第82話 試しの門
謎の襲撃者に一瞬驚くアキラだが、行動は冷静だった。迫り来る鋭い
「ムッ!」
「こらメラニー! 危ないだろ!」
「ムームー!」
アキラは親指と人差し指でその切っ先を受け止めていた。そのせいでメラニーは喋ることが出来ずに唸るように声を上げている。反対の手でメラニーの小さな足を指に乗せて足場を作ってやり、手を離す。
「アキラ、オカエリ!」
「はい、ただいま。なんでいきなりあんなことしたんだ?」
「? ナシロ、アキラヨロコブ、イッタ!」
「…あ、アキラ……おか」
メラニーを指に乗せたまま、段ボールベッドに身を沈ませてるナシロの方へ顔を向ける。
「ナシロ君、こっち来なさい」
「…ちょっと……今はアガガガ」
最後まで言わせず、一瞬で近づいたアキラはナシロの身体を毛の流れとは逆の方向へと逆撫でた。その感触にナシロはなんとも言えない声を出している。
「…ちょ、それ……いい」
「……」
アキラは無言で乱れた毛並みを整えながら理由を聞く。
「お前なんでメラニーを
「…それな、アキラが……どっか行った後のこと…」
「ぞんざいな言い方だな」
ホームのラウンジで翠火に後を託したアキラはもうここには居ない。エステリアに行くために席を立った後だ。
「ナシロ! アキラ、イッチャッタ」
元気に声を上げるが、若干寂しげなメラニーの声を聞いた翠火は、指でメラニーをあやす。
「すぐに戻ってくるって言ってますから大丈夫ですよ」
「…ナシロは……武力行使に…出ます」
「貴方は貴方で寂しいんですね」
「…そんな……ことない」
「フフ」
ナシロを抱きかかえて毛並みに沿って撫でる指に、気持ちよさそうに目を細めている。
「…そういう……こと」
「まだ途中だろ」
「そういえばナシロとメラニーはラウンジの外には出られないんですか?」
「ムリ!」
「…悲しい……それに、外出ても」
「ナシロ、イキテイケナイ!」
「え!?」
「…メラニー……居ないと…ナシロ、動かない……だから、生きてけない…多分」
「ナシロはなにがなんでも動かないんですか?」
「…それが……ナシロの…アイデン……ティ…あ、うん」
翠火はナシロなりの冗談だと受け取り、肉球をマッサージし始める。
「…気持ち……よかった」
「え? メラニーの話は?」
凝って無さそうな肉球をマッサージする翠火は、ナシロへ気になっていた疑問をぶつける。
「そういえば、ナシロは一度も歩いたことが無いんですか?」
「…うん」
「え? ……自分で聞いといてなんですけど、冗談ですよね?」
「…ナシロ、歩いたこと……ない」
マッサージを受け、ゆっくり尻尾を振るナシロは溶けるように翠火の膝に垂れている。普段は面倒くさがる返事も機嫌良く返している。
「翠火ちゃん! おは~」
「おはようございます。これからご飯ですか?」
「うん今日はあたし卵の気分なんだぁ! 翠火ちゃんはご飯食べたの?」
「はい、私はもう朝食は済ませましたのでお気になさらず、夢衣さんは注文してください」
「あれ、そなの?」
「ええ、アキラさんが来てたのでその時にご一緒しました」
「おぉやっぱりアキラちゃん生きてたんだね! 痛たた、うぅ……メラニーちゃんごめんってばぁ」
「イキテル! キマッテル!」
メラニーは夢衣の言葉が癪に障ったのか、突っ込んでその小さな嘴を夢衣の肩に突き刺す……までいかず、押す程度の感触を与える。メラニーの可愛らしい抗議に夢衣は自然と頬を緩めながら謝罪を口にしていた。
「理由は聞いたの?」
「あ、華ちゃんおはよぉ」
「夢衣、翠火、おはよう」
「おはようございます」
途中から加わった華が挨拶を交わし、席に着く。これでいつもの3人組、それからナシロとメラニーが加わったグループが出来た。
「なぁ、なんで俺はナシロの日記を拝聴してるんだ?」
「…なんで……だっけ?」
「相変わらずだな、取り敢えずは楽しかったんだろ?」
「…それなり……に」
「ならいいや」
『ニギャ』
アキラがナシロの耳を優しく揉むように、しかし全体は多少乱暴に撫でてるせいでナシロから出る鳴き声が若干濁ってしまう。ナシロは尻尾を立てて目を細めているのを見るに、機嫌は良さそうだ。
ナシロが理由を言わないが、武力行使の部分でメラニーを
「そうだ! お前これ着れるか?」
「…それ、なんすか?」
「なんで生意気な後輩口調なんだよ、これはな」
【水熊の着ぐるみ】
シーサイドベアーを模した着ぐるみ、身体を清潔に保つ機能と体温調節機能付き。
着る者のサイズに合わせて大きさが変わるが、付けている防具を全て外さなければ着用できない。
(絶対可愛い)
アキラはナシロを友達と思う一方で猫としても可愛がっている。力なく垂れた耳に溶けそうな身体とふわふわな毛は、見ているだけでも癒やされる。
「…めんどい」
「これ涼しくなるらしいぞ? ただ、他の装備を全部外さないといけないから俺は着れない」
自身の仮面を指さすが、ナシロはそれに構わず涼しいという言葉に惹かれたのか、片耳を持ち上げていた。
(え? 耳持ち上がるの?)
「…涼しい」
「お、おう、らしいぞ」
「…着せて」
「あいよ」
アキラはバッグから水熊の着ぐるみを取り出すが、人用なためナシロには大きい。説明では大きさを合わせるとあったので、中にナシロを入れる。すると一瞬で着ぐるみは小さくなり、ナシロの身体に合わせる……はずだった。
(こ、これはまずいぞ)
「…涼しい」
デフォルメされたシーサイドベアーの顔がナシロの頭部を覆っている。顔は剥き出しで着ぐるみの筈が、フード付きの帽子に変わっている。熊の耳型が出ているのが可愛さを引き立てていた。
全身は熊っぽく覆われるイメージをしていたアキラだったが、胴体は熊の皮で出来たふさふさの衣装だ。青色のカラーをベースにし、四肢を出す穴が空いた状態で尻尾まで服は伸びている。なぜか首輪も服の上に出ていた。
「…ほめつか」
「なんだほめつかって」
「…褒めて遣わす」
「んーまぁいいや、それよりお前めっちゃ愛くるしくなってるぞ」
「…ナシロレベルに……なると、ね」
「毎回すげぇ自信だな」
「アキラ! メラニーモ!」
「あー……ごめんなメラニー、一個しか無かったんだ。次出たらお土産で持ってくるから」
「ヤクソク!」
「勿論だ」
アキラが指を差し出し、メラニーはその小さく黒い翼を差し出してくる。握手のように軽く触れて約束を交わした。こうしてアキラが過ごす束の間だが平和な夜が更けていく。
砂浜を照らす青い月は、海とは違う青で周囲を薄く照らしている。この世界では珍しくも無い風景だが、波の揺れる音と合わさればロマンス溢れる光景だ。
そしてそれはさざ波を知らせる海にも言える。明るい青で塗られた世界は、まだ物足りないと自己主張しているらしく、海が夜空を映し出しているのではないかと感じる程に青で満たされた幻想的な世界が作られている。
ふと海を覗き込めば底まで透き通って見え、その範囲は近くの海底にある砂まで見えてしまう。まるで海など存在しないと錯覚してしまいそうなその風景は、眺めているだけで本当に海との境目がわからなくなってしまう。
『ラララ~♪』
そんな染み一つ無い空間の一部から黒い影が静かに降り立つ。静かな世界を壊す染みと共に、声なのか風のせいなのか、まるで鼻歌に近い綺麗な音が聞こえる。
生き物ならどんな相手でも虜にするゆったりとした音にも聞こえる歌声が、一つの世界を壊して小さな自分だけの世界を作り始めていた。当然それを邪魔する者は誰も居ない。例えそこに、どこからともなく現れた魔物と数十人のヒューマンにワービースト、そしてエルフが居てもその世界を乱す者は存在し得ない。
『ラーラーラーラララ~♪』
まるで歌声に聞き惚れるようにそこへと集まった人々は、虚ろな視線で歌声の主をただただ視界に収めている。
小さな世界の主が居るであろう場所には大きな花のみが存在している。虚ろな瞳に映る歌声の主が人では無い大きな花であることはどうでもいいのか、誰も気にしていない。
5つの花弁は月の照らす光を浴びている。にも関わらず青い月明かりに影響されず、花弁は奇妙に暗いままだ。
『ラララ~♪』
たっぷり間を置いて聞こえる歌声に合わせ、人一人を丸々包める程度には大きい花弁が上下にたなびく。根や茎などが見当たらず、花弁のみの特殊な花は地面から一定の距離を保って宙に浮いている。見る人が見ればその不気味さと、姿から決して相対したいとは思わない。
花弁は暗くても、時折月の光が反射して金属の光沢らしき物が見えている。その表面には小さい返しの付いた釣り針が無数にあり、見るだけでも恐ろしい物だ。花弁の中央は黒い闇に包まれているのだが、その奥底にあるのは生命にとって確実にいい物では無い。
『ララ……』
機嫌良く歌うように音を発していた花弁だったが、途中で止まってしまった。花弁を天に向けてゆっくり回っていた筈が、突如として鏡を映すように魔物へとその面を向ける。
花弁の中央から黒い触手が数本伸びていき、ゆっくりと大きなサイズのガニワタリを捉え、触手の主である花弁へと持っていく。そして静かにガニワタリを覆うようにその花弁をつぼみの形に変わっていく。
閉じられた宙に浮く漆黒のつぼみが時折激しく膨らむ。中で虚ろだったガニワタリが動いているのか、中では何かが起こっているようだ。その出来事はつぼみの中に囚われた者だけがその生命と引き替えに知ることになる。
「ほら、これでいいだろ?」
「確認するから待って……はい、大丈夫よ」
次の日の朝、アキラはダンジョン入場資格の審査をするためにギルドへ来ていた。入場資格の審査は執行者が取り仕切っている。そのため、エルフの執行者であるサキが今日も執行者の制服らしき緑のブレザーに、黒のスラックスという決めた出で立ちで仕事をこなしている。
「執行者ってサキしか居ないのか?」
「ちょっと、何呼び捨てにしてるのよ」
「ん? あぁ、全く……仕方ないから俺も呼び捨てで良いぞ」
「私がわがまま言ってる風にしないでちょうだい。それに、なんでさり気なく私が呼び捨てしちゃいけない感じ出してるのよ!」
「え?」
「え、じゃないわよ ……昨日もそうだけど、話の進め方おかしくない?」
「わざとだ」
「もーなによ! ……さ、さっさと行くから付いてきなさい」
「ごめんって、そんな怒るなよ」
アキラのからかう言葉に怒りを露わにするも、昨日の食事に義理を感じているサキは怒りを堪えてギルドの奥へと向かう。怒らせた原因であるアキラは、謝って宥めながらサキの後を追った。
「んで、これから向かう所が【試しの門】ってのに通じてるんだよな?」
アキラが確認を取ってくるが、仕事なので私情を挟みつつサキは不機嫌に返す。
「……ええ、さっき説明したとおり、ギルドが用意した3階層の構造をしたダンジョンよ」
「確か1階が魔物との戦闘で2階が仕掛け部屋、3階が“修練場”だな」
「そう、修練場は全てのダンジョンに存在する“人”が強くなるための施設よ。って言っても怪我もしなければ死にもしないし、難易度に応じた敵と戦うだけで、ボス前の肩慣らしに近いわね。すぐ終わるから2階を心配した方が良いわ」
「……そうか」
サキは前を向きながら不機嫌に返しているため、アキラの様子が変わったのを感じ取れなかった。
(修練場ってのは多分この世界の人にとって俺達“プレイヤー”が使うアニマ修練場だな。聞く限り難易度はグッと下がってるっぽいけど……)
詳細を話しながらダンジョンのショートカットを使ってダンジョンへと向かう。
「アンタ入場資格要らないでしょ」
「無いと乗船許可証が貰えないんだよ」
「なるほど、船に乗るから必要なのね」
納得顔で頷くサキは、今3階へ昇る途中だ。
「今更だけど、あれ俺の知ってるゴブリンと全然違うんだけど?」
「あれ以外のゴブリンを私は知らないけど?」
(俺が初めて入ったダンジョンで見た筋骨隆々のゴブリンと違って、蹴ったら死んじまいそうな貧弱を絵に描いたようなゴブリンだったな。数だけは居たけど)
ゴブリンが現れる度、アキラは蹴り一つでその存在を消滅させるので苦戦すらしない。相手が強かろうが弱かろうが、生物を殺める忌諱は最早無い。オルターの出番さえ必要としない程だ。
(2階だってただの回転パズルみたいなもんだったし、相当緩いな)
アキラは緩いと感じているが、それはパイオニアの難易度と比べてのことである。パズルも16ピースを2階に広がる迷路のような場所で探すため、探索に必要な方向感覚の有無も試験の一部なのだ。
時間を掛けてクリアはしたが、長くダンジョンに居座ること自体初めてでは無いため体力面でも問題は無い。サキはアキラがなぜダンジョンの入場資格を持っていないのかが気になり始める。
(これ程迷い無く探索できるのになんで入場資格持ってないんだろ? それに素手で簡単にゴブリン仕留めちゃうし、簡単な難易度ならパーティを組む必要性も無いわね)
思考に耽りながら3階に到着すると、既に何度も見た光景を目にする。
「こっちは回帰の泉って言って……」
「知ってる知ってる」
「あらそう? でこっちが修練場がある道、そして真っ直ぐ行く方向はボス部屋ね」
「じゃ修練場行くか」
「ええ、その場所だけどちょっと特殊な作りで椅子があるだけなのよ」
「そこに座るだけで修練スタートだろ?」
「あら、それも知ってるの?」
流石に執行者として同行し、仕事として解説をしようとするが、それを必要としないアキラに対して咄嗟に質問を返す。
「ん? 言ってなかったっけ、俺2回ダンジョン攻略済みだぜ?」
「え? き、聞いてないわ。そもそも入場資格も無いのにどうやってダンジョンに……」
「色々複雑なんだよ」
例の如く、説明するのを面倒くさがったアキラが流してしまう。
「はぁ、あれだけ上手く立ち回れるなら問題無さそうね。いいわ、早く終わらせましょう?」
「あいよ」
修練場に到着し、中に入ると恒例の4席がある。アキラは慣れた様子で椅子に座る。
【HELP】
ファーストコーズが設定中のため、修練場の難易度をパイオニアに変更します。
(へ?)
突如、迫り来る脅威は容易にアキラの精神を削りにきていた。
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