第83話 修練場の違う形
作られたダンジョンの終盤で訪れたアニマ修練場、アキラは修練の難易度を強制的にパイオニアにされていることに不安を覚えている。
「あ~あ、予測でき……ん? 声出てないのか?」
ここで違和感に気づく。
(……いや、声が出てる感覚はある。もしかして自分の声が聞こえてないのか? それに、なぜか【タイムポリューション・遅】まで付いてる)
制限された感覚は聴覚で、ダンジョン突入時に付加される体感時間を遅らせる時間汚染のデバフまで掛かっていた。
「あー! あー!」
音が聞こえるか再度確認するも、結果は何も聞こえない。
(耳が詰まってる感じがしないのも変な気分だ……はぁ、声出してるのに出てない感じってすっげぇストレス溜まる。そろそろお相手さんも出てくるだろ?)
本来なら相手が現れてもおかしくないのだが、幾ら待ってもアキラの相手は現れない。
(あれ? もしかして、目も見えてないのか?)
アニマ修練場は自分と相手以外真っ暗な空間なため、もしかして目も見えていないのかとアキラは疑問を覚え始めた。それを察したわけでは無いがタイミング良くヘルプが表示される。
【HELP】
(……パイオニアのダンジョンを経由しなかったからか? まぁいいや耳が聞こえない状態での訓練ね、うん間違いなくそれ前提の何かやらされるに違いない)
アキラの心中は相変わらずだが、その面持ちは不安の表れでもある。その証拠にアキラは自然と歯を食いしばり、何がきてもいいように腰を落としている。
(シヴァ、ヴィシュ)
二丁のパートナーを呼び出して備える。
(何も起こらない……取り敢えずはイドにっ!)
「っで」
時間が経過しても何も起きないため、更に防備を固めようとするアキラだったが額に何かが当たる衝撃に思わず声が漏れる。
(ん? おでこに何か当たっ……む、まただ)
普段なら自分に迫る脅威なら感じ取れるはずが、何も感じ取れなかった。衝撃自体も大したことが無いせいで反応もできない。まるでイマジナリーブリザードから受けた氷柱の時と近い状況だ。
(くっそ、仮面のおかげでおでこは問題なくても、頭全体に響く振動はむかつくな。適当に動き回っても避けれないし、これが訓練か?)
身体の動きが阻害されているといったことも無いため、アキラは不自由なく行動できる。それでも
(何が当たってるんだ?)
額の前に手を置いて当たる何かを待ち構えようとする。狙い通りその額にぶつかる何かの感触を掴んだその瞬間、アキラの記憶は途切れてしまう。
「あら? 早かったのね、お帰りなさい。まさか座ってすぐ戻ってくるなんて」
「え?」
「……倒したんでしょ?」
意識がはっきりし、声を掛けられたアキラは何が起こったか解らないのか、空返事を返してしまう。訝しんで結果を聞いてくるサキだが、修練を終えて戻ってきたと勘違いしているようだ。
「……ねぇ、大丈夫? 凄い汗だけど」
「あ、あぁ。なんか凄く嫌なことが起こったってのは覚えてる」
「あれ? クリアしたんじゃないの?」
「してない。多分あそこで……いや、すまんまだ終わってないからもう一度行ってくる」
「え、ええわかったわ。気をつけ……」
アキラの尋常では無い様子に取り敢えずサキが言葉を掛けるが、それを待たずに再び修練場へと行ってしまう。
(多分、飛んできた物を掴んだのが不味かったんだろうな。でも、タイミングさえわかれば……)
考えている最中もアキラの額を小突く物体の正体を看破するため、即座にシヴァの銃床で打ち返す。それと同時に、アキラの視界は血に染まった。
気がつけば倒れており、視界は上を向いている。
(……ぐっ、身に覚えのある衝撃、だな。まじ……かよ)
あまりの衝撃に喋ることも出来ず、思考が鈍っている。耳が聞こえないせいで何が起こったかわかっていないが、自信の身に起きたことは感覚で理解できた。
(爆発、だな)
音が聞こえないせいで状況把握能力が落ちているが、アキラが事故の際に味わった吹き飛ぶ感覚は一瞬だが覚えている。
(あーくっそ……耳聞こえないのに頭の中がガンガンする)
至近距離で起こった爆発のせいで体調は最悪だが、そんなのは関係なしと言わんばかりにアキラの額に当たる飛来物はその攻勢を止めない。例え仰向けになっていようが正確にアキラの額を狙い撃つ。
「絶対に、許さねぇ……シヴァ、ヴィシュ、イドだ」
息も絶え絶えで声を出すが自分の耳には届かない。しかし、アキラは喋らずにはいられなかった。それ程心にくる物があるのだろう。
自身に届かない声だが、シヴァとヴィシュにはしっかり伝わった。その証拠にシヴァの銃身は濡れるような綺麗な赤に染まり、鈍い光を放つ。
ヴィシュも日に照らされた草原のように鮮やかな緑に染まる。アキラは即座にヴィシュで回復を優先し、身体の怪我を治療する。
(よし、意識もはっきりしてきた。相変わらず小突かれるのはうざいけど、要はこの小突いてくる奴を倒せば終わりなんだろ?)
アキラはクイックIIを付与して額にぶつかる位置から相手の方向へと走り出す。
アキラが頭を動かすと同時にこめかみ付近を風が撫でる。どうやら正体不明の相手から受ける攻撃を躱すことに成功しているようだ。
(よし)
その掛け声と共にギリギリで見えない攻撃を避け始めてから5分近く経過している。ここまでの経緯でアキラは相手の特性を見極め始めていた。
(この
動いても攻撃が当たるのは、精度が高い予測による物だと当たりをつける。そこから一定間隔で迫る攻撃をギリギリで避けることで、回避を可能にした。
(んでこいつの攻撃が狙った位置以外に行くと……)
背後から爆風が発生するが、当然音は聞こえないのでその風圧から判断する。
(あれは触ったら駄目な攻撃だったんだな。まさか目は見えているのに、耳が聞こえないとここまで何もわからなくなるなんてな、勉強になるなっと……っ!)
アキラがリズムを取って回避行動をしていたのだが、突如小突く威力では無い衝撃を額に感じた。避けた次の瞬間だったせいでバランスも崩れている。顔面を殴打されたかの如く衝撃は強制的に身体を後退させられてしまう。
(な、なんだっ……く、首が痛てぇ)
高すぎる威力で首を痛めてしまい、即座にヴィシュを使えばすぐに痛みは治まる。HPが減少する程の威力だったのはステータスを見なくてもわかっていた。
首を手で
(あれが来る条件はわからないが、きっとあれも防いだら爆発するんだろうな……)
条件を探りながら再びアキラは先へと進む。
(ったく、長すぎる! 訓練にしてはハード過ぎだろ!)
心の中で悪態を吐くのは無理も無いだろう。小突く程度の攻撃から突如、段違いの威力となってアキラの首にダメージを与えたのだ。その後、一定の距離を超えると威力が変わることに気づくが、それだけではなくタイミングも変わり始めていた。
最初に掴もうとして以来爆発を起こしてはいないが、射撃の威力は上がる一方だ。アキラは時間を掛けて避けることで、自身の感覚を頼りに迫る何かを把握する術を身に着けていた。
元々はイマジナリーブリザードの攻撃も迎撃できるようになっていたため、その土台はあったのだ。
(俺も益々人間離れしてきたな、今なら目を瞑ってても避けられる)
五感の一部を機能不全にすることで、他の感覚器官がそれを補おうと働き、第六感とでも言うべき感覚が研ぎ澄まされていく。
「もう少しだ」
後は漸く捉えた筒を持った射手を倒すだけだ。
「おかえりなさい。結構かかったわね?」
「……はぁ、まぁな」
「お疲れみたいね、ここが終わったなら後は帰るだけだから行きましょうか?」
「の前に回帰の泉に行かせてくれ」
「そうだったわね、ついでだし一休みする?」
「終わりが近いなら先に済まそう」
「そう? それじゃ行きましょうか」
サキは事情を知らないので若干アキラとの温度差がある対応をするが、それは無理も無い。サキは自分と同じ修練をしたと勘違いしているからだ。そのまま修練場のドアへと向かい、アキラ置いて先に回帰の泉へと行ってしまう。訓練を終えたアキラは怠そうに自分の足を引きずるように扉へと向かいながら思う。
(訓練だからか? いつもと比べて終わるの早かったな、相手は砲台だけだったせいかアイテム出ないのがちょっと残念だけど)
倒した敵は砲台の形をしただけの射出機で、それを壊すとすぐに修練場から追い出されたのでアイテムを貰えないのは当然と言えば当然なのかもしれない。
「はぁ~生き返った~」
「飲んでよし、掛けてよしの万能飲料だからね。唯一の欠点が、ダンジョンに入った時点のベストな状態までしか戻らないってことね。持ち出してもこの部屋から出るとタダの水になるし」
「言いたいことはわかるけど、健康な状態に戻るだけマシだろ?」
サキは肩を一瞬竦めるだけで返事をし、アキラもそれを見て直ぐに回帰の泉から出て行き、試しの門を終えるためにギルドへと帰って行った。
「はい、クリアおめでとう。アナタはダンジョンを攻略するのに十分な素養を有しているのを確認しました。これからも己の力を過信せず、攻略に励んでください。っと」
「とじゃねぇよ、雰囲気台無しじゃん」
「いいのよ、形だけは言っとかないといけないだけなんだから」
「へいへい」
アキラはサキから預けていたホームカードを返して貰う。実力の証明と試しの門を手助け無しにクリア出来た実績からダンジョン入場資格の証である黄色のドングリカードを初心者セットで貰ったポーチに収める。
「短い間だったけど世話になったな」
「最初は気が進まなかったけど案外早く終わってほっとしたわ」
「おいおい、俺はジェネラル倒したメンバーの一人だぜ? なんで気が進まなかったんだよ」
「あのねぇ、試しの門って言ってもダンジョンよ? 一人なら1日潰れてもおかしくなかったの」
「……まぁそうだな、でも俺だからな。凡人と一緒にするなよ」
「アナタそんな性格だったっけ?」
「んなわけないだろ、冗談だよ」
「そ、船に乗るんだったわね? ならこれでお別れね」
「だな、ちょっとやること終わらせたら船でおさらばする予定だ」
サキがアキラの言い方に形のいい眉を若干歪める。仕方なさそうな奴を見ている視線だが言葉には出さない。一々小さな物言いをまともに受け止めないようにしたのだろう。
「それじゃね」
サキは杖を取り出して宙に十字架を切ると直ぐに杖を仕舞う。なんの行動なのかが気になったのでアキラは興味本位で聞いてみる。
「なんで十字切ったんだ?」
「これはエルフの挨拶みたいな物よ」
「挨拶?」
「別れた後の相手の幸運を祈るってだけで、効果なんて何も無いわ。小さい頃から皆やってるから習慣でやっちゃうだけ」
「なんかいいな、そういうの」
「え……そんなこと言う奴初めて見たわ。やっぱりアナタってちょっと変わってるわよね?」
「止めろ! なんで俺に質問する? それ本人に聞いちゃダメ系の質問だろ……ったく。それじゃぁな」
「バイバイ」
アキラは食楽街の方へ、サキは手を振ってその正反対の方へと向かう。家で昼食を取るのだろう。
(ふふふ、また海鮮丼を食ってしまった)
昨日も食べた海鮮丼を昼ご飯として再び食べたアキラは、機嫌良く次の目的地へ……行く前にサブクエストを済ませるため質屋へと向かう。途中でこなせるサブクエストは全てこなす派に所属するアキラは、余程面倒では無い限りスルーする選択肢は取れないのだ。
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