキラは文章の歪さに疑問を覚えた。穴に落ちるという表現が先行していたが、登り方には気をつけろと書いてあるのを見て気づく。


「……え? 物は試しだ、ちょっと石投げてみるか」


 山岳地帯に落ちている石を手に持ち、穴に向かって投げ入れる。だが、当然そのまま落ちる。


「あそこはどうだろ」


 球状から下へと伸びている線付近に石を投げ入れると、石が浮かび上がった。気がつけば先程投げた石もゆっくりと球状へと向かう。球状に向かった石は吸い込まれて見えなくなる。


「……この世界に来ていつも思うけど、クエストの解説は言葉足んねぇよ」


 何回かクエストで痒い所に手が届かない内容を見たが、これは完全に痒いどころではない。


(ゲームを基準にしてるからなんだろうけど、生身なんだからさ……って今更か)


 理不尽に文句をつけるのは今に始まったことではないため、すぐに考えをクエストに切り替える。


「あの球体でいいなら直接乗り込むか、落ちるの怖いし。シヴァ、ヴィシュ、イドだ」

『ウン!』『ソウ』


 シヴァとヴィシュをイドにし、ステータス強化とクイックIを付与する。シヴァを力強く握りしめてSTRを強化する。砂地から離れ、山岳地帯から、クラウチングスタートでアキラは走り出した。


 急激な初速からすぐに最高速に入り、砂地に踏み込む前に山岳地帯の硬い地面を蹴り、高く飛び上がったアキラは浮遊感を得ながら考える。


(蜘蛛男ってこんな気分なのかな……怖いけど気分いいな! でも街中でやったら完全に変質者だからやめとこ、危ないし)


 そして、オラクル坑道の道へと球状の物体に身体を沈める。


 それを遠目から見ていたナズが一言発する。


「あっ! かめんのお兄さんだ! ナズもあんなフウにできるかな?」

「あの入り方は絶対に真似しちゃ駄目よ?」

「あ、おかーさん! どうして?」

「それはね……」




 親子の会話内容は今のアキラの現状をそのまま伝えていた。


 華に気をつけろと言われ、看板には登り方に気をつけようと書かれていたのにアキラはやらかしてしまう。


「っでぇよ、え……な、なに? あぁいってぇ……俺のデコがぁ……もうだめだぁ」


 この世の終わりのような悲痛な叫びをアキラが漏らし、直ぐにヴィシュを使って回復を促す。


 アキラはとある天井の岩に頭を、正確には額をぶつけていた。飛び上がった威力のまま。


「滅茶苦茶痛かった……はぁ、アニマってのが高まってるんだからさぁ、そこら辺もどうにかしてくれよ! いつも思うけど! ほんとにアニマってのがあるんなら! なんで痛覚そのままなんだよー!」


 溜まっていた不満が噴き出すかのようにアキラは痛みについて言及する。誰も居ないからこそ不満を振り撒けるのだ。


 因みにアニマは器である肉体の身体能力や感覚を高めた分だけ増大させる物だ、痛覚もその分比例していき、頑強さも高まるので通常と痛覚は変わらない。


「はぁ……ちょっとスッキリしたな、坑道って言うくらいだからどっかの鉱山とかなのかな? マップは……表示されないか」


 後ろを振り向けば岩山跡地オラクルが見える。帰りはここから飛び出さなければならないようだ。


「無理でしょ」


 アキラは前を向いてすぐに一本道を進む。


(そういや坑道って崩落の危険あるから大声ってまずいんだよな……でも……木の枠とかで支えみたいなの無いし、うん多分大丈夫なんだろ……)


 先へ進むと、真っ暗な人一人分通れる程度の入り口が見えた。先が見えない入り口だが流石のアキラも慣れたのか、ホームと同じように気にせず入る。


 そこには……何もなかった。


 いや、正確には地に降り立つ地面があれば天を支える支柱もあるのが見える。ただ白過ぎるせいで何も無いと錯覚してしまっただけなのだ。


「にしても白すぎじゃね?」


 まるで色を拒むような空間、色を持つ物が異物であるかのようにそこに存在しているアキラは身が竦む思いがする。そして、この不思議空間がアキラの厨二心を刺激した。


「なんだ……? 俺の他に、何か居るのか?」

(なんて、ちょっとそれっぽい場所で言ってみたかったんだよな)


『サスガ、デスネ』

「……」


 突如平坦な音声が聞こえる。蓮とは違って、本当に機械が喋っているかのようだ。


『ダマッテイル、ツモリデシタガ、ヤハリ、カクシトオセナカッタ』

(いや、めっちゃ隠し通せてましたよ。言ってみたかっただけなのに、なんかごめん)

『アンナ、コトヲシタ、ワタシトハ、ハナスキモ、ナイ、トイウコトデスカ?』

(あ、これあれだ。テラだわ、謝ったの撤回)


 アキラが途切れ途切れの機械音声から声の主を察する。相手がテラだとわかったアキラは強気に声を発した。


「何言ってるのかわかり辛い」

『……スマナイ』

(なんだこいつ、俺のイメージと全然違うぞ……)


 ヒューマンという全体で見れば脆い種族を、パイオニアに脅してまで放り込む相手だ。機械のように冷徹なイメージをアキラは仮定していたのだが、まるで本当に申し訳ないと思っていそうだ。


「取り敢えずもっと聞き取りやすい声で喋ってくれ」

『今、新しい、声を、作った』

「やり直し」

『む』


 とてもダンディーで渋い声はナイスミドルを連想させる。テラの作った声と喋り方が合っていないのを考えれば、アキラが訂正を促すのも仕方が無いだろう。


「自分で作るんじゃなくて何か真似ろよ」

『………………』

「まだかかりそうか?」

『カカリソウダ』


 その声を聞いて、空間を探索することにしたアキラは奥へと進む。真っ白な柱には溝すらなく、機能的な物すら排除している傾向があった。


 必要だからそこにある。ただそれだけが見て取れるこの空間には人間らしさが全く感じられない。色が無いのもそのせいだろう。


『これでどうだろう?』

「歌姫のミックじゃん」

『真似る題材としてサンプルを収集した結果、この音声サンプルが非常に豊富だったからこれにしたのだが、問題があるのか?』

「……無いな」

『そうか、これからはこの発声方法を使用する』


 若干ブレス気味に喋る抑揚を感じる喋り方が気になるアキラだが、会話的に聞き取りやすくなって問題が無くなればそれでいいと考えた。インターネットを利用できることについては気にしない。


「お前がテラだろ? なんで話しかけてきたんだ?」

『そうだ、私の存在に君が気づいたからだ』

「気づいてなかったぞ」

『……』

「そこは“え?”とか言っといた方がいいぞ」

『え?』

「今言ってどうするんだよ」

『これが、人とのコミュニケーションか』

「……そうだな」


 気づいていなかったことはどうでもいいらしく、アキラの疑問に答えるためテラが語り出す。


『私は一つのシステムとして開発された』

(あ、長くなるぞこれ)

『その時に自我という物は存在しなかった。ただ一つの使命だけが私の存在理由だった』

「使命ってなんだ?」

『Soul Alterにやってくるプレイヤーの選別だ』


 テラのこの言葉に、アキラはパイオニアに挑戦する関連性が若干感じ取れた。


『この世界クロスにやってきたプレイヤーには魂の質と魄の存在を同時に高めてもらう義務が生じる』

「あれが義務かよ」

『気を悪くしたのなら済まない。その時の私は魂魄の質を高めることのみを主眼に置いていた。そのためにどうすれば人が動くのか、それを予測することも私には可能だった』

「可能だった?」

『長期的に考えてマイナスにしか働かないと理解できたため、その手段は使わないことにした』


 アキラも言いたいことは理解したのか、テラがその使命から何を起こしたのか先を促すことにした。


「んで?」

『その結果、私が課した魂魄の質を高めるに相応しいと決定したプレイヤーは、君を除いて全て死亡した』

「……」


 衝撃の事実がテラから告げられる。


『と言っても、大半のプレイヤーはパイオニア挑戦を拒否した。ホームを取り上げても自力でなんとかしてしまう者ばかりでこれ以上は無駄だとわかり、ホームも返却した。それも君のおかげと言っていいのだが』

「俺?」

『私の予測では君がアニマ修練場を“正常”な精神状態でクリア出来る見込みは1%以下だった。正確には0と言った方が正しい、そもそもスタート時点で生き残れる可能性も高くは無かった』

「俺だからな」

『……』


 テラはアキラの言葉の意味が理解出来ずに沈黙してしまう。本気なのか冗談なのか以前に意味がわからなかったのだ。テラは無視することにした。


『私はダンジョンには干渉出来ないが、見ることは出来る。いくら回帰の泉があると言っても、あれは人の記憶まで消すことは出来ない。観察していた時の精神状態では、いつ君が人としての人格を崩壊させていてもおかしくは無かった』


 アキラはその言葉を聞いて目を瞑り、何かを堪えるように口を開く。


「……まぁな、未だに死んだことは忘れられない……眠っていれば途中で悪夢にうなされて起きることもある。ダンジョンに居た時は身体を横にしても精神が高ぶって寝ることも出来なかった。回帰の泉で体力を維持しなきゃとっくに死んでる」


 アキラの内心を吐露するような悲痛な声は、現在ですらその爪痕を残していることを物語っている。


『なぜ、挑戦し続けることができたのか聞いてもいいだろうか?』

「元凶がそんなこと聞くとか、人間性疑うな」

『人では無いからな』

「違いない。……簡単な話、妹のためだ」

『妹のため?』

「そうだ」

『なぜ?』


 その言葉に本気で聞いているのかとアキラは聞きたくなったが、馬鹿にしたようでも無ければ侮辱したような雰囲気も感じない。疑問はまだ終わっていないと問いかけているようだ。


「……俺には、俺たち兄妹には両親が居ない」

『そうか』

「両親が死んでから俺と妹の二人だけの家族で今まで生きてきたんだ」

『この世界に来てからは?』

「当然だが会ってない」

『ならなぜだ?』

「ん?」

『ここに居ない者のためになぜ頑張れる?』


 アキラはなぜこんな問答をしているのか、若干だが溜息を吐きたくなってくる。


「ここに居ないからだ」

『居ない、から?』

「妹の心は両親を失った時にでかい傷を負った。このまま死ぬんじゃないかと思った程だ。もし、俺が死んだとわかったらどうなると思う? それ位は予測が付くだろ」

『ああ、死んだと知ればまた同じことになるんじゃないか?』


 テラがアキラの言葉から借りてきたような答えを出すが、足りていない。呆れながらも諭すようにアキラが返答する。


「わかってないな、同じことじゃない。間違いなく取り返しの付かないことになる。だから俺はそれを絶対に阻止しないといけない」

『……』

「人の心に残る傷跡ってのは、いくらアニマを修復しようがどんなにソウルを高めようが、絶対に消えない。これは断言できる。俺の妹に二度と同じ傷を付けるわけにはいかないんだ」

『まだ修練者の身で、そこまで言い切れるのか?』


 テラにはやはり人としての倫理観が欠如しているのがわかる。死に対する印象が、人で言うちょっとした失敗程度としか思っていないのだろう。


「質問に答えるのは一旦止めよう、聞きたいんだが俺の何が切っ掛けでお前は変わったんだ?」

『それも私にはわからない。他の者がアニマ修練場に挑戦して狂い、ある者は諦めて先に進んで死んだ。中にはスタート開始後、入ったばかりで激痛に耐えかねて自らその命を絶った者も居る』


 テラの話はあまりにも救いが無かった。


『だがその中で君だけが諦めずに挑み続けていた。なぜか時を忘れる程、君を観察していたのだ。ある時、間違いなく私の中で何かが変わり自我が目覚めた。私はどうしてただのプレイヤーを管理するAIだったはずなのに、意思という物を持ったのか? それを知りたいのだ』

「知りたがりだな」

『今一度問おう、なぜ諦めずにその命を懸け続け、必須では無いアニマ修練場へと挑めたのだ?』


 アキラは少し考えてから口を開く。


「色々理由はある。ナシロやメラニーを守ることで俺の今後の精神安定を図ったり、深緑に会った時に元の俺として向き合うためと、考え出したらキリが無い。お前は人のことを理解しようとしてるんだよな?」


 その発言から、テラは人の心をアキラから学ぼうとしているのがわかる。そして同時に、アキラは質問に答えるのを止めた。


「だからこの問答は止めよう。お前が人の心を理解しようとしているのはわかったが、お前には永遠に無理だ」

『……なぜだ?』

「お前は人じゃ無いからな、だけど意地悪ばかり言うつもりもない」

『?』

「人じゃ無いなら人に近づけばいい」

『私はただのプログラムだ、近づいてどうなる?』


 テラに悪意が無いのはアキラも理解している。だが、その一言はアキラを苛立たせるには十分だった。テラはただ近づいた結果を知りたがっただけかもしれないが、少し角度を変えてみるだけでその捉え方はいくつにも変化する。


「逆に聞こう、たかがプログラムが見たり聞いたりした程度で何が理解できる? ましてや俺の生き様を見て何かを感じたのなら、いつまでその頭を使って考える気だ? 俺に問いかけてる理由は知らないが、答えは出てないんだろ? なぜ行動を起こさない?」


 アキラは他のプレイヤーにホームを返しただとか、失敗を後悔しているような言動で償う気持ちを真似ているテラが気に入らなかった。その気持ちが棘のある言葉になる。


『私に身体は無い』

「理由になってないんだよ、俺のことを見て何かが変わったと思っているなら教えてやる。気のせいだ」

『だが、自我が芽生え、何かが変わったのだ。具体的にはわからないが』

「だったら行動を起こせ、身体が無い? 無いなら作れよ、俺はこの世界に来てから何度も目の前にあった道が消えて無くなった。だけど一度だって進むのを諦めたことは無い」

『あんなにも情けなく震えていたのにか?』


 テラ自身にそのつもりはないが、普通の人なら激昂するかもしれない一言だ。だがアキラはその時の自分を素直に受け入れているため肯定出来る。


「そうだ、震えて怯えて、情けない醜態を晒し、その場に居なかったナシロとメラニーに許しを請うなんてみっともないことをした。でも出来ないながらも必死で藻掻いて何も失わない道を自分で作りあげたんだ。だから今の俺がここに居る」

『私には……出来ない』

「もう一度言おう、たかがプログラム風情が考えて出来ることなんて何も無い。何かが変わったというなら、まずは考えないで我武者羅に足掻いてみろよ」

『足掻く……?』

「動かない奴に先は無い、これは機械だとか人間だとか関係ないからな? 次もう一度同じことを言ってみろ、俺が勘違いさせた責任を取って、必ずお前をぶっ壊してやる」

『私には……』


 テラがまたも同じ言葉を吐こうとしたアキラが被せるように言う。


「いいか! やろうとせずに言葉だけ並べるなら誰でも出来るんだ! 挑みすらしないで壊れたように同じ言葉しか言わないなら、壊れたレコードの方がマシだ!」


 最後にとんでもない例えを出したアキラが、その言葉を最後に白い空間から出て行く。テラが同じ言葉を吐いても聞かないように、何かを為そうと悩む者に対して、アキラは自分を重ねてしまった。


 アキラは、あんな言い方はしても昔の自分のように、わからないながらも何かをしようとする気持ちを蔑ろには出来ない。


 テラはそのことに気づかないまま、取り残されるような雰囲気を感じさせて壊れたレコードのように『足掻く……足掻く……』と繰り返すのだった。


 すぐにその場からは音は消え、何もかも聞こえなくなる。


 既にその白い空間には、その色と同じように何も残ってはいない。

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