第81話 二人だけの美味しい打ち上げ


「こちら茶碗蒸し二つお待たせしました!」

「あ、私ホンビーノ4ヶおかわり欲しい」

「俺も」

「こちら失礼しますね。ご注文は、ホンビーノ4ヶお二つで? はい、では少々お待ちください……お料理オーダー入りましたー」

『あいよ~!』


 茶碗蒸しはひのきで出来た特製の蓋を取ると、大量の湯気が香りと共に立ち上る。ゆずの香りと出汁のいい匂いが更なる食欲を刺激する。


「あっつ!」

「ほら、気をつけろって」

「あ、ちょっと……まぁいいわ」


 勢い良く掬って跳ねた茶碗蒸しの欠片を、この世界で初めて手渡されたおしぼりで拭ってやるアキラは、隣で気をつけながら茶碗蒸しを食べるエルフの反応に微笑ましい気持ちになる。


 だが、今は目の前の茶碗蒸しの方が重要だ。奥に沈んでいる椎茸ごと実を掬う。


(蓋は水蒸気が落ちてこないように木にしてるのは凄い凝り方してるな、そんで椎茸に染み込んだ旨味が噛むと溢れ出してくる。柔らかい茶碗蒸しに滲む野菜の出汁もばっちり合うな)

「美味しいわ!」

「そうかそうか」

「お待たせ致しました。こちらホタテ焼です。特製のしそ味噌を付けてお召し上がりください」

「おお、でかいな」

「でかいわね、えい」


 執行者のエルフは率先してフォークでホタテを縦に割る。アキラは箸で片方をしそ味噌に付けて頬張った。


「んー!」


 エルフもアキラに遅れて食べると口が開けないのに声を上げている。


(気持ちはわかるぞ、ほんのり香るしその風味に見た目程しょっぱくない味噌、これがホタテにばっちり合ってる)


 噛みしめる度、口に広がる貝独特の風味と溢れ出す出汁に絡まるしそ味噌はアキラの舌を唸らせるのには十分だ。


 備え付けのガリで口の中をリセットし、再び茶碗蒸しに手を付け始める。


(エビの尻尾はちゃんと取ってあるのに綺麗に身が全部入ってる。こう言う気遣いは素直に嬉しい)


 銀杏のほくほくした感触を最後に茶碗蒸しを片付け終わる頃、再び店員がやって来る。


「こちらサザエの壺焼きです!」

「来た来た!」

「落ち着けって」

「あっ……」


 恥ずかしそうにするエルフだが、頬を赤めながらも黙ってサザエの壺焼きを受け取る。


「あ、ガラナソーダ1つ追加で……2つで」

「ドリンクオーダー入りましたー」

「ありがと」

「あいよ」


 エルフの視線が自分にもと訴えんばかりに眉を寄せながら見ていたので、アキラは察して黙って注文する。恥ずかしい自覚があったので声を出せなかったようだ。


「このサザエの壺焼き、丸ごとじゃないんだな」

「?」

「ああ、いやこっちの話だ」


 アキラは切り分けられた身を箸で摘まんで口に入れる。


(しつこくない磯の風味に出汁が聞いた醤油味、これはいいぞ! 下拵えのおかげか苦みは殆ど感じられない。少しあるが、逆にいいアクセントになってる)


 夢中で食べてしまい、すぐに無くなってしまった。


(ああ、もう無くなっちゃったか、サザエはこれだから……でも残りのスープもいけるな若干薄いのがまたいい。お、肝もちゃんとあったか)


 アキラがサザエの殻を持って直接口を付けて煮汁を飲んでいる。それを見たエルフは目を見張り、アキラの真似をしていた。まるでその手があったかと言わんばかりの行動は微笑ましい。


(ん~、肝が濃厚でまったりと絡みつく舌触り……スープとの相性もばっちりだ)


 隣でアキラと同じく煮汁を啜るエルフは、中に引っかかっていた肝が落ちてきた衝撃で顔に煮汁が飛び散ってしまう。その勢いで口の中にスープと肝が入ってしまった。


「んん!」

「だから、気をつけろって」

「んーん! ん!」


 口をもごもごと咀嚼させながら驚きの表情を表に出すエルフは、アキラの顔を拭う行動を鬱陶しそうにしていた。しかし、口の中の肝を味わうとそっちに夢中になってしまう。


「こちらお先ガラナソーダ2つです」

「ありがと」

「……」


 お礼を言うアキラとは正反対に、無言で受け取るエルフは幸せそうにガラナソーダを口に含む。


(ふっ、食の前では争いなど起きないのだ。無力な小娘め!)


 時間は執行者と自称するエルフの女性と、したくもない再会をした所まで遡る。






「そこのアナタ!」

「……」

「ちょ、ちょっと気づいてるんでしょ!? 待ちなさい!」

「人違いでは? 急いでいるので失礼」

「その仮面を見て人違いも何も無いでしょ!」

「む、確かにそうかもしれない」

「はぁ……いいわ、もう一度聞く。自分が何をしたかわかっているの?」


 アキラは唇をわざと結んで視線を外し、申し訳なさそうにする。それに対してアキラの演技を見たエルフはやっとわかったのか、と言わんばかりに溜息を吐きながら腰に手を当てた。


「……悪いのかよ」

「っ! 悪いに決まってるじゃない!」

「海鮮丼おかわりしたことが、そんなに悪いことなのかよ!」

「そう……ん? 海鮮丼? なんの話よ?」

「やっぱりか! 丼物屋の前で俺が海鮮丼食ったことを話したら怒っただろ! 二杯食ったことを根に持ってるんだ!」


 あまりにも意味のわからない言い分だが、アキラの発する声の方が大きい。内容も海鮮丼を食べる食べないの話なので周囲の通行人は執行者のエルフとアキラがただの口喧嘩をしていると思ってしまう。


 そこで、シーサイドベアー・ジェネラルと戦った6人が丁度ギルドの前へ現れた。言い争いをしているのがアキラだとわかるとディックが駆け寄ってくる。知らない仲では無いため、事情を聞きに来たのだろう。


 それを見たアキラは、ディックがことの真相に気づいていないのをいいことに、ここぞとばかりに自分が有利な展開に持っていくため布石を打つ。


「ああ! ディック聞いてくれ!」

「どうしたんだよアキラ、ここはギルドの真ん前だぞ?」

「このエルフの執行者が俺の話を聞いてくれないんだ!」

「執行者って……なにやらかしたんだ?」

「聞いてくれないとはなによ! こいつは「俺はただ!」


 アキラはさせまいと被せるように声を上げる。エルフの女性はびっくりしてしまいアキラを見ることしか出来なかった。


 それを確認したアキラは急ぎすぎず、しかし素早く静かに語り出す。


「海鮮丼を2杯食っただけなんだ」

「なっ! まだそれを引っ張るの!?」

「ほら見てくれ、この調子だ。おかわりしたのがよっぽど気に入らなかったらしい」

「私はただ、アナタが」

「まぁまぁ執行者さん、待ってくれ。俺は此奴をあまり知らないが、わかることがある」

「え?」


 ディックはアキラを咎めるような視線を送りながら取りなしたため、怒りを露わにしていたエルフは、アキラがいい加減なことを言っていると理解したのかと思い込んでしまう。


(そうよね、普通に考えておかわりどうので怒ってるなんて思うわけないわよね)


 アキラはディックの目線に無理矢理過ぎたか? と内心思いながら続きを待つ。焦ってはいけないのだ。


「執行者絡みだから何かと思ったら……アキラ、無茶を言うのは良くないぜ?」

「う……(まだ諦めないぞ!)だって往来で指摘されたらな。俺にもプライドってもんが……」


 最早アキラもなぜここまで全力で遊んでいるのかはわからないが、必死になっている。


「気持ちはわかるが、相手は女性だぞ? 自分もおかわりがしたかったなんて言えるわけ無いだろ? ましてや女性で執行者だ」

「え?」

「それは……確かに往来で正直に言えっていうのは無茶だったかもしれないけど」

「え? え?」


 エルフは困惑の声を上げる。そしてアキラは確信した。


(まさか話を誘導する前に援護してくれるなんて……)


 ディックはアキラの言葉がいい加減な物だと理解していない。すぐさまそれを察したアキラはそれに乗っかる。どうやらディックはエルフとアキラが一緒に食事をし、アキラだけがおかわりをしたことを咎めているらしい。


 往来でアキラがデリカシーの無い発言をしたのと、エルフの執行者がおかわりを食べれなかったことで怒っていると思い込んでいるようだ。


 このチャンスは逃せない。アキラは生死を懸けた戦いでチャンスを逃したことは無いのだ。


 背後で聞いていたディックのパーティは、あまりにもくだらない理由だと思ったのか、ディックを残して中に入ってしまう。


「そんな中、一人だけおかわりして美味いもん食ったんだ。怒って当然だろ?」

「ちょ、違うのよ! こいつは!「そうだ! 勘違いするな!」


 まさかアキラから否定の言葉が出てくるとは思わなかったのか、再びエルフの女性は困惑し始める。


「俺は埋め合わせをちゃんと提案したんだぜ? それなのにこれだ」

「なんだ、執行者さんとアキラが話を聞く聞かないってそのことだったのか? 」

「え? だから……そうじゃなくて……」

「わかったよ、もう一度言おう。ディックも聞いといてくれ」

「おう」


 アキラはエルフの肩に手を置く。そのせいで反撃の機会を失ってしまった。その表情は真剣な物な筈だが、仮面を付けていなければ説得力のある表情が見られただろう。


「飯を食いに行こう。勿論奢る」

「は?」

「そこでさっきの話を改めてしようじゃないか」

「さっきのって、お店で話すようなことじゃ……」

「ほらディック、この調子だ」


 アキラはこの一言を告げるだけで勝利を確信した。ディックの頭の中ではアキラが非礼を詫びるため、ご飯にもう一度誘い直しても渋っているようにしか見えないのだ。人の良いディックはアキラの望む援護を送る。


「執行者さんも、文句なら飯を食いながらでもいいんじゃないか? あぁ、イヤならちゃんと拒否しろよ?」

「え? ま、まぁ出来なくは無いかもしれないけど……」

「なら決まりだ。因みにアキラはどこで飯を食うつもりだったんだ?」

「貝の美味い店だ!」

「なら食楽街に行くといい。でっかい貝の看板があるからそこがオススメだ」

「おお、ありがとうディック」

「なぁにこれくらい……『ディックー』おっと」


 ディックを呼ぶ声がギルド内から聞こえる。どうやら残りのパーティメンバーは用事を終えてしまったようだ。


「それじゃぁ俺は行くよ。分配あるし、後で打ち上げもあるからな」

「わかった、またな」

「じゃぁな! 執行者さんも、俺に免じて挽回のチャンスをくれてやれよなー!」


 ディックの何に免じろと思わないでも無いが、さわやかな性格で悪気の無さそうな顔からすぐにはエルフは否定の言葉を出せず、ディックは行ってしまった。やり場の無い思いが溜息となって出て行く。


「ほら、執行者さん行くぞ」

「執行者執行者言わないで、私にはちゃんとサキって名前があるの」

「そっか、俺はアキラだ。これから美味いもん食うのにカリカリしてたら不味くなるぞ! ささ、付いてこないなら奢りもなしだ」

「ちょっと! 私は行くなんて……」


 アキラはそれに構わず歩き出してしまう。勢いに流されて執行者のエルフ、サキが取った行動は……。






「こちらガラナソーダと、ホンビーノ4ヶでーす」

「ども」

「……」

「ほら、いつまでもブスッとしてないで」

「ブスッとなんかしてないわよ、外食なんてあんまりしないから緊張してるのよ」

「ん? 飯は自炊なのか?」

「ええ、執行者は独り身だと薄給だから贅沢できないのよ、転勤転勤でお金も必要だし贅沢できるタイミングは限られてるの」


 サキの私生活が若干垣間見えたが、アキラは運ばれてきたガラナソーダを持てとジェスチャーで伝え、それにならったサキへとアキラはグラスをぶつける。


「乾杯!」

「……何を祝ってるの?」

「実はさっきシーサイドベアー・ジェネラルの依頼を達成したから金が入ってな」

「え!? う、嘘よね?」

「マジマジ、さっきのディック達のパーティメンバーとはそこで知り合ったんだ」

「あのパーティはこのエステリアでは中々安定したいいパーティよ? でもそれを加味すると……現実味が増すわね」

「へぇ、あいつら結構有名なのか? まぁいいや、ほら、一緒に祝ってくれって」

「わ、わかったわよ。乾杯」


 グラスのぶつかる音は、1日の終わりを変わりに告げる合図にも感じられた。






 ホンビーノのおかわりを持った店員がやって来る。


「大変お待たせしました! ホンビーノ4ヶを二人前お持ちしました!」

「あ、お兄さん注文ってこれで全部……だよね?」

「はい! これで最後になります」

「じゃ追加でカニ雑炊土鍋でお願い」

「土鍋ですと四人前になりますが、よろしいですか?」

「うん、お願い」

「ありがとうございます! お料理オーダー入りましたー」

『あいよ~!』


 厨房から聞こえる返事を聞いた後に追加できたホンビーノを見る。


「これ美味かったよな」

「こんなに食べちゃうなんて……許されないわ!」

「その緩んだ顔で言っても説得力無いぞ、今日はさっき言ってた特別な日ってのにすりゃいいじゃん」

「フフ、それもそうね! 今日は美味しい物を食べる日!」


 アキラはホンビーノの殻を掴む。ホンビーノとは大きなハマグリのことで、見た目真っ白な殻の上を掴んで直接口に持っていく。濃厚な貝の出汁と共に下の殻に乗った中身を啜る。


「うん、うまいな……」

「あっちち、おいひぃ」

(こうして見ると悪い娘じゃなさそうだな)


 既にアキラがスリの少年を逃がしたことは忘れていないまでも、それどころでは無くなっているのは幸せそうなサキの顔が物語っている。こうして最後の締めの雑炊を食べ終えるまで食事会は楽しく進んだ。




「食べた食べた、むふふ」

「嬉しそうだな」

「やっぱり自分で作るよりお店の新鮮な貝は気持ちいいわ!」

「なんだよ気持ちいいって……言いたいことはなんとなくわかるけど」


 残ったガラナソーダを少しづつ飲みながら、サキは急に態度を縮こまらせて言い辛そうに話し出す。


「私ね、本当はスリの少年を捕まえること自体はそこまで執着してないの」

「ん? そうは見えなかったけどな」

「正確にはスリ取った物がどこに流れていくのかが知りたかったのよ」

「あぁ、だからあんなにつっかかってきたのか」

「悪かったわよ……私、ちょっと焦ってて」

「俺はてっきり、自分の信じる正義に反する奴には言い聞かせる! ってタイプだと思った。斬りかかられたし」


 アキラはブレードの魔法で刃を突き付けられたことを思い返す。


「ぐっ……いくら余裕が無い時に煽られたからって、あんな短絡的に行動するのはどうかしてたわ。今までアナタみたいに執行者を相手にして強く出られたことなんて無かったから」

「はは、気にするなってこれは俺の性格のせいだからな。それと、ギルド前では話を無理矢理遮りまくって悪かったな」

「気にしてないわよ、でも本当に奢らせていいの? 割り勘でも……」

「気持ちだけもらっとくよ。それにあそこまで啖呵切ったのにあんたに出させたら、俺凄くかっこ悪いじゃん?」

「フフ、何よそれ」


 アキラは一気に残りのガラナソーダを飲み干す。濃すぎないさっぱりした炭酸が舌の気怠さを溶かし、頭をリフレッシュしてくれる。


「それじゃぁ俺はそろそろホームに帰るよ」

「私も仕事の時間はとっくに終わってるし、帰るわ」

「そうだったのか、俺は会計してから帰るから先行って良いぞ」

「それならお言葉に甘えるわね、ご飯ごちそうさまでした」

「あいよ」




「お会計4860Gになります!」

「おぉ食ったな~」

「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」

「おいしかったんでまた来ます」

「それはよかったです。次回も気軽にお越しください」


 アキラは会計を済ますとナシロとメラニーの待つホームへと向かう。エステリアのホームはマップで確認済みのため、向かう方向に不便は無い。真っ直ぐホームまで帰ることが出来た。


(今日は色々疲れた。美味いもんも食ったし少ししたら寝るか)


 賑わいを見せているが、見知った顔は居ない。そのままラウンジを通って自室に入る。


「っ!」


 そして、自室に入ったアキラを狙う鋭くも黒い影が切っ先を向けて飛んできた。

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